第21話 合衆国

 



 ーー アメリカ領自治区 ワシントンD.C. アメリカ総督府 カール・アイシンガー総督 ーー





「帝国貴族に反乱の兆し? 」


 私が執務室で新聞を読んでいると、補佐官であり友人でもあるトニーが重大な報告があると入室してきた。そして私の前に立ち彼が語ったその内容は、帝国貴族が反乱を計画しているという驚愕すべきものだった。


「はい。恐らくは間違いないでしょう。ここワシントンのアーレンファルト侯爵やニューヨークのオフレッター伯爵へ、敵対派閥であるロンドメル公爵家の者が頻繁に会っているようです。南部を受け持つ男爵や子爵クラスの貴族が、市長らとの会食で近々皇帝に挑む者が現れると漏らしていたとも聞いております。ロシアへも200隻近くの飛空艦隊が集結しておりますことから、その可能性は高いかと」


「つまりロンドメル公爵が反乱を企てているということか? うーむ……いまいち信じられないな。反乱を起こそうという者が、我々に察知されるほど堂々と動くものなのか? 」


 反乱計画など普通は極秘裏に行うものだ。事前に発覚しては意味がない。それを堂々と動いたあげくに、支配されている側である我々に察知されるなど考えられない。


「確かにおっしゃる通りです。当然ロンドメル公爵も、演習や派閥の垣根を超えた友好関係の構築などという建前で動いており決定的な証拠はありません。しかしこういった動きと帝国人の価値観から考えますと、反乱を起こす可能性は非常に高いと分析が出ております」


「帝国人の価値観? 」


「はい。帝国は貴族間の戦争を推奨しており、強い者が多くの領地と高い地位を得るという野蛮な国です。その証拠に過去反乱により皇帝が変わったことが幾度もあります。たとえ帝国が平和であり、民に不満がなかったとしてもです。これは皇家の血は重要ではなく、デルミナ神の加護を受けた者が皇帝となれることが原因と考えられます。ゆえに力のある貴族は常に皇帝になる機会を伺っており、実際に反乱を起こし皇帝を倒せば、デルミナ神より加護を受けた新たな皇帝が現れます。その後は何事もなかったかのように、貴族も民も新たな皇帝に従うのです。それがテルミナ帝国という国です」


「なんと野蛮な……皇家の歴史も権威も欠片もないな。そんな国に我々は負けたというのか……」


 加護がどういうものかはわからない。しかし自ら加護を与えた者が殺されても天罰を与えることなく、新たに加護を与えるような神だ。戦いが好きな神か魔神のどちらかであろう。


 そんな野蛮な神を信仰している国に、我が合衆国が隷属しなければならないとは……


 この3年。我が国は帝国に支配され、その間に多くの国民の血が流れた。降伏した当初が一番酷かったかもしれない。毎日各地で自由を求めた暴動が頻繁に起こった。我が合衆国の誇り高き国民は、支配されることなど受け入れられなかったからだ。しかし我が国を管理していたハマール公爵は、暴動を起こした者は容赦なく皆殺しにした。それどころか地方で暴動を起こしていた者たちへ、見せしめと言わんばかりに核を落とし街ごと破壊した。


 その光景を見た我らは絶句した。まさか我らが作った核が自国に落とされるなど想像もしていなかったからだ。それからは我々は総督府として、必死に国民へ今は耐えよと呼びかけた。このままでは核によって再起不能にまで国が破壊されると思ったからだ。その結果暴動はなんとか治まった。


 しかしその代わりテロとゲリラ活動が頻繁に発生するようになった。これに関しては総督府で支援している組織も多い。元軍人による反政府組織にも資金を供給している。彼らには帝国の基地を襲撃し武器を奪う活動をしてもらっている。我が国の優秀な元諜報員らは、帝国兵を買収し武器の横流しにも成功している。時には帝国兵を拉致し、飛空艦の情報や各地の帝国軍の情報も得てきた。


 その過程で多くの者が命を落とした。潜伏していた街ごと飛空戦艦で破壊されたこともある。しかしそのおかげで帝国と地上でならばなんとか戦える戦力を得ることができた。合衆国各地の山脈地帯にある秘密基地にて、魔導技術の研究も行っている。いつかテルミナ帝国からこの合衆国を取り戻すために、我々は反撃の準備を着々と進めている。


