終わりの剣聖

 どうすれば英雄になれるのか。

 簡単である。

 大勢の者が邪悪と見なしている勢力を倒し続けること。

 勇気を胸に正義を語って勝つこと。

 それと、もっとも大事なことがある。

 それは自分よりも強い者と戦わないこと。そして多くの人に受け入れられることだ。

 死んだり負けたら何にもならないし、誰からも愛されなければ英雄にはなれないのだ。

 特に後者が一番重要であろう。

 どれだけ強かろうと、己自身を人々が理解して認めてくれねば孤独にいたる。

 どんな才能もチートも最強を持ってしても孤独の前には無力。

 ゆえに英雄とは人々を邪悪なものから守り、人々は英雄を孤独から守っているのだ。

 守る人々がいなければ英雄にはなれないのである。

 では逆に人々の愛を捨てて、自分自身の肉体と精神だけを信じて孤独を望んだ者はどうなるのか。

 それは魔の領域に到達し魔人あるいは怪物と呼ばれるに到る。

 ……英雄でも勝てない孤独にも勝った者。

 その者は人々からも社会からも愛されないため、常に敵は多勢である。

 しかし精神の深層に存在する狂気を拠り所にして事に当たるため、相手が上手であろうと大勢であろうと負けると言う臆病な思考にはならない。

 だからこそ、運命さえも屈伏させ不可能を可能にしてしまうことがあるのだ。

 その領域に到達するには英雄になりたい言う思考は邪魔なもの。

 だからこそ正常な存在である英雄は三流の玄関も開けられないのだ。

 ……そして超一流の魔人に到達した少年がいた。

 そして、その魔人を打ち倒すべく最強の英雄が馳せ参じる。





 雨が叩き付け雷鳴が響く夜の森。雨粒にうたれる二つの姿がある。

 一人は三十代前半の青い髪の男、もう一人は銀髪で大柄な少年だった。

 両者血に濡れていた。よほど凄まじい剣戟が行われていたことが分かる。


「……もう私に、かまわないでください!」


 銀髪の少年は豪雨に負けぬ声を響かせた。

 血を被っているが、その顔は非常に整っている。


「そうはいかん、君を連行するのが任務だ。もう降参するんだ!」


 少年に語りかけるのは、歴代最強の剣聖と称されるアルフォンス・シン・ジョーヴィアン。

 しかし、これはどうしたことか。

 最強の剣聖と言われる彼は、向かい合う少年に負けぬほどズタボロであった。

 そもそもアルフォンスは戦いでほとんど攻撃を受けたことがない。

 なぜなら超常の力を発現できる英力えいりきを無数に持っているからだ。

 アルフォンスはその中の一つである攻撃確定予測の力によって、ほとんど傷などおったことがなかった。

 この英力は相手の攻撃を未来像のように見ることができる能力。これにより、大半の攻撃は回避したり防御することができるのだ。


「降参して何になるんです? おとなしく極刑を受け入れろ、とでも言いたいのですかぁ!」

「ぐがぁ!」


 錯乱したかのように少年は声を響かせると、アルフォンスの襟首を掴み顔面に頭突きを叩き込んだ。

 剣聖は鼻を潰され悲鳴をあげた。 

 もちろんのこと頭突きが来る未来像は見えていた、そしてそれをもろに食らう自分の姿も。

 未来像は的中したのだ。


「ぐあぁ! ……回避も防御も間に合わん」


 アルフォンスは膝をついて苦痛の声をもらした。

 いくら先が読めるとは言え、疲弊した体では来ると分かっている攻撃でも対象が難しいのだ。

 戦いの序盤こそ対象できていたが、今はもう体がついてこない。

 この戦いの中で何度も攻撃を食らい続けた、この戦いの中で初めての激痛と言うものを知ったのだ。

 今まであまり発動する機会がなかった打撃緩和の英力を持ってしてもひどいものである。


「……体力と剣技だけなら、彼の方が遥かに上と言うことなのか?」


 アルフォンスは、ふらつく膝を奮い立たせ聖剣を構えた。

 聖剣ソーズヘヴンこの剣には歴代剣聖の剣技が記録されており、数々の剣技を行使することができる。

 しかし聖剣が力を貸すのは剣聖の英力を持つ者だけで、他の誰かが握っても何の力もえられない。


「……君はいったい何者なんだ? 剣聖をここまで追い込むとは」

  

