ガナット・レティー 11

 ナチとバドが世知辛い現実に打ちひしがれていると、オルトが眉根を寄せ座っている岩を平手で叩いた。


「おい、なにみっともないこと言ってんだ。冒険者だったら金を気にして安い酒を飲むなんて真似するな」

「は? お酒飲めないクセになに言ってるの」


 突然飛び出したオルトの持論にナチが馬鹿を見る目で文句を言うと、オルトはまたバシバシと岩を叩く。


「俺は酒の話をしてるんじゃない、冒険者としての気概の話をしてるんだ」


 オルトはひ弱で見た目も細い、パッと見だけは典型的な魔法師だ。

 鋭い目つきで斜に構え、一見するとクールで皮肉屋な雰囲気なのだが、実際はうちのパーティーで一番熱い男だったりする。


 こうして酒も飲めないくせに、突然酔っぱらった中年冒険者よろしく、自身の冒険者論を熱く語りだしたりするのだ。


 冒険者としての気概なんて言われても人それぞれだが、オルトの持つ冒険者像は妙に古めかしい。

 その考え方は嫌いじゃないし、普段は合理的な思考の持ち主だから別にいいのだが、金勘定の話になると途端に豪快になってしまうのだ。


 それも冒険者らしいといえば冒険者らしいが、そこは個人の価値観でとどめて欲しいと思っている。

 俺も以前はエールばかり飲んでいて、その度オルトに説教をされていた。あれがなかったら、俺もまだエールを飲み続けていたかもしれない。


 ラガーの美味しさを知ることができたので悪いことばかりでもなったが、出費が増えたことは間違いない。それは酒に限ったことじゃなくて、普段の金遣いも多少荒くなっている気がする。


 そうやって少なからずオルトの影響を受けている俺は、オルトの語る冒険者論についてはちょっと指摘がしづらいのだ。

 一方オルトの影響を受けていないどころか、ことある毎に意見を対立させているナチは、釈然としない様子でさらに口を尖らせた。


「オルトだって、今回持ってくる塩とかスパイス減らしてたじゃん」


 その指摘に、オルトは腕を組んで首を振る。


「それは金をケチったんじゃなくて、荷物を減らしたんだ。まさか、こんなに長引くとは思ってなかったからな」


 依頼に持っていく荷物はメンバー全員で話し合うことにしているが、実際は主に俺とオルトで決めている。

 今回の依頼では以前の経験から荷物を少なくしたのだが、それを決断したのも俺とオルトだった。

 

 明水露鉱石は、魔導武具や一般魔道具の素材として需要が高い。

 そのため定期的に採取の依頼がだされていて、報酬の割りに楽な依頼として知られている。


 実際、過去この依頼を受けた時には、初日で条件を達成し依頼期間ギリギリまで追加報酬分を採掘していた。

 あの時は控えめに言ってもフィーバー状態で、街に戻ってから人生初の豪遊を体験したのだった。


 その後も同じ依頼を二回目受けたが、その二回とも比較的楽に条件を達成していた。さすがにフィーバー状態は初回だけだったが、俺たちの中で明水露鉱石の採取は、楽で実入りのいい依頼という位置づけになっていたのだ。


 だから今回も、この依頼を見つけた時にはすぐに飛び付いていた。


 しかも依頼期間一杯まではかからないだろうと高を括り、塩とスパイスだけじゃなく全体的に荷物を少なめにしてしまったのだ。


 それは完全に判断ミスだったと言える。

 そのせいで、色々と物資が心もとなくなってきているのだ。


 現地調達できるものはまだいいが、塩やスパイスはそうもいかない。

 長期依頼遂行中の楽しみなんて食事くらいだ、それが腹を満たすだけの存在になってしまうのは看過できない。


 まだ手持ちはあるが、今後のことを考えると節約せざるを得ない状態なのだ。


「俺もだけど、今回は判断を誤ったな」

「分かってる、同じ失敗は繰り返さねぇよ」


 俺が反省を口にすると、オルトも素直にそれを認めた。


 そこに関してもっとナチに責められるかと思ったが、先に失敗を認めたことが功を奏したのか、それ以上の文句は言われなかった。


 その代わりに、スライムを食べ終えたナチはがっくりと肩を落とす。


「でもさ、ホント意味わかんないよね。もう七日目だよ? 初めて来たときなんて初日から入れ食い状態だったじゃん、なんなのこれ?」

「鉱石は入れ喰わねぇけどな。ま、言いたいことはわかる」


 ナチがまた誰にともなく尋ねると、オルトが手とナイフに付いたスライムを布で拭き取りながら答えた。

 採掘中は弱った様子を見せなかったオルトだが、休憩を挟んだことで気が緩んだのか表情に疲れの色が滲んでいる。

 

 するとバドも、オルトから布を受けりつつ苦笑いを浮かべた。


「成果がないと疲れ方も違いますね」

「そうだな、前より岩盤が固く感じるよ」


 そう答えながら、俺は両腕をぷらぷらと振る。麻痺していた感覚が戻ってきたことで、疲れが如実に感じられていた。

 確かに、バドの言う通りだ。過去この依頼を受けた時も当然疲れはしたが、ここまでじゃなかったような気がする。

 

 現時点ですでに腕がパンパンだった。背中が張って足は棒のようだし、尻が筋肉痛になるというのを久々に経験している。


 正直言って、このまま採掘を続けられるか怪しいような状態だった。

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