「しかし大統領。これはチャンスです。公爵家クラスが反乱を起こすということは、かなりの大戦となります。最低でも数ヶ月は戦争が続くでしょう。このアメリカからも多くの戦力が出ていき、その多くが戻らないでしょう。そのタイミングで世界各地で独立運動を行なえば……」


「なるほど。内戦中の帝国は対処できない。そして帝国が内戦と各国の対処で身動きが取れないうちに、我が合衆国がハマール公爵とその配下の基地を襲撃し独立をする」


 俺は未だに2人の時には大統領と呼ぶトニーへそう答えた。


「はい。中国にロシア、欧州に中東。そしてアフリカと、帝国に不満を持っている国は山ほどおります。実際に米国が立つことを知れば、彼らも何らかのアクションを起こしてくれるはずです。我が国は彼らと歩調を合わせ、国民総出で暴動を起こし帝国兵を誘導。その隙にランク持ちの兵と鹵獲した魔導兵器を持たせた部隊に、ハマール公爵軍の各基地を制圧させます。その際に飛空艦を鹵獲することができれば独立することが可能でしょう」


「国民を囮にか……多くの国民が死ぬな」


「合衆国を取り戻すための独立戦争です。彼らは英雄として歴史に名を刻むでしょう」


「……そうだな。その通りだ。この戦いは合衆国の国民全ての戦いだ。我ら全員が独立のために戦う戦士なのだ」


 一度征服された国を独立させるのだ。無傷というわけにはいくまい。ワシントンとニューヨークの基地さえ押さえればなんとかなる。あの強力な飛空艦さえ手に入れれば勝ち目はあるだろう。そのうえ我々が独立宣言を行えば、各国も触発され動きが活発となり帝国も鎮圧に苦戦するはずだ。


 そして帝国の内戦が終わる頃には、我々はカナダと南アメリカを支配下に置き多くの飛空艦を手に入れているだろう。当然帝国は討伐部隊を派遣してくるだろうが、内戦で疲弊した帝国がそう簡単に再び我々を支配下に置けるとは思えない。


 今回は我々も魔導兵器を所持している。それならば前回のように一方的な戦いにはならないだろう。帝国の侵攻に耐えつつ新兵器を開発し、それをもって帝国に独立を認めさせる。そしていずれは帝国を圧倒できるほどの力を手に入れる。我々の科学技術と魔導技術があればそれは可能なはずだ。


「各国の諜報員と接触し、連携を図りたいと思いますがよろしいでしょうか? 」


「ああ、そうしてくれ。ただ、我々が動くのはロンドメル公爵家が動いてからだ。恐らく最初にロシアと隣接している欧州のマルス公爵家と戦闘を行うはずだ。現地の諜報員との連絡と、衛星での監視を強化するように伝えてくれ」


「はい。そのように手配いたします」


 我が合衆国は強い。帝国が侵攻してきた時も、圧倒的な軍備の差があったがよく持ち堪えていた。しかし裏切り者により我々の情報は筒抜けだった。議会もメディアを掌握され、私は何もできなかった。さらにはロンドメル公爵による中国での虐殺を見て、我が合衆国は降伏せざるを得なかった。


 あれから3年。まだ十分とはいえないが、我々は帝国の地上兵器を手に入れた。数は少ないが、山岳地帯の秘密基地に収容している戦闘機へ装備もした。初手でワシントンとニューヨークの基地を襲えば、その後内戦で弱った帝国相手にならばなんとか戦えるはずだ。


 長い年月地球人になりすまし、我が合衆国を売り貴族として取り立てられたロンチャイルドとオールドマンサックス財閥の者どもめ……いつか帝国に乗り込み裏切りの代償を支払わせてやる。




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「来るぞ! デュラハン3、リッチ2! ホークから降りて戦闘態勢! ティナはリッチを! 俺とオリビアはデュラハンを殺る! 『滅魔』! 」


 俺はティナとオリビアにホークから降り戦闘態勢に入るよう指示をした後に、正面の角から現れたデュラハンとリッチへ向けて滅魔を放った。


「わかったわ! ウンディーネ! 龍となりリッチを噛み砕いて! 『水龍牙』! 」


「オリビア! 俺が足止めをする! 無理せず一体ずつ処理しろ! 『光槍』! 」


 俺はティナが放った頭部だけの水龍がリッチ2体を呑み込んだのを確認したあと、オリビアに指示をし光の槍を6本頭上に発現させた。そして魔力を吸収され動きの鈍っているデュラハンの乗る三頭の馬へ向け、勢いよく射出した。