 アルフォンスは少年に問いかけた。

 個人の剣技、多数の英力、聖剣に宿る最高峰の剣技の数々。

 それらを持ってしても、銀髪の少年を倒すどころか膝をつかすこともできていない。

 逆に膝をついたのは、こちらだった。


「……私は魔力も英力もない、ただの剣士です」


 少年が返答する。

 彼は魔力も英力も持たぬ剣士、手に握られた剣はただの鋼鉄製。並の剣よりは上等なレベル。

 しかし何もない彼が剣聖を押している。


「なぜなにも持たないのに、君は強いのだ」

「……魔術も英力も持たないからですよ。剣士が自分の肉体と技術と剣以外に頼みをおくなど……その考えが剣士としての強さを鈍らせる」 


 少年の考えは、あまりにも純粋だった。

 剣と技術を一番信用しなければならない存在が、魔術や特別な能力を頼りにするなどあまりにも不純なことだと言いたいのだ。そんなものを持っているから剣術を悪化させるのだ。

 少年は、そう語っているのだ。


「ふふ、すばらしい子だな。君は」


 アルフォンスは、そう呟くと聖剣を振り上げた。

 それと同時に少年も突っ込んできた。

 互いの剣が激突し凄まじい金属音が響く。


「……もう終わりにしよう」


 そう言ってアルフォンスは、また英力を行使した。

 その瞬間、少年が握っていた鋼鉄の剣がガラスのように砕け散ったのだ。

 武装破壊の英力である。


「少年よ、私の勝ちだ」


 勝利を確信したのだろう、アルフォンスは丸腰になった少年に告げた。

 しかし武器を失った少年の腕がアルフォンスの首に巻き付いてきたのだ。


「なにっ!」


 反応がおくれた、剣聖は不様に地面に叩き付けられた。首投げである。

 その衝撃で聖剣が手を離れ、地面に放り出された。

 

「どうせ誰も理解はしてくれないでしょう。私は罪をなすりつけられた、それなのに誰も信用してくれない! こんな国がどうなろうともかまわない! 私は一人で生きていく! 国が追っ手を出すなら戦い続ける! もう戦いの中でしか生きられない!」


 少年は叩き付けられたアルフォンスに馬乗りになり顔めがけ何度も鉄槌打ちを振りおろす。

 打撃緩和の英力でかなりダメージは軽減されているが、少年の当て身は強力すぎた。

 アルフォンスの顔が徐々に変形していく。しばらく強烈な打撃音が響き続けた。





 豪雨がおさまり、周囲は静まりかえっていた。

 アルフォンスの顔は膨れ上がり、別人のように変わり果てていた。

 それを見下ろす銀髪の少年。


「あなたは、もう剣聖の座を降ろされるでしょう」

「……ぐうぅ……そうだな……これで廃業だ」


 アルフォンスはくぐもった声をもらす。

 体に宿る全ての英力が消滅していく感覚に襲われた。敗れたのが原因だろうか。

 もともと魔力は持っていなかったため、彼はもうだたの剣士である。


「……あなたに勝っても、私には英力が宿らない。やはり私のような人間には宿らないのでしょう」


 少年は倒れる剣聖を見下ろしながら言った。

 剣聖の英力は血で受け継がれるのではなく、時代最高峰の剣士に自然に宿るものとされている。

 しかし剣聖を倒した少年には何も宿らなかった。

 剣聖になれる資格など自分には無い。そんなことなど十分理解している。

 勇者を半殺しにして、剣聖を殴り倒した。

 そんな人間が剣聖になれるはずがない。

 そして、そんな力などいらない。

 少年は息を吐くと、地面に横たわる聖剣を持ち上げる。


「元剣聖アルフォンス・シン・ジョーヴィアン。あなたには伝言役になってもらいます」

「もちろん良いさ。もう敗北して、失うプライドはない。生き恥だってさらしてやる」


 アルフォンスの反応は思いきった様子で非常に満足げだった。


「もう二度私に関わらないように国に伝えてください。それと剣聖に勝った証明として聖剣とあなたの利き腕をもらいます。よろしいですね?」


 少年の言葉に、アルフォンスはゆっくりと頷いた。

 そして聖剣により元剣聖の腕は断たれたのだ。


「あなた達は、神から助力がなければ強くなれないのですか?」


 立ち去る少年が最後に残した言葉、その一言が剣聖の心にもとどめをさした。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る