万能超人ニオン

 ……英雄殺し。

 それはメガエラ・エル・サハクの戴冠式から三日ほどした時の話であった。





 ゲン・ドラゴン防壁内の北門近く。そこに場違いな建物があった。それは木造で和風の道場のような見た目。

 周囲は西洋風の石造りの建物ばかりだと言うのに、ここだけは文化が違うように見える。

 道場内には磨かれた板の間、そして壁には大きさの異なる黒い木刀が数本かけられてあった。

 その道場内で、青年、少年、少女の三人組が汗だくになり倒れて息を荒げていた。


「……もう無理……です」

「こんな……きっつ……」

「……立ってらんない」


 三人は道着姿で、その傍らには真っ黒な木刀が置いてある。

 さっきまで、この木刀で素振りをしていた。ただし普通の素振りではなく一挙動をゆっくりと行うものである。


「……いったい、何なんですか? この木刀」


 そう言って自分の横にある木刀を見つめる青年。その木刀が異常に重いためだ。


「その木刀は不動樫ふどうがしから作られている。私が加工したものだよ」


 青年の問いに穏やかな口調で答えたのは、彼等と同じ道着姿の二メートル近い長身の美丈夫。

 その男は今だに素振りを行っている。そして彼が扱っている木刀だが、三人が使用していたものよりも遥かにデカイ、と言うよりも舟を漕げそうな櫂のような形状をしている。

 それほどの重量物を扱っているにもかかわらず、美青年は基礎鍛練を行うように、もくもくと素振りを行う。


「ふ、不動樫って! あんな樹木を加工できるんですか、ニオンさん?」


 青年が驚くのは無理がない。この不動樫とは、現状の木工技術では加工が不可能とされていたからだ。

 不動樫は並の金属を凌ぐ強度を持ち、常用されている樹木の数十倍の密度をほこる。

 そのため、この植物が自生してる場所は開拓ができないとされているのだ。

 そのような木材から作った木刀のため異常に重いのだろう。


「純度の高いマガトクロム製の工具を使用すれば可能だ。この領地の精錬技術はかなり進歩している、上質なマガトクロムが作れるのだよ」


 ニオンは素振りを終えて、ゆっくりと息を吐き青年に返答した。


「……王都なんかよりも、優れた技術をもってるんですね」

「極東の島国である大仙たいせんから提供された精錬技術を用いている」

「……」


 青年はその島国の名前を聞いて首を傾げる。

 彼は、王都での異形獣との戦いのさいに圧倒的な剣術を見せたニオンに稽古をつけてもらおうと城からやって来た親衛騎士隊の新米である。


「ニオンさんに稽古をつけてもらうため、ここに来てから不思議な物ばかり見ました。あれらも大仙からの技術を用いて作られたものなんですね。騎士である自分よりも、ここの人達は良い暮らしをしている」


 自分は城に使える身のため、普通の住民よりは良い生活ができている。

 しかし、今いるこの領地の人々と比べるとかなり差がある。

 火なんかよりも明るい電球。

 自動で着衣を洗ってくれる洗濯機。

 生物なまものを低温で保管できる冷蔵庫。

 清潔な水を供給する水道。

 一家に必ずそれらが備えてある。

 初めて見るものばかりで、驚くほどにそれらは便利であった。 

 ここに住む人達は、城で騎士を勤める自分以上に優れた生活をしているのだ。そして、それらの技術をもたらした大仙。

 彼はムクリと体を起こし、汗を拭うニオンを見つめる。


「大仙、はるか東のはてにある国。でもほとんど謎に包まれた国なので詳しく知る者は皆無。ニオンさんは、その国についてどれ程知っているんです」

「……私も詳しくは知らない。しかし、この大陸より遥かに高度な文明を持つのはたしかだろうね」


 ニオンは道場内を見渡して語り出す。


「この鍛錬場も大仙の文化を再現して、設計して建築したものだ。まあ、書物からえた情報をもとに作ったものだから完璧とは言えないがね。不動樫から作ったから頑丈で腐敗もしないさ」


