第82話二人の笑顔とお説教




 ※今回は、姉妹を中心にしたお話になります。

  澄香にお仕置きされた双子の出来事と心情になります。




「ま、まだ、痛いかいっ? ナゴ姉ちゃん」

「え、ええ、まだヒリヒリするわ」



 私たち姉妹は、目を覚まし、お互いにお尻の治療を行っている。

 赤く腫れあがってしまった、酷い有様のお尻を。



「はぁ、お尻の治療に、高レベルな回復薬を使わなきゃならないなんてね――――」


 思わず、そんな愚痴が口から出てくる。


「しかも、回復薬でも完治しないなんて、あの方はどれだけの力で叩いたのかしら? しかも、私たちが起きたら、魔法壁はそのままでいなくなってしまってるし」


「ナゴ姉ちゃん、それじゃ一応塗り薬も塗るよっ!」

 

「え、ええ、お願いね」


 私は妹に、お尻を向けたままそう答える。



 正直かなり恥ずかしい。妹にこんな醜態を見せるなんて。

 こんなお尻丸出しでは、姉としての沽券にも関わってくる。


   

「い、いたっ!」


「ご、ごめんよっ! ナゴ姉ちゃんっ! これでもそっと塗ってるんだよ」


「う、うん、いいから気にないで続けて。私が終わったら、次はナゴちゃんも治療するから、もうちょっと我慢しててね」


「うううっ、痛いのはっ、いやだなぁっ!」


「仕方ないでしょ。ほっといたら、中々治らないんだから」







「はいこれで終わりよ。どうゴナちゃん。少しは楽になったでしょう?」


 そう言って、まだお尻を向けている妹に声を掛ける。


 回復薬、それと塗り薬を塗って治療したが、まだ赤く腫れ上がっていた。

 それでも随分と、痛みは和らいだはず。私がそうだから。



「うん、ありがとうナゴ姉ちゃんっ。かなり痛みは治まったよっ!」


「そう、それは良かった。それにしても、あの方は一体どこに行ってしまったのかしら? 私たちを閉じ込めたままで―――― ま、まさかっ、このままっ!?」



 あの方は、私たちが目を覚ました時にはいなくなっていた。


 体を押さえつけていたものはなくなっていたけど、まだあの人の、魔法の壁らしいものの中に閉じ込められたまま、ここから出る事も出来ない。


『――――――』


 それとなんか、気を失う前と魔法壁の模様が変わっっているけど……


 もしかして、私たちをこのままにして餓死させようと――――



「そんな事あの方は絶対しないよっ。ナゴ姉ちゃんもそれは分かってるだろ? あの強さなんだ、こんなまどろっこしい事なんてしなくても、ワタシたちなんかひと捻りだよ。だってあの人、あんなに強かったのに全然本気じゃなかったもん。まだまだかなりの実力を隠してるよあの人は…………。それよりもナゴ姉ちゃん、ワタシ困ってるんだぁ――――」


