白と黒の悪魔

 ベーンはアサムを傷つけられたことに激怒しているのだろう。真ん丸の目をギョロリと動かし、一番近間のゴブリンを捉えた。

 そのゴブリンに貫手を叩き込む。高速で振動するベーンの爪にかかれば、強化されたゴブリンの肉体と言えども熟しすぎた果実のようなもの。抵抗なく肉を突き破り、内臓を抉る。


「ごほぉ!」


 内臓をズタズタにされたゴブリンは、口腔から血をぶちまけた。

 ベーンはゴブリンの体内に潜り込ませた手をそのまま横に引いて腹部を切り開いた。


「ごぼぉぉぉ!」


 湯気が立ちそうな程に熱い臓腑を撒き散らして、また一体のゴブリンが絶命する。

 あまりにも突然のことだったためか、ゴブリン達の思考が止まっていた。


「ゴガァ!」


 ゴブリンの心境などお構いなしに、ベーンは攻撃を再開する。

 ベーンはポーチから何かを取り出した。それは濃硫酸で満たされた尿瓶。

 問答無用に一匹のゴブリンにそれを投げつける。

 瓶はゴブリンの頭にぶつかり割れた。


「うぎゃあぁ! 熱い! 熱い!」


 そのゴブリンは頭から濃硫酸を被り身体中が焼けただれるはめになった。

 また濃硫酸入りの尿瓶を取り出すベーン。そして別の獲物に襲いかかる。掴みかかったゴブリンの口を無理矢理に抉じ開け、口腔内に濃硫酸を流し込む。


「ぐがあぁぁ! ……ごはぁ!」

「この野郎ぉぉぉ!」


 ベーンの背後に回ったゴブリンが、叫びながら剣を振り上げる。

 しかし動作が大きく隙だらけ、ベーンは容易くその攻撃を避けた。

 すぐさまベーンは別の道具を取り出す。それはベーンの手作り道具、凶器用肉叉ブッチャー・フォークと言うもの。

 一見普通の食器フォークと変わらないが、先端が針のように研がれている。

 それを剣を振ってきたゴブリンの額に突き刺して引っ掻き回す。


「ぎゃあぁ!」


 顔をズタズタにされたゴブリンが絶叫をあげる。

 そしてベーンはとどめをさす。フォークをゴブリンの喉に深々と突き刺し、麺料理を巻き取るがごとくグリグリと抉るのであった。


「ごっ……がぁっ……ごぉえ」


 喉を抉られたゴブリンは、患部から血の泡と空気を漏らしながらバタリと倒れた。


「な……なんだこいつは?」


 無惨に殺された仲間を見て、ゴブリン達は一斉にベーンから後ずさる。

 もし、あの陸竜の間合いに入れば、ただ殺されるだけではすまない。地獄のごとき苦痛を味わいながら事切れるはめになるだろう。

 その恐怖心が、ゴブリン達の攻撃を躊躇わせた。


あぁぁ!」


 その隙をつかれたかのように、一体のゴブリンが後ろから殴られた。


「ゴブリンめぇ!」


 殴ったのはアサムを抱き寄せるルナであった。しかし強化されたゴブリンに致命傷を与えるには、彼女の膂力は不足していたようだ。


「ぐぁ! ……この小娘がぁ!」


 有刺鉄線を巻き付けた杖の一撃は、痛みと、流血と、怒りをゴブリンに与えただけだった。

 感情が恐怖から怒りに変化したゴブリンはルナと、彼女が抱き寄せるアサムを睨み付ける。

 すると、いきなりニタリとそのゴブリンは口角をあげた。


「そうだ、何もあんなバケモンと正面からやりあうことはねぇ。それが目的で、ここに来たんだ」


 本来の任務を思い出す。いきなり得体が分からない陸竜に襲われたせいで目的を見失っていた、ことにゴブリンは気づいたのだ。

 そもそも無駄な犠牲を出さないために、人質をとる目的でここに転送させられたのだ。

 その対象が目の前にいる。これはチャンスだ。


「あの危険な陸竜が襲ってくるまえに、小僧を奪っちまえば」


 ルナの腕の中でケガに苦しむアサムに手を伸ばした瞬間、ゴブリンの腕は無数の輪切りと化した。


「うぎゃあぁぁ!」


 あまりの激痛にゴブリンは腕を押さえながら転げ回る。不思議なことに痛みは伝わってくるのだが、一滴も血が流れてない。

 腕を失ったゴブリンは痛みをこらえ、どうにかルナ達の方に向き直る。

 そして、それは彼女の傍らに佇んでいた。黒い陸竜とは真逆の白い軍服を纏った美青年が。


「……」


 ニオンは苦しげに呻くアサムに目を向けた後、無言でゴブリンの首を一刀で切り落とした。もちろんのこと切断面から流血することはなかった。


「たしか名前は、ルナ。ルナ殿だったね」


 戦闘の最中だと言うのに、ニオンは穏やか口調で言う。


「は、はい。……あのう、あの未知の魔物達は?」


 ルナは戸惑い気味に、いきなり現れたニオンに返答する。彼は魔王軍が送り込んできた得体の知れない魔物と戦っていたはず。


「片付いたよ。君はアサム殿の手当てを頼む」


 事も無げに言ったニオンは、眼前のゴブリン達に目を向ける。

 そして優しげだった目付きが、急に鋭く変貌した。

 彼もまた、ベーンと同様に激怒しているのだ。アサムが傷つけられたことに。しかし感情には出さず、その力を冷静さと戦意に変換する


「邪魔するなぁ!」


 一体のゴブリンがニオンに襲いかかる。大きな棍棒が振り下ろされる前に、股座に強烈な衝撃が叩き込まれた。

 ニオンは、その強靭な脚でゴブリンの股間部を高速で蹴りあげたのだ。

 股間を蹴りあげられたゴブリンは宙を舞う。睾丸が潰れるどころではない、恥骨が砕け散る程の威力であった。

 そのまま落下したゴブリンは大地に叩きつけられ、白目を剥き出しにして動かなくなった。

 そしてニオンは倒れたゴブリンに歩み寄り、頚椎を踏み砕いた。ゴキリ、と言う音が周囲に伝わった。


「ゴブリンは、ベーンと私が叩く」


 ニオンが、そう言うと一斉にゴブリン達が駆け出してきた。


「クソッタレ!」

「畜生!」


 アサムをどうにか奪おうと、ゴブリン達は決死の突撃にでたのだろう。

 だがしかし、相手が悪すぎた。

 今、この場にいるのは白い悪魔と黒い悪魔としか言い様がない存在だった。

 血や臓腑、切断された肉が飛び散り広場はたちまちに真っ赤にそまり、夜空に絶叫と悲鳴が木霊する。

 ニオンの刀にかかったゴブリンは血も流さず、袈裟懸けに両断され、首をはねられ、脳天から叩き斬られていく。


「ゴブリンの血は浴びたくないのでね」


 ベーンの冷酷な手法の餌食になったゴブリンは悲鳴をあげられずにはいられない、眼球に注射器状の道具を突き刺されて吸引、赤黒い肝を掴み出され、岩に叩きつけられて頭をカチ割られ、歯をむしりとられる。


「……これが……戦い」


 ルナはアサムに治療魔術を施しながら、他の者達と一緒にその惨殺の光景を目に焼き付けることしかできなかった。

 それは、おぞましき邪悪を打ち倒す勇敢な正義とはほど遠いもの。

 それは、虫ケラを徹底的に蹂躙する魔の怪物。

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