 俺が放った光の槍は吸い込まれるように2本ずつ馬へ命中し、その存在を消滅させた。


「はいっ! ハァァァ……そこっ! 」


「いいぞ! 『圧壊』! 『豪炎』! 残り1体だ! 」


 またがっていた馬が消滅し落馬したデュラハンに、オリビアがミスリルの大剣を突き刺したのを確認した俺は、残り2体のデュラハンを空気の塊で押さえつけ1体に豪炎を放ち消滅させた。


「ハアッ! 」


「よしっ! これで全部倒したな。ドロップ品を回収し……チッ、またかよ。ティナ! オリビア! 後方から新手だ! 多分デュラハン4体にリッチ1体だ! 」


 全ての魔物を倒しドロップ品を回収しようとすると、掛けっぱなしにしている探知に後方から新手の反応が現れた。俺はデュラハンの鎧と剣を回収しようとしていた二人へ、再び戦闘態勢に入るよう指示をした。


 一度戦闘を始めると一気に寄ってくるよな。


 70階層のボスを倒し、リズとシーナに代わりティナとオリビアを連れて71階層から攻略を再開してからは、現れる魔物の数が倍になった。それだけじゃない。エンカウントする頻度も上がった。さすが古代ダンジョンなだけはあって、そう簡単には先へは進ませてくれないようだ。


 それでもここ76階層にまで12日ほどでやって来れたのは、小型グライダーのホークのおかげだろう。俺は飛翔のスキルで、ティナとオリビアはホークに乗って移動することで、移動時間をぐっと短縮することができているからな。


「71階層からずっと容赦がないわね。オリビア、回収は後よ。もう一戦いきましょ」


「ほんとエンカウントする回数も一気に数が増えたわよね。またリッチをお願いねエスティナ」


「そろそろ視界に現れるぞ……3.2.1……『滅魔』! ティナ! オリビア! 」


「ウンディーネお願い! 」


「はいっ! 」


 こうして俺たちは連戦へと突入した。


 この後も頻繁に現れる死霊を倒しながら、俺たちは77階層へと繋がる階段を探しながら進むのだった。




 それから三時間ほど進んだ頃。俺たちは77階層の階段を見つけた。


 予定より早く見つけることに成功した俺たちは、夜も遅くなってきたこともあり近くの小部屋で休むことにした。


 小部屋には当然デュラハンとリッチが5体ずつほどいたが、それらを瞬殺してトラップも解除し宝箱を回収した。宝箱には3等級の停滞の指輪とアダマンタイトのインゴットが入っており、俺たちはハズレだねとお互いに笑い合いながらマジックテントを展開した。


 そしてテントに入り装備を外しソファーに腰掛け、オリビアがいれてくれたコーヒーを飲んでゆっくりしていた。



「ふぅ、それにしても疲れたわ。ホークに乗ったり降りたり。歩くよりは楽だし速いけど、まだ慣れないからバランスをとるのに背中と腰が痛くなるのよね」


 ティナがコーヒーを飲んで一息ついたのか、俺の右隣りで腰を揉みながらそう愚痴った。


「エスティナも? 私も腰が痛いわ。リズさんみたいに立ち乗りできれば違うんでしょうけど」


「ホークはうつ伏せになって乗るように作られてるから仕方ないよ。リズは特殊なんだよ。ずっと島で乗ってたし、もともと猫人族だからバランス感覚が優れてるのもある。簡単には真似できないよ」


 もともとホークはうつ伏せで乗って、バランスを取りながら乗る乗り物だ。立ち乗りできるリズが特殊なだけなんだよな。まあアレはあれで弊害があって、着陸しないうちに飛び降りるもんだから、ホークがそのまま飛んでいってさ、一台すでにデュラハンに叩き壊されてる。あの時のリズの顎が外れるほどショックを受けた顔は見ものだった。ホークは今ではそれほど手に入り難いものではないから別にいいんだけどさ。


 なんかオズボード公爵家がうちがホークを欲しがっているのをどこで知ったのか、50台ほど贈ってくれたんだよ。どうもアレはオズボード公爵が経営している企業で作っているらしいんだよな。朝までオッキ君もオズボードのとこで製造しているらしくて大量にくれた。そのうえ今後いつでも優先的に購入できるようにしてくれたんだ。


 でもオズボードはフォースターとオリビアが、要注意人物と言ってたからな。俺は借りを作らないように、ダンジョンアイテムをいくつか返礼品として贈っておいた。友好関係を築こうと近づいてきて、背後から刺すのが帝国貴族だ。貰える物は貰うけど、警戒は怠らないさ。


