初の依頼
心地よい朝がやって来た。
日光の熱を全身に感じとり、目を覚ます。
俺はゲン・ドラゴンの表門の近くで眠っていた。
一応ベーンが見張り役なのだが肝心のそいつは、いつの間にか俺の頭の上で熟睡しているありさまであった。
……おいおい、ちゃんと仕事しろよ。
「ベーン。起きるんだ、朝だぞ」
「フンギャー? ……グガーッ」
ベーンが降りてくれないと、横になっている俺は起き上がることができない。
しかし頭の上にいる竜は、起きたと思ったら二度寝を始めやがった。
「おーい! ベーン、寝んなー!」
なんとかベーンを起こして地に降りてもらう、そして二匹そろって湖に向かう。
向かう途中、都市の中を覗きこんだ。
人々が呆然と俺を見上げている。
やはり、まだ慣れてはいないようだな。
デカイのが来て一日しか、たってないもんな。
二匹そろって湖で顔を洗う。二匹の竜が一緒に洗顔など、客観的に見れば不思議な光景だろうな。
そんなことを考えていると後ろから、誰かが接近してくるのが分かった。
その存在が清らかで可愛らしい声を聞かせてくれる。
「おはようございます、ムラトさん。良く眠れましたか?」
「おお、アサムか。十分ゆっくり休めた」
「エリンダ様から、お届け物があります。ガーボ五頭です。ムラトさんが石カブトに加わった、お祝いだそうです」
「そいつは、ありがたい」
領主様からの頂き物とは、うれしいかぎりだ。
さっそく、一人と二匹でガーボの解体を始める。
血を抜き、毛皮を剥ぎ取り、内臓を抜く。
ガーボは巨体のため人の手では重労働だが、俺に取っては容易い作業。
細かいところはアサムとベーンに任せ、俺は荒仕事を行う。
この体、以外と手先が器用に動くので助かる。
出た血液や内臓は、あとでアサムが加工肉にするそうだ。
アサムは幼い見た目のわりに、ずいぶんと大人びている。
彼は石カブトでは炊事、洗濯、掃除、治療を生業にしている。
一応、戦えないわけではないそうだが、戦闘に向いてはいないそうだ。
とくに仕事の依頼がないときは、加工食品、薬酒、工芸品など作って人々に売っている家庭的な男性と聞く。……男性?
その愛くるしい容姿、清らかな性格、高い能力から都市では男女問わず嫁にしたいと人気があるとか。……嫁ねぇ。
しかし、あえて言うがアサムは男だ。
解体が終わり、さっそく調理にかかる。
口からバーナーを噴射し、ガーボの巨大な肉をこんがり焼き上げる。
匂いに釣られたのか、作業中の俺の頭の上に誰かが登ってきた。
そう俺の頭の上がお気に入りな忍者娘だ。
「良い匂い、美味しそう」
「ナルミか。もう少しで焼き上がる持っていろ。そういえば隊長は? 今日、俺を連れて仕事に出掛けると言っていたんだが」
「エリンダ様の屋敷に行ったよ。今後の予定について話があるみたい、夕方あたりには帰ってくると思うよ。たぶん仕事は夜からじゃないのかな」
エリンダ様からの仕事とクライアントからの依頼を調整するための話し合いだろうか。となると今日の仕事は夜勤か。
おっ! 良い具合に焼き上がった。
アサムが湖の近くに敷物を準備している、ピクニック状態だな。
ご機嫌な
では、感謝していただくとしよう。
こんがり肉に、かぶりつく。
やはりこの身が怪獣に変わろうとも、
俺の
ナルミとアサムは敷物に腰掛け、パンに野菜とガーボの肉を挟んで食べている。
……ベーンは肉以外に、イモ、ミルク、なんか強烈な臭いを発散しているニンニクのようなものをたいらげている。
むせそうな臭いだぜ……。いやっ! 超くせぇ!
