爆撃の黒き要塞

 ドワーフの集落からだいぶ離れた位置で、体長五十メートルはあろう要塞のごとき黒い大亀が頭を振り回していた。まるで、うっとうしくまとわりつくものを振り払うがごとく。

 そして、その大亀の頭にまとわりついているのは熊であった。

 大亀の頭部にまとわりつくオボロは血を流していた。その身体中に黒い破片のような物が食い込んでいた。


「だらあぁぁ!」


 雄叫びをあげながらオボロは再び拳を振り下ろした。右の拳、左の拳と交互に殴り付ける。

 筋骨隆々の熊は爆砕大亀グレネータスの頭の上に乗り、大亀の頭蓋を叩き割らんと拳を振り下ろしていた。

 幾度も重々しい音が広がる。


「ちっ! けっこうてぇな」

「ぐうっ! ちょこざいな!」


 頭の痛みに耐えかねた大亀は、首を大きく振り回してオボロを振り飛ばした。

 幾度も鉄拳の洗礼を受けた大亀の頭皮は裂けて血が流れ落ちていた。


「打撃での致命傷はむずいか」


 飛ばされたオボロは空中で体勢を立て直し地面に降り立つ。

 爆砕大亀の頭に幾度も鉄拳を叩き込んだが、やはり体格に差がありすぎるため効果は今一つである。

 与えたダメージは痛みと皮膚に裂傷を与える程度。


「なら、くたばるまでぶん殴るだけだ」


 裂けた大亀の頭部を見てオボロは呟く。

 効果は今一だが、ダメージが全くないわけではない。

 なら、このまま殴り続ければ頭部を破壊できるだろうと、オボロはそう考えた。


「……ぐぬぅ、素手で俺の体に傷つけるとは、なんて奴だ。俺の体は並の魔術ごときでは傷つかぬようにできているんだぞ、それを生身で」


 

