第468話それぞれの戦いと




 ※マヤメ視点



 タンッ!


「んっ!」

「んっ!?」


 澄香の傍から離れ、私はもう一人の襲撃者、メドと戦う事にした。

 そうすれば澄香がフーナを何とかしてくれると信じているから。


 けど真っ正面からぶつかれば、この子供には到底敵わない。

 フーナもそうだけど、そもそもの実力に差があり過ぎる。


「ん、それでも出来る事ある」


 私は影。

 影ながら支援し、影さながらに戦う。


 だから最初から出来る事なんて決まっている。

 まともに戦うなんて最初から考えてないし、そういったでもない。



 スゥ――――


「ん? 消えた」


 私は姿と共に気配も消した。


「ん? どこ?」


『………………』


 目の前から忽然と消え、目を細めるメド。

 キョロキョロと周囲に視線を彷徨わして私を探す。


「ん~?」


『………………』


 ただその様子はさっきよりも幾分気が抜けている。

 澄香を相手にしている時とは明らかに警戒心が薄い。

 

 メドもきっと理解している。

 いや、もっと確実なものだろう。


 私が相手では、警戒するに値しないと。

 私如きに、無駄に神経を減らす必然性が無いと。


 なら、無意味に焦らず冷静に、粛々と対処して、フーナの元に戻ればいいと。

 何の脅威も感じない存在に、わざわざ慌てる意味がないと理解している。



「んっ!」


 影より飛び出て、ククリナイフを横薙ぎに振るう。


 ガギッ


「ん」


 それを無造作に上げた腕で、簡単に防ぐメド。


「んっ! 固い。なら」


 シュッ


 首に巻いていたマフラーの片方を操作して、メドの足元を狙う。


 このマフラーは特殊なマジックアイテムで、マスターから貰ったものだ。

 50メートルまで伸縮自在、硬度も形状も思いのままに操作できる自信作だった。



「んっ! そのマフラー伸びる?」 


 少しだけ慌てた様子のメド。

 それでも軽く片足だけを上げて、マフラーの初撃を躱す。


「ん、かかった」


 ギュッ


「ん?」


 避けられたのを確認し、マフラーを操作して足を掴み、宙づりにする。

 

「んっ!」 


 そして無防備の体に、ククリナイフ2本を横薙ぎに振り抜くが、


「ん、無駄」

「んっ!?」

  

 それも容易く、しかも素手で防がれる。

 相変わらずの無表情のままで、表情も崩さずに。


 でもそれは予想していた事。


 もう一本を操作して、残る片方の足を掴み、そのまま――――


「ん、少しここから離れる」

「んっ!?」


 グルングルンと円を描くように振り回し、メドの小さい体を投げ飛ばす。

 澄香がフーナとの戦いに集中できるように、ここから距離を取る為に。 

 


「ん、ここなら澄香も気にならない。だから大丈夫」


 遠目に見える小さな桃色と、大きく映る蝶の羽根を眺めて、私は――――


『ん』


 ここで寿命が尽きる事を覚悟した。


 予想以上の相手に、このままで足止めも出来ないと感じたから。

 エナジーを限界まで消費しないと、相手にもならないと理解したから。


 後は澄香に全て託したから。



――――


 ※スミカ視点



「ムキ~っ! いい加減逃げるのやめてよねっ!」

「だから逃げてないって。さっきも言ったけど逃げるのはそっちだから」


 水面を自在に滑り、距離を取る私に、不満爆発のフーナ。

 頬を膨らませ、怒りの形相で追い駆けてくる。



「それに、その足元のはなんなのっ! さっきの棒も魔法なのっ!」

「まぁ、似たようなものだよ。ただ絶対に壊れない、強固なものだけどね」

「へぇ~、そんな魔法もあるんだね? でもきっと壊れちゃうよっ!」


 ザバッ


「なんで」


 マヤメ、そして桃ちゃんたちから離れたところで停止して、振り向く。


「だってわたし強いもんっ!」


 少し離れた距離で止まり、平らな胸を逸らして自信ありげに豪語する。

 

 確かにフーナ自身が言う通り、本当に強いのだろう。

 身体能力だけは、全て私を上回っていると感じているから。



『はぁ、ただ強いだけの敵なんて、それこそ星の数ほど屠ってきたんだけどなぁ。全てのステータスが私を超える敵なんてザラだったしね。まぁ、それを攻略するのがゲーム本来の楽しみ方なんだけどね』