夕方ぐらいには隊長も帰ってくると言っているし、それまで大人しく待機しているとするか。
今日はナルミもアサムもベーンも休暇らしい。
食事の後は、互いに自由な行動をとる。
ナルミは、アサムのツルツルムチムチした膝枕でリラックスモード。
俺はベーンを頭に乗っけて、都市の周囲を散策しながら時間を潰すことにした。
「おーい! 帰ったぞー!」
予定通り空が紅くなってきたころに隊長が帰ってきた。
そして隊長は俺の頭に登り、さっそく今回の依頼内容の説明を始めた。
どうやら魔物退治の仕事のようだ。
「またせたな、今回の依頼はタイエン村にたびたび出現してる魔物の群れの討伐という内容だ。オレとニオンとムラトでやるぞ」
「ニオン副長もくるんですか?」
「そうだ。ニオンも、お前の実力が気になるらしくてな。実行する時間は深夜だ、討伐対象は夜行性の魔物だから昼間はあまり姿をみせねぇんだ。留守はナルミ、アサム、ベーンに任せる」
ちなみにニオン副長はエリンダ様の直属の剣士でもあるため屋敷にいることがおおい。
しばらくしてニオン副長も合流し、二人を頭の上に乗っけて話し合いを始めた。
副長が今回の依頼についてちょっとした疑問があるようだ。
「隊長殿、気になったのですが、近隣の魔物の群れの討伐程度でなぜ私達に依頼を……。そもそも依頼人はどなたですか?」
「ギルドマスター直々の依頼だ。どうしてもオレ達に受けてほしいんだとさ。それを考えると、けっこう重大な依頼なのかもしれんな。あと
オボロ隊長は直径一メートル程のボールのような物をとりだした。
何かの特殊な
「なんですか、その玉は?」
「ムラトは知らないか。これは
ある種のワープみたいなものだろうか。
随分便利なものがあるんだな、この世界。まさに魔術が存在する世界だ。
すると、またニオン副隊長が口を開く。
「タイエン村行きの物にしては、大きすぎませんか? そのサイズならかなりの距離を移動できます。そもそもタイエン村までは、徒歩で十分な距離です。わざわざ転移玉など必要ないと思うのですが……」
と、副長は言った。何か不自然さを感じてるようだ。
「まあ、たしかにそれもそうだが。まあ、良いじゃないか。せっかく、くれたんだ。使える物は使っておこう」
落ち着いた様子の副長とは反対にオボロ隊長は陽気に返答する。
そんなこんなして会議も終わり、深夜になるまで準備を整えながら待っていた。
都市の人々は眠りに入っているが、俺達の仕事はこれからだ。
「お前達、留守は任せたぞ」
隊長は、そうお留守番組に告げ、俺とニオン副長を連れて湖の方に向かう。
「頑張ってねー」
「オボロさん、ニオンさん、ムラトさん気をつけて」
「ポギャースッ」
ナルミ、アサム、ベーンが見送ってくれる。可愛いものだな。
隊長は深紅の襟巻きを身につけ、自身の身長を超える巨大な
いかにも猛者の風格が漂う。
……日頃は露出癖があるが、今の隊長にそんなふざけた様子はない。
だが、やはり上半身は裸である。
と言うよりも、日頃から上半身はなにも身に付けてないらしい。
副長のほうは、変わり無い。白い軍服に、腰に刀。
湖に着くと二人は俺の頭に登る、そして隊長が俺の頭に転移玉を叩きつけた。
使用方法って結構荒いな。
すると俺達は、眩い光に包まれた。
光がおさまると視界に飛び込んだのは巨大な砦のようなものだった。
いや、ちょっとした駐屯地と言える程だろうか。
それが前方約二百メートル先にあのだ。
ここが、タイエン村なのか? なんだ、あの砦みたいな建物群は?
それに村と思える民家がどこにもない。
「違う! ここはタイエン村じゃないぞ……どこだ、ここは?」
周囲を窺っていたら、頭の上でオボロ隊長が驚愕したかのような声をあげた。
すると砦から、叫び声が響き渡った。
「て、敵襲うぅぅ! 見たこともない化け物竜だぁぁぁ!」
どうやら、声をあげているのは砦の見張りのようだ。
もしかして敵って俺達のことか?