 ニオンの発言に三人は目を丸くした。

 そして疲れ果てて倒れていた少年と少女は飛び起きた。二人はクバルスからやって来た新米の冒険者である。

 そして彼等は詰め寄るように、二メートル近いニオンを見上げた。


「……あの、聞いて良いですか」

「兄ちゃんって」

「領主様につかえる剣士ですよね?」


 ニオンは三人の勢いに気圧された様子もなく、優しげな声で答える。


「なにも剣士だけが私の仕事ではないさ。建築家でもあり家具を作る木工職人でもある。……ああ、あと領主様の屋敷では料理長シェフをつとめているよ」


 ニオンは剣術だけでなく、他に優れた才能を持っている。

 ゲン・ドラゴンの重要施設は彼が設計し建築したもので、石カブトの本拠、発電施設、図書館、子供達に読み書き計算を教える教育施設などは彼が手掛けたものである。


「……どうか、したのかね?」 


 いきなり両膝をついて、もの悲しげになる青年と少年に問うニオン。


「……いえ、なんだか自分が小さい存在に感じまして」

「……反則だ。とても敵わない」


 剣の道を極めようと生きている男二人。

 しかし目の前の美青年に比べたら、自分達はなんと小さい存在か。

 方や半人前、方や剣を極めているうえ何でもこなす完璧超人。これには嘆くしかなかった。


「そう落ち込まずに。しっかりと剣術は教え込むさ、私一人だけが強ければそれで良いというわけではないからね」


 ニオンは悲しむ二人に優しげに答えるのであった。

 しかし、青年と少年とは逆に目を輝かせる存在がある。


「あ、あのう……ニオンさんは、まだ独り身なんですよね?」

「ん? そうだが……」

「ふふ、そうですか……」


 ニオンの返答に不気味な笑いをもらすは少女。

 いや、彼女だけではない。ゲン・ドラゴンの女性達、そしてクバルスのギルドの一部の女性陣が彼に目をかけないはずがない。

 美形、穏やかで誠実な性格、剣の達人、さらに今の話で他の分野にも有能であることが分かった。

 そんな彼を狙う女性達は多い。


「少し休憩しようか」


 穏やかな口調でニオンが休息を告げると、道場の玄関から誰かが姿を現した。


「ご苦労様です、みなさん」


 少女とも変声期を迎えてない少年とも思わせる可愛げな声。

 背は非常に小さいが、ふくよかな体、健康的な褐色肌、むちむちした太股、中性的な顔だち、そんな彼は見た目こそ可愛らしい子供だが立派な青年である。


「やあ、アサム殿」

「お疲れさまですニオンさん。そろそろ休息だと思って、よく冷えた水をお持ちしました」


 そう言いながら木製トレーを手にした、アサムがニオン達にテクテクと近寄ってきた。

 トレーには氷と水が入ったコップが人数分ある。


「……ふむふむ、これわ、これわ。初めて見たときから、ぜひとも婚約したいと思っていたが」

「並の女なんかよりも、数段うえだな」

「ちょっと二人とも、なに言ってるの。男よ、男子よ男子」

「えぇと……あのぉ」


 目を輝かせながら手をワキワキさせる三人にいきなりに取り囲まれ困惑するアサム。

 アサムは、ニオン以上に人気の的だった。性別など、どうでも良い状態にいたっているのだ。

 それどころか、男だから良いのだと言う同性も存在している。

 戦闘力こそないが、それを補う高度な治療魔術、家事万能、傍らにいるだけで癒される見た目と性格。

 男女関係なく、アサムを狙うものは数知れず。


「……これこれ。あまりアサム殿に、寄らないでもらおうか」


 ニオンは櫂のごとき木刀の先端を三人にむける。その質量で殴られようものなら撲殺は確実。

 木刀を握る彼の表情は優しげだが、あきらかに貼り付けたものである。

 それを見た三人は顔面蒼白でアサムから距離を離した。

 と、その時だった。玄関から声が響いた。


「失礼する! ニオン・アルガノスはいるか?」   

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