第413話強襲される親子と異形な魔物




「お、親父――――っ!!」


 アタイは立ち上がり、親父がいた洞窟に向かって駆けだす。

 ただそこには洞窟も、もちろん親父の姿なんか見えるはずがない。


 目の前にあるのは、洞窟の入り口に積み重なったたくさんの岩だけだ。

 しかも今の落石で、ここ以外の洞窟も同じ状況になっていた。



「親父っ! 親父っ! ――――っ!!」


 ドンドンと力いっぱい岩を叩き、何度も親父の名を呼ぶ。

 アタイを庇って、暗闇の中に消えて行った父親を。


「親父~っ! 生きてるよなっ! 大丈夫だよなっ!」


 今度は拳大の石を見付けて「ガンガン」と岩壁に叩きつける。


 すると、


 (カン、――――)

 

「えっ!?」


 すると微かに聞こえる音で、アタイは手を止め耳を澄ます。


 (カン、カン、カン、――――)


 その音は断続的に、目の前の岩の向こうから聞こえる。


「あ、良かったぁ――――」


 アタイはその音を聞き、息を吐きだし胸を撫で下ろす。

 だってその音は、親父がアタシに無事を知らせるものだとわかったから。



「親父っ! そっちは大丈夫なのかいっ!」


 崩落した岩に頬を付け大声で叫ぶ。



((――俺は大丈夫だっ! それよりもイナはケガしてないかっ!))


 アタイの呼びかけに、微かながらも親父の声が聞こえる。


 ただ洞窟内で声が反響しているようで、若干聞き取りにくい。

 それでも無事が分かって涙が出そうになる。



「ア、アタイは大丈夫だっ! それよりもそっちはどうなってるんだ? 他の洞窟も埋まっちゃって、みんなも閉じ込められちゃったみたいなんだけどっ!」


((そうか…… イナ、外からこの岩をどかすことは出来るか?))


「え? アタイ一人では無理だっ! ナルハの村の人が総出と、馬を使えばいけると思うっ! それでも数半日以上はかかるぞっ!」


((そこまでか…… なら俺は他のみんなを探して合流することにする。もしかしたらケガ人もいるだろうしっ! それと幸いにも飲み水には困らないからなっ!))


「わ、わかったっ! ならアタイは村の人たちを集めてくるっ! だから絶対に無理するなよ、また崩れたらみんなペシャンコだからなっ!」  


((おうっ! わかったっ! イナよろしく頼むぞっ! だがお前もあまり無理をするな。危険を感じたらみんなで山を降りるんだっ! この崩落もそうだが、何か嫌な予感がするからなっ!))


 親父の声はそれを最後に聞こえなくなった。

 恐らくはここを離れて、話の通りに洞窟の中を探索しに行ったのだろう。



「ふぅ~、本当に良かった。親父が無事で…… それに中は広いし、湧き水もあるから暫くは大丈夫そうだ。牛たちもいるから空腹も何とかなりそうだし。よしっ!」


 親父が大丈夫といったその根拠を思い出し、更に安堵する。

 

 それと崩落の事を心配していたみたいだったけど、この山の中は岩肌が硬化な鍾乳石で出来ている。

 だから簡単に崩れる事もないし、地底湖もあって牛たちの飲み水もある。


 

「うん、ならアタイは一時でも早くみんなを集めて、親父たちを救出するんだっ! 親父も、きっと村の人たちも全員無事で待っててくれてるからなっ!」


 タタタ――――


 自分にそう言い聞かせ、村に戻る為に走り出す。

 親父とみんなの無事を信じて、来た道を引き返す。


 途端、


 ドガ――――ンッ!!