「うん。本当はわかってた。あの方はこんな卑劣な事はしないって。っで、ゴナちゃんどうしたの?」


 未だに下に衣服を履かない下着姿の妹に視線を向ける。



「どうしよう、ナゴ姉ちゃん、ワタシ、ズボンが履けないんだっ! 腫れが酷くてズボンが入らないんだよおっ!」


「……………………」


「ナゴ姉ちゃんはいいよ、ドレスだからっ! でも私はピチッとしたハーフパンツなんだよぉ、腫れてて、痛くて、履けないんだよぉ――――っ!」


 ゴナタはそう言って、無理やり履こうとするが、途中で痛みと、腫れが原因で、ちょっと顏をしかめてしまう。「ううっ無理っだよぉ!」なんて呟きながら。



 そんなゴナタを見て、



「……………………クスッ!」


「ナゴ姉ちゃん?」


「フフフフフッ、あ、あははははっ――――!!」


「ナ、ナゴ姉ちゃんっ!?」


「はぁ、はぁっ、ご、ごめんね、ゴナちゃん、つい、その、面白くて、笑ってしまって、本当に、ごめんなさいねっ」


 不覚にも声を上げて大笑いしてしまった。

 痛くてゴナタが困っているのに。


 私ったら、なんて、ゴナタに可哀想な事を……



「………………楽しかったの?」


 笑われたゴナタは無表情で、私にそう問いかけてきた。


「ご、ごめんね、ゴナちゃん、そんなつもりじゃ私っ――――」


 私はちょっと驚いて更に謝る。

 ゴナタが私にそんな態度をするなんて、と若干驚きながら。


 でも、ゴナタは表情を崩して、


「………………良かったぁ」


「良かった?」


「うん、ナゴ姉ちゃんが楽しそうで良かったっ! わははっ!」


 そういってナゴタは、向日葵のような「ぱあっ」と無邪気な明るい笑顔で私に答えるのだった。


「っ!?――――」



 ――――忘れていた、そしてそれを今思い出した。



 妹のゴナタの、この笑顔を久しく見ていなかった事に。


 この笑顔はきっと、あの酒場での出来事以前のゴナタ本来の笑顔だろう。



 私はそんな妹の笑顔を忘れていた。



 いつの間にかその笑顔が私の前から、消え去っていた事に。


『――――――』


 そして、それはきっと私も同じだろう。


 だから、私は――――



「うん、楽しかったっ! でも笑ってしまってごめんなさい、ゴナちゃん」


 と、笑顔で答えるのだった。


「――――――――ふふっ」

「――――――――ははっ」


「うふふふふふっ!――――――――」

「あはははははっ!――――――――」



 私たち姉妹の忘れていた笑顔と、笑い声が夜の森に木霊する。


 こんなに笑ったのはいつ頃だろう。

 こんな何気ない事で笑えたのはいつ以来だろう。



 これを思い出させてくれたのはあの人。


 私たち姉妹を、本気で叱ってくれたあの人。


 そして、今まで聞いたこともない、おかしなお説教。

 それでも私たち姉妹の心の奥底に、厳しくも、深く暖かく染み渡った。



 「あのね、ゴナちゃん。あの人の事と、なんだけど」

 「うん、ナゴ姉ちゃん。ふたりでよっ!」



 それから私たち姉妹は、あの人の言う通り話し合いの為、口を開く。

 意志疎通なんて曖昧なものではなく、キチンとした言葉で相談し合う。



 それは、あの人が帰ってくるまで続いた。




□□




 『ねえ、二人とも。そんな事してて楽しいの?』



 私たちの事を散々聞き出した後で、あの人の話はそんな一言から始まった。



 もちろん、そんな戯言に、私たちは怒りを覚えた。


 楽しい?


 私たちの境遇を知ってもなお、そんな軽口を言う、この少女に憎悪した。



「はっ! ふざけた事言わないでっ! 楽しいわけなんてないじゃないっ! 私たちが、一体どれほどの想いをっ―――――!!」


「そうだっ! 楽しいとか楽しくないとかそんなのは関係ねえっ! ワタシたちがそうしなきゃならないと思ったから、そうしたんだっ! それを――――!!」



 この正体不明の少女には、私たち姉妹の力は遠く及ばない。

 今までなんでも力でねじ伏せてきた、この力が、この少女には通じない。



 それでもその一言に我慢が出来なかった。



 敵わないと思っても、死を賭してでも立ち向かっていきたかった。

 私は、私と妹の想いを守りたかった。



 ただ、それすらも叶わない。



 私たち姉妹は、見えない何かに押さえつけられているのだから。

 妹の能力でさえ、それは破壊できない代物だった。



 そしてまた――――



 パァ――――――――ンッ!!!!

 パァ――――――――ンッ!!!!