 全ての数値がプレイヤーより劣っているボスなんて存在しない。

 それでも倒すことが出来るのは、作戦や人数、そして膨大な経験値だ。


 見たところフーナは、全てのステータスを上回っているように思える。

 パワーもスピードも魔力も、私の遥か上だと推測する。

 相棒のメドも、近い位置にあると思っている。


 それでも足りないとすれば、駆け引きや、戦闘経験だ。

 今まで戦った動きから、そこが足りないと感じていた。


 二人の連携や動きは確かに驚異だったが、そこに何の工夫も感じられなかった。

 ただ単に獣を追い回すだけの、至って普通の狩りのようだった。


 自身の持つ能力だけに頼った戦い方だった。

 強大な力を持ちながら、ただ振り回すだけの。


 だったらなんら恐れる事はない。

 今までと殆ど変わらない。


 だってそれが普通だったから。

 ソロの私にとってはいつもの事。


 それでも慢心や油断はしない。

 それも今までの経験で知っているから。


『だけど――――』


 ただし前提として、相手がそれら全てを覆す程の、


 『デタラメな力』


 を持っていない事が前提になるけど。



『――――正直、そこまでの相手には見えないけど、それでも何かあるのは確実だよね? あんなのでAランクだなんて拍子抜けしちゃうし、元とは言え、同じランクだったナジメの方が戦いにくかったしね』


 コムケの街でお留守番をしている、鉄壁幼女を思い浮かべる。

 あんな容姿でも土魔法の達人で、数々の戦場を経験している。


 ナジメの戦うところは何度か見てきているし、実際に戦ってもいる。


 土魔法以外にも多種多様の魔法を扱い、戦いのたびに新技を披露して、その努力と発想にはいつも驚かされる。冒険者を引退しながらも、自身を高める事に貪欲なのもナジメの素晴らしいところだ。



『まぁ、向こうはこっちと違って平和だから、ナジメの出番はないだろうけどね。もしあったとしてもみんなを守ってくれるよ』

 

 八重歯を覗かせ、大袈裟に胸を張る、ナジメの無邪気な笑顔が浮かんで、何の懸念もないと心底そう思った。



――――



 その頃、スラムにある牛舎の外では。



「人目もあるし、建物が多いからここではマズいじゃろ。あまり派手にやらかすとお主のあるじにも迷惑が掛かるじゃろうし。 Aランク冒険者なら尚更じゃろ?」

 

 周囲に集まってきたスラムの人たちと、大豆屋の工房予定の建物を見渡して、目の前のエンドにそう告げる。


「確かにフーナもそれは望まないわね。この街は気に入ってるって言ってたし。それに我がフーナに叱られるのも恐ろしいしね」


「ならこのスラムの外れに使われていない広場があるのじゃ。そこで暇潰しに付き合ってやるのじゃ。それにしても、お主…… エンドの主はそんなに恐ろしいのか?」 


 フーナからの『お叱り』の部分で、表情に翳りが見えたエンドに尋ねる。


「そうね、まるで駄々っ子のように無茶苦茶に暴れるわよ? 辺り構わず魔法を放つし、拳一つで地面が裂け、山には大穴を開けるし。それでもメドがいれば抑えてくれるから助かるけど、はぁ~」


 遠目になって溜息交じりに話すエンド。

 きっと思い出したくない出来事だったのだろう。



「そ、それは恐ろしいのじゃ。災害の幼女と呼ばれるのも納得じゃ。わしもその名は耳にしておるからのぉ。して、そのメドとは保護者的な者なのか?」


「いいえ、どちらかと言うと信者に近いわ。フーナを主と認めてからずっと尽くしているみたいだから。いつの間にか我よりも強くなっていたのも驚きだったわ――――」


 こちらに視線を戻し、肩をすくめて自嘲気味に話し、

  

「まぁ、この話はもういいわ。それよりも早く案内してくれない? じゃないと色々と思い出して、感情を抑える事が出来ないから」


 話をそう締めくくり、ナジメ達を値踏みするように、ねっとりとした視線に変わる。



「…………わかったのじゃ。ならわしたちの後を着いてくるのじゃ」


 何やら言い難い不気味な気配を感じながらも、スラムの外れの空き地に移動した。







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