『クオォ――――――ッ!!』


「な、なんだっ!?」


 山の上空で大きな何かがぶつかる音と、聞いた事のない雄叫びが夜空に響き渡る。


 するとそれと同時にまた落石が起こり、岩肌を伝い地面に落下する。


「わっ! ま、またかよっ!?」


 ただ幸いにも山を離れたアタイに落石が届く事はなかったが、轟音と咆哮が聞こえた山の中腹には大きな穴が開き、その上空には巨大で黒い影が風を巻き起こしながら羽ばたいていた。



「な、なんだあれは…… も、もしかして――――」


 漆黒の夜空を、微かな月の明かりを後ろに無数に飛び回る大きな影。

 その突然現れた姿に驚愕し、言葉を失い見上げたまま固まる。


 だってそんなもの、この大陸ではもう生存してないって知っていたから。

 10年以上も前に、ある冒険者が他の大陸に追いやったって聞いていたから。



『で、でもこいつらがきっと、今まで牛たちと村人をさらって、この洞窟も埋めた魔物の正体なんだっ! 今も牛たちを追って開いた穴に入って行ったからっ!』


 見上げる先には、轟音と共に、山の中腹の大穴に飛び込んでいく数体の影。

 魔物が開けたであろう、新しい入り口の中に吸い込まれるように消えていく。



「こ、こうしちゃいられないっ! このままじゃ中の親父たちも牛も、もしかしたら村も全滅しちゃうぞっ! 急いでみんなに知らせないと――――」 


 タタタッ――――


 慌てて振り返り、再度村に向かって駆けだす。

 親父が心配だけど、アタイ一人では何もできない事ぐらいわかるから。



「待っててくれよな親父っ! 絶対に生きててくれよなっ! じゃないとアタイは親父に何も返せてないんだっ! 他人のアタイを、ここまで育ててくれた両親に――――」 


 微かに遠い村の明かりに向かって、息を吸い込み全力で足を動かす。

 

 ただ、村人たちだけでアイツらをどうにかできるのか? 

 との不安を抱えながら。


 あんな魔物はきっと、有名な冒険者でも敵わないんじゃないか?

 と危惧しながら。



 ブワァ――――ッ!!


「うっぷ、な、なんだっ!」


 村に向かうアタイの前方から、濁流のような強風が押し寄せる。

 生臭く生温かい風を全身に浴びて、咄嗟に足を止める。


 直後、


 ズズ――――ンッ!


 前方の暗闇に、風を纏った黒い影が降りたった。

 今しがた、アタイが走り抜けるはずだった草原の上に。


「え?」


 それは山の崩落を起こし、今まで上空を飛んでいた魔物だった。

 アタイの前を立ち塞ぐように、蝙蝠の様な翼を広げる。



「ち、違う、コイツはワイバーンじゃないっ!?」  


 アタイはその姿を見て呆然とし立ち竦む。


 ワイバーンだと思っていた魔物は4枚の翼を持ち、顔があるであろう箇所は、杭の様に尖がった形をしていた。そこには眼も鼻も、ましてや口ばしさえも見当たらなかった。



『ブオォ――――――ッ!!』


 それでも威嚇するように、アタシに向かい咆哮のような雄たけびを上げる。

 その鳴き声は、胸に開いた大きな窪みから発しているのが分かった。



「な、なんなんだ、この魔物は――――」


 そんな未知の魔物を前に思考が止まる。

 異形な姿を目にし、体も硬直する。


 恐怖、恐慌、混乱、戦慄、畏縮。

 あらゆる負の感情がアタイを支配する。

 無意識に恐怖でカチカチと奥歯が音を鳴らし、その姿から目が離せない。


「あ、あ、あ…………」

 

 親父やみんなを助けたいと望んだ、期待も希望も一瞬で掻き消えてしまった。

 それ程の絶望を感じる存在が、今、アタシの前にその姿を曝け出している。



 ヒュッ ――――


 慄き、恐怖で動けないアタシに奴が首を振り下ろす。

 その鋭い杭型の顔面で、アタシを貫こうと動き出す。


「ひっ!」


 ドガッ!


 アタイは動けず、何の抵抗も出来ないまま体を貫かれた。


 親父の笑顔と、拾ってくれた母親の温もりを思い出しながら、アタイの意識は底の見えない暗闇の中に落ちていった。




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