「あの子のバランス感覚は異常よね。でも練習すればなんとかなりそうだし、せめてしゃがんで乗れるようにはなりたいわ」


「私は軽量化の特殊能力が付いてるとはいえ、全身鎧ですから無理そうです。大剣もありますしバランスを取るのは難しいですね」


「なんか今度はハンドル付きの立ち乗り用ホークを作ってるらしいから、それができるまでの辛抱だよ。ホークは売れまくってるみたいだから、どんどん改良版が出てくると思うよ。まあダンジョンで乗ろうと思うのは俺たちくらいだろうけどね」


「ふふふ、確かにそうよね。普通はダンジョンでなんて危なくて乗ろうとは思わないもの。コウの広範囲の探知スキルと、滅魔があってこそよね」


「確かに普通はあれほど広範囲に探知は掛けれませんから、リッチの放つスキルと素早いデュラハンの動きで、あっという間に距離を詰められてホークごと攻撃を受けます。コウさんがいなければ絶対に乗ろうとは思いませんね」


「それでもこの人数だとちょっと厳しくなってきたかな。死霊の数が多過ぎるんだよね。81階層からはリズたちと5人で進んだ方がいいと思うんだけど、どうかな? 」


 さすがにAランク以上の死霊6体を3人で対処するのは厳しくなってきた。かなりの確率で連戦になるしな。倒すだけなら俺だけで余裕なんだけど、経験値を全員が得られるようにするには滅魔で瞬殺するわけにはいかない。やっぱり人数は増やした方がいいと思う。


「それは私も感じていたわ。前衛がもう一人欲しいわね。リズとシーナがいればサクサク進めるでしょうし、アクツ家総出で攻略した方がいいかも。留守中のギルドと家はなんとかなると思うわ。みんな慣れてきたし」


「私もエスティナと同じ考えです。前衛が私一人ではコウさんに負担をかけてしまっていますので……リズさんたちがいれば余裕を持って戦えると思います。情報局は優秀な部下がいますし、陛下からの指示でリヒテンラウド伯爵が応援の人員を送ってくれていますので」


「そうか。ならクリスマスと年末年始はゆっくり休んで、81階層からはみんなで攻略しよう。91階層で一旦家に帰って仕事を片付ければいいしね。まあ3月には攻略できるだろう」


 1月中旬から攻略を再開すれば3月には攻略完了できそうだ。春には艦隊の訓練も終わるし、徴兵やらなんやらでまた忙しくなるしな。


「それがいいわ。コウとひと月会えなくなるのは寂しいもの」


「あっ、わ、私も寂しかったです」


「俺もだよ。それじゃあみんなでお風呂に入ろうか? 2人の痛めた腰をマッサージしてあげるよ」


 俺は両隣に座る恋人の腰に手を回して、優しく撫でながらそう言った。


「うふっ、コウに背中を向けたら腰だけのマッサージじゃ済まなくなりそうね」


「それは仕方ないよ。こんなに魅力的な恋人がいるんだし。他のところもマッサージしてあげたくなるのは当然だと思うんだよね」


 二人が寝そべる姿を見て、腰だけ揉んで終わりとかあり得ないだろ。そりゃ胸も尻もイキますって。


「わ、私はコウさんにマッサージしてあげたいです。その……気持ちよくなって欲しいで……す」


「コウを気持ちよくしてあげたいたなんて、オリビアもかなりエッチなことを言うようになったわよね」


「エ、エスティナ! そういう意味じゃないわよ! マッサージで気持ちよくしてあげたいという意味よ! 」


「だからコウのココを胸と口でマッサージして、気持ち良くしてあげたいんでしょ? いつものように私も一緒にしてあげるから、そんなに恥ずかしがることないわよ」


「そ、それだけじゃないわ。普通のマッサージも……その……」


「ははは、まずは俺が二人をマッサージするからさ。そのあとにいつも通りお願いするよ。それじゃあ行こうか」


 俺は二人の腰に回していた手を胸に移動させ、ゆっくりと立ち上がった。


「あっ、は、はい……」


「うふっ、いっぱい気持ちよくしてね♪ んっ」


 ティナは俺の太ももに手を這わせながら、上目遣いでそう言ってキスをしてきた。


「期待に応えられるようにがんばるよ」


 俺はティナとキスをしたあと、オリビアともキスをして浴室へと歩き出したのだった。


 さて、頑張ってマッサージしてあげるかな!



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