 爆砕大亀はオボロを睨みつけた。

 自分の体は極めて強固なはず。それも並の攻撃では傷をつけるのさえ困難なほどに。

 しかし、目の前にいる男はあろうことか素手で自慢の丈夫な体表に損傷を与えてきたのだ。

 あきらかにただの毛玉人ではない。


「野郎!」


 オボロは、また大亀の体にとりつこうと走り出した。


「甘いは! フンッ!」


 大亀が叫ぶと突然に突風が発生し、オボロの巨体を吹き飛ばした。

 大亀は強力な鼻息を放ったのだ。


「……てぇっ!」


 空中を舞ったオボロは地面に激突する、そして間をおかず追撃が襲ってきた。

 それは爆砕大亀の特有の能力であった。


「ぶっ飛べぇ!!」


 大亀の甲羅に備わる無数の穴から黒い楕円形の物体が飛び出して、オボロの周辺にばら蒔かれた。


「まずい!」


 放たれた楕円形の物体を見たオボロは、すぐさま顔の前で両腕をクロスさせ、防御の体勢をとる。

 そして、その物体が地面に着弾すると爆発がおきた。爆炎が見えたのは一瞬だけ。それだけ燃焼の速度が速いのだ。

 爆発した楕円形は無数の破片と化し、その破片は超音速で飛び散った。


「ぐう!」


 高速の破片がオボロの体にいくつも食い込んだ。

 オボロの体から血が滴り落ちる。彼の体に食い込んでいた黒い破片の正体は、これだった。


「ほら、もう一度食らえ!」


 大亀はそう言うと体内で製造した生体性榴弾に液体爆薬を充填し、また甲羅からそれを放った。

 硬質の肉体組織と液体爆薬で作られた榴弾が再びオボロの周囲に降り注いだ。


「ちぃっ!」


 舌打ちしたオボロは、すぐさまその場から駆け出した。

 もといた位置で、いくつもの爆発がおきる。なんとか直撃は免れた。


「速いな」


 多数の榴弾をかわしたオボロを見て、大亀は呟いた。

 そして、体内で新しい武器を生産し始めた。  

 肉体組織で流線形の外殻を作り、そこに推進材と爆薬を注入し、熱源追尾機能を持たせる。


「これならどうだ!」


 爆砕大亀の甲羅から発射されたのは生体誘導弾であった。それは音速の二倍近い速度で飛翔して、オボロに向かっていく。


「うわっ! あぶねぇっ!」


 あわててオボロは、また駆け出した。

 しかし、大亀が放ったその武器は追尾機能を持つ上に、音速を軽々と越えているため、とても振りきれる物ではなかった。

 誘導弾はオボロの付近で次々と爆発し、彼の体に破片を食い込ませる。


「くそが! 誘導性の飛び道具かよ。これまた厄介なものを……」

「逃げろ! 逃げろ! 大ケガするぞぉぉぉ!!」


 大亀は哄笑しながら、再び甲羅の発射口から多数の誘導弾を発射した。

 誘導弾は迷うことなくオボロへと向かいだす。


「こなくそ!」


 オボロは両腕で顔を隠すようにしながら、大亀に向かって走り出した。

 誘導弾を回避しきるのは不可能と考えたのだろう。

 あえて攻撃を食らうことを覚悟して、大亀に突っ込む。オボロの超人的肉体があってこそできる戦法だ。

 周囲で幾度も爆発がおこり、オボロの肉体を傷つける。


「うおわぁ!」


 ただやはり、大亀に接近を試みると鼻息で吹き飛ばされ地面を転げ回るはめになった。 


「ええい……しぶとい奴だ、まったく」


 爆撃を受けて倒れるどころか弱った様子も見せないオボロに、イラついてきたのか爆砕大亀は濁った声をもらす。


「くそっ! 近づかねぇと、どうにも……」


 オボロも声を荒げる。

 お互いに決定打に至れない状態であった。

 

「……ならば、ここ一帯ごと吹き飛ばしてくれるわ!」


 そう叫ぶと何を考えたのか、大亀は四肢と頭を甲羅の中に引っ込めたのだ。

 しかし、それは敵の攻撃から身を守るための行動ではない。

 丸くなった大亀は、体内で最大の武器を作り始める。肉体組織で直径五メートル程の球体を作り、そこに泥状の爆薬を注入する。


「……なんだ? いきなり」


 いきなり甲羅の中に閉じこもった大亀を見て、オボロは動きを止めた。

 すると、目の前の巨大な甲羅の天辺から大きな球体が投じられた。

 球体は弧をえがきながらオボロではなく、彼の後方の位置に落下してゆく。


「なんだ、外したのか。……へたくそめ」


 敵は攻撃を外した、そう思いオボロが再び走り出そうとした時だった。

 後方に落下するはずだった球体が高度約一メートルで炸裂した。

 一瞬だけ爆炎が発生し、強力な爆風が周囲に広がった。

 その威力たるや凄まじく、キノコ雲が発生し、木々はなぎ払われ、衝撃は集落にまで到達したであろう。





「くくっ、あの爆弾は大規模な爆風で殺傷するもの。それで、あたり一帯を吹き飛ばしたのよ」


 濃い煙が立ち込めるなか、山のようなものが動きだした。

 大亀は防爆形態を解除する。黒い甲羅のなかから四肢と笑い声をあげる頭部がゆっくり出てきた。


「さすがに、奴も粉々に消し飛んだであろう」


 爆砕大亀は死体でも探すかのように更地と化した周囲を見渡す。

 煙でまともに見えないが、あれほどの大爆発だ。肉片と成り果てたのだろう。

 大亀がそう思ったときだった。

 突如浮遊感に襲われ、地面に激突したのだ。


「ぐはあぁぁぁ!! ……な、なんだ?」


 甲羅のせいで背後を確認できないが、何者かが尻尾をつかんで自分を地に叩きつけたのは分かった。


「なめるなよ!」


 そう言ったのは目や鼻腔など身体中の穴から血を流すオボロであった。ズボンは吹き飛んだらしく、今の彼は全裸である。

 大亀の尾を掴むオボロは、再び大亀地面に叩きつける。


「ぐばぁ!」

「目、鼻、耳、肛門けつのあなからも血が出ちまったぜ」


 あの大爆発の中、オボロは生きていたのだ。

 普通ならバラバラの肉片になっていたであろうが、オボロの強靭な体はその攻撃を耐えたのだ。


「せえぇぇい!」


 オボロは尻尾を引っ張り、大亀を背負い投げた。

 千トン近いであろう大亀の巨体が浮き上がり、弧を描いて大地に激突する。


「がはぁ!!」


 叩きつけられた大亀は苦痛の叫びを響かせた。

 ひっくり返った状態となった大亀は動けなくなった。


「ふんっ!」


 そしてオボロはひっくり返ったその大亀の下に潜り込むと、あろうことか体長五十メートルの巨体を両腕で持ち上げたのだ。


「おりゃあぁ!」


 そして放り投げた。

 大亀は高さ数十メートルまでに達して、空中で数回転したのち腹から大地に激突した。


「終わりだぜ!」


 オボロは跳躍すると、大亀の頭に着陸する。

 そして、先程負わせた頭部の裂け目に手を突っ込み力任せに頭皮を剥ぎ取った。

 これで頭を守るのは頭蓋骨だけとなった。


「ぎぃえぇぇ!!」


 頭蓋骨が剥き出しとなった大亀が絶叫を響かせる。


「死ねぇ!」


 オボロは頭蓋骨に向けて全力の鉄拳を叩き込んだ、頭蓋骨が砕けオボロの拳は脳にまで到達した。そしてピンク色の脳組織を粉砕せしめた。

 すると大亀は体の機能が突然停止したように、ズズンと倒れこんだ。 

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