「イッ!?」

「いたッ!?」


 今は背後の見えないお尻を強打されている。


 そして、たまに、


 サワサワ

 スリスリ


 と、撫でられる。


 これが良く分からなかった。


「………………~~ッ!」

「………………~~っ!」




『あのさぁ、今まで聞いてて思ったんだけど、あなた達って、姉妹でちゃんと話し合って、今までやってきた事を決めたの?』


 合間にそんな事を聞いてくる。


「わ、私たちは双子なのよっ! 妹が考えている事なんて、聞かなくてもっ――」

「ワタシたちはずっと一緒だったっ! だから、そんな事しなくてもっ――」


 それを聞いた少女は、ツカツカと私たちの背後から歩いてきて正面に回る。



『いいから、そう言うのじゃないから。双子だから意志疎通ができる? そんなのは信じてないから私。言葉にしないと全ては伝わらないから』


 腕を組み、私たちを見ろしながらそう告げた。


『それで、どうなの?話し合ったの、合わなかったの?』


「………………」

「………………」


『返事が無いって事は、お互いに何も話してないね。だったら――――』


 パァ――――――――ンッ!!!!


「痛っ!」


『だったら、一番悪いのは、姉のあなただよっ!』



 そう言って、未だ私たちの前で腕を組みながら、その少女は私だけに向かってお尻を叩きあげる。今度はその不思議な魔法の力で。



『なんで、あなたは、そんな事にも気付かなかったの』

「えっ!?」


 パァ――――ンッ!!!!


『なんで、姉のあなたが、止めなかったの』

「くっ!?」



 パァ――――ンッ!!!!



『なんで一緒になって妹と間違った事してんの?』

『なんであなたは守らなかったの―――――』

『なんで姉のあなたが、もっと考えて――――』


 パァ――ンッ! パァ――ンッ! パァ――ンッ! 

「っ!!」「っ!!」「っ!!」「っ!!」――――



 私はその少女の慟哭にも似たお説教に何も言い返せなかった。



 この少女の言う通り、お父さんとお母さんの子供以前に、


 私はこの可愛い妹の『姉』だったのだから。



「ちょっ! も、もう、やめてくれよっ! それじゃナゴ姉ちゃんが全部悪いみたいじゃないかっ!」


 隣のナゴタが、いつまでも苦痛に与えられている私に我慢できなかったのか、庇う様にその少女にそう叫んでくれた。



『え? そうだよ。最初から全部、あなたのお姉ちゃんが悪いんだよ』


 それを聞いて、あっけらかんと答える少女。


「………………」

「………………」


『お姉ちゃんとして妹の間違いを叱らなかった、このお姉ちゃんが悪いんだよ』


「だ、だからって何も全部ナゴ姉ちゃんがっ! だったら妹のワタシはどうしたらっ!」


『お姉ちゃんに甘えたらいいよ。妹の特権だもん』


「………………えっ?」

「………………はぁ!?」


『あ、ごめん。間違った』


「………………」

「………………」


『今回ばかりは、妹のあなたも同罪ね』


「…………えッ!」

「…………えええっ!!」


『よく考えたら、二人とも同い年だった。幼い妹ならいざ知らず? い、いや、姉のほうが―― んんんっ?』


 今度は「どうなんだろう?」と考え込んでしまう。

 一体この少女は何を――――



 パァ――――――ンッ!!!!

 パァ――――ンッ!!!!



「痛っ!?」

「いたっ!?」


 と、またお尻叩きが再開されるが、今度は妹のナゴタも一緒だった。



『やっぱり、姉も妹も同罪だね、でも少しだけ姉の方が悪いから、妹の方は少し加減してあげる』


「~~~~~~ッ!?」

「………………っ!?」



 そうして、またお尻への執拗な攻撃が始まる。


 でも他人の私たち姉妹に、ここまで真剣に叱ってくれた人は初めてだった。

 こんなに私たちの事を他人に話したのも、この人が初めてだった。



 私たち姉妹は、両親と祖父が亡くなって以来、初めてお説教をされたんだと気付いた。



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