「ここは、タイエン村じゃない……ここは、まさかサンダウロか?」
「二国がこの地を巡って、争っているはず!」
隊長と副長がそう説明する地帯は、あちらこちらに岩が転がっている場所だった。
ニオン副長の言葉で、ここが戦場であることが分かる。
「ギルゲスの奴等が、あんなデカブツをつれてきたのか?」
「バラバラにならず、連携して倒すぞ。あの竜の力は未知数だ!」
砦から武装した奴等が蟻のようにゾロゾロと、俺達に向かって来る。
全員が毛玉人で白黒と色分けされた鎧を着ている。
「まずい! ムラト、逃げろ。オレ達部外者が首を突っ込んで良い場所じゃない! 諸外国同士の争いに干渉するのはまずい!」
オボロ隊長の指示に従い逃げ出そうと後ろに体を向けると、いきなり目の前の地面に巨大な魔方陣が出現し、そこからも大規模な軍勢が現れた。
装備が砦の奴等とは違う、しかも多くの飛竜を従えている。
そいつらも俺を見て唖然とした。
「くそっ! 挟まれたか。装備から見るに、砦の奴等はバイナル王国の
隊長は辺り一帯を見渡すと、息を呑むように言った。
ざっと見た具合では騎士隊は約二百人、赤竜団は約一千と飛竜が五十匹。
かなりの数だ。
俺達は今その強大な戦力に挟まれている状態なのだ。
やばい! 逃げ道がない。
このままでは二国の戦火に巻き込まれる。
すると、いきなり背中に凄まじい数の火炎の玉や岩の塊が高速で被弾した。
それらを放ってきたのは騎士隊だった。
攻撃魔術か!
「ムラト殿、大丈夫か!?」
「大丈夫です」
いきなり攻撃を受けた俺に副長が声をかけてくれるが、さっきの攻撃魔術程度ではこの体はビクともしない。豆鉄砲以下だ。
しかし、それでも攻撃は止まない。次々と攻撃魔術が俺にとんでくる。
こいつら、問答無用かよ……。
「やめろ! 話を聞くんだぁ!」
オボロ隊長は彼等をどうにか説得できないかと思ったのか、声を張りあげる。
だが虚しくも攻撃は止まず、話を聞く素振りさえも見せない。
それどころか、赤竜団の奴等まで俺に矢を放ってきやがる。
「くそ! どうしてだ? なぜ話を聞いてくれない? 俺達は敵じゃねぇ!」
すると一人の犬の毛玉人騎士が俺の身長を越えるほどに高く浮かび上がったと思った瞬間、俺の顔を目掛け火炎の玉を放った。
火炎の玉は頭部に被弾。
頭の上にいるオボロ隊長とニオン副長が爆風に巻き込まれた。
「ぐおっ!」
「うわっ!」
しまった! 俺は平気でも、二人は普通の人なんだ。
「オボロ隊長! ニオン副長!」
俺は咄嗟に叫んだ。二人とも無事だとは思うが。
「……私は大丈夫だ、ムラト殿」
「……もう、いい。そっちが、その気なら」
ニオン副長が無事を報告する。服が少し焼け、かすり傷だけのようだ。
だが隊長は様子が激変していた。
目が血走っていた。額から流血している。そして濁った声でしゃべりだした。
「もういい……聞く気が無いのなら……ニオン、刀を抜け……ムラト、構えろ……かまわん殺すぞぉ」
どうやら奴等はオボロ隊長を完全に怒らせたようだ。もう話し合いの余地などない。
ニオン副長が抜刀し、俺もそれに倣い触角を前に向ける。
多勢に無勢で、連中の実力も未知数。どうなるか分からない。
だが、もう戦うしかない。
そして俺も隊長と同じく、少なからず怒りを感じていた。
「くそ! なんだって話を聞いてくれねぇ」
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