第16話 嫉妬

 



 ーー テルミナ帝国 帝城 執務室 テルミナ帝国皇帝 ゼオルム・テルミナ ーー





「なっ!? な、なんじゃこれは! なぜアムラスと余のメレスが仲睦まじくしておるのだ! 」


 余は執務室の大型モニターに映し出される映像を見て愕然としていた。


「先月にメレスロス様が水精霊の湖の長老と対面したことは、アクツ男爵より報告を受けたとおっしゃっていませんでしたか? 」


「聞いておる! あの男のことだ、必ず会わせるとは思っておった。じゃが余が言っておることはそのことではない! なぜアムラスとメレスが微笑み合い、腕まで組んで仲睦まじくしておるのかと聞いておるのだ! 」


 ぐっ……メレスよ……なぜそんなに幸せそうにアムラスと精霊魔法を放っておるのじゃ。


 そんなに巨大な氷など作って何をしておるのじゃ……ぬおっ! いまアムラスに微笑みおった! 余ではなくアムラスに……


「それは実の祖父と孫娘ですから当然ではないでしょうか? メレスロス様のあの幸せそうなお顔を再び見れる日がくるとは……このリヒテンラウド。心が温まる思いでございます」


「ぬがぁぁぁ! 違うんじゃ! そういうことではないのじゃ! あそこは余のいるべき場所なのじゃ! なぜ余がメレスと会えずアムラスが会っておるのじゃ! おかしいじゃろ! 不公平じゃろ! 」


 リヒテンは駄目じゃ! こやつは歳をとり過ぎて目線がアムラス寄りじゃ! 父親の目線などとうのむかしに忘れておる! そういえばこやつも孫やひ孫に玄孫にと甘々じゃったの。リリアにも激甘じゃった。聞いた相手が悪かった。リヒテンは敵じゃ!


「陛下。祖父の存在を隠していた我々は、メレスロス様に恨まれても仕方ないのですぞ? それをメレスロス様は理解してくださると言ってくれました。それなのにどうして初めて会った祖父との時間に文句を言えましょうや? メレスロス様は200年余りの時を取り戻そうとしておられるのです。ここは温かく見守るべきではないですかな? 」


「ぐっ……そ、それはそうじゃが……しかし……メレスがアルディス湖を出てから二ヶ月。余は一度も会っておらぬ。皇帝である余が皇女であるメレスに会えないのはおかしいじゃろ!? 」


 確かにメレスは余がアルディスの父である、アムラスの存在を隠していたことを許してはくれた。知れば会いたいと必ず思ったであろうし、余とアルディスのとの約束であったから仕方ないことだと。


 しかしじゃ! これは会い過ぎじゃろ! 日付別にDVD30枚分とはなんなんのじゃ!?


 おのれ魔王め! この間の電話ではメレスの私生活を撮った映像を送ると言っていたではないか! 余がどれほど心待ちにしていたと思っておるのじゃ! それがアムラスとの仲睦まじい映像じゃと!? しかもぱそこんのめもりーでーたではなく、わざわざDVDのパッケージ付きで送りつけてきおって! 


 ん? よく見ればパッケージの表紙の写真が全て違うではないか! ぐっ……どれもアムラスと微笑み合っている写真ばかり採用しおって! それになんじゃこのタイトルは……なにが『祖父と孫娘〜家族の絆〜』『もうパパなんていらない! 』『メレスとお祖父様♡』『同じ加齢臭なら魔人よりエルフ』じゃ! クソ魔王! 喧嘩を売っておるか!? 余に喧嘩を売っておるのじゃよな!? ハマールを差し向けたことへの復讐のつもりなのじゃろ!


「陛下、落ち着いてくだされ。いま帝都を長期間離れるのは危険でございます。帝都を守るローエンシュラム侯爵を信じきれませぬ。今しばらくは十二神将と共に帝都にいてくだされ。帝国の安定のために」


「アインハルトの小僧がなんだというのだ! そんなに帝都を乗っ取られるのが心配ならば、飛空要塞でメレスのもとへ行けば問題なかろう! ロンドメルであろうがアインハルトであろうが、反乱を起こすのであればまとめて吹き飛ばしてやるのじゃ! 」


 どいつもこいつも野心に溢れおって! 掛かってくるなら早く掛かってくればよいのだ! 小賢しく裏で暗躍しおってからに! 余とメレスの邪魔をする者は全て滅ぼしてやるのじゃ! くっ……アムラスめ! そこは余がいるはずの場所じゃぞ! 離れよ! 余のメレスから離れよ!


「飛空要塞は超魔導砲への換装が終わっておりませぬ。ですから今しばらくはお待ちくださいと申し上げているのです。それに今サクラジマに行ってもメレスロス様はおりませぬ。先日からアクツ男爵と共に【冥】の古代ダンジョンに挑んでおりますゆえ」


「なっ!? なんじゃと! メレスを連れて行くなど聞いておらぬぞ! 」


 そんなことは魔王から聞いておらぬ! あやつめ! 【冥】の古代ダンジョンに挑むと電話してきて、やっと挑むかと安心しておったらメレスを連れて行くだと!? そんなこと魔王もメレスも一言も言っておらんかったぞ!


「言っておりませぬからな。言えば陛下はまた単独で帝城を抜け出そうとなさるのは目に見えております。ですからダンジョンに入るタイミングでお伝え致しました。これはメレスロス様からお願いされていたことですので、ご容赦くだされ」


「ば、馬鹿な……メレスがじゃと? 父に内緒で男とダンジョンに入るなど……ふ、不良ではないか! 余のメレスがグレてしまったではないか! 魔王か!? 魔王が余のメレスを不良にしたのか! おのれ魔王! リヒテン! 出陣じゃ! 【冥】の古代ダンジョンとは因縁深き場所よ! 先代皇帝と同じく魔王をこの手で始末してくれようぞ! 十二神将よ! 出発の準備じゃ! 」


 余は立ち上がりオリハルコンの装備をマジックポーチより取り出し、別室で控えている十二神将へ古代ダンジョンへ出発するよう命令した。


 おのれ魔王! 素直で純粋で穢れを知らぬ余のメレスを不良の道に誘い込みおって! 許さぬ! 亡き父同様あのダンジョンで余が始末してくれようぞ! 


「十二神将よ! 陛下を取り押さえよ! これは帝国の、そして陛下のためである! 先代の十二神将を滅ぼしたアクツ男爵のもとへ行かせるでない! 」


「「「「「ハッ! 」」」」」


「な、なぜじゃ! その方らは余の直属の親衛隊じゃろ! なぜ宰相の命令を聞くのじゃ! 」


 余は執務室に雪崩れ込み余の装備を取り上げ、椅子へと無理やり座らせようとする十二神将へとそう叫んだ。


 なぜじゃ! 余は皇帝じゃぞ! なぜ余の命令を聞かぬのじゃ!


「陛下。前回の脱走後にマルス公爵と私により、陛下を帝都から出さないことが最大の忠誠であると十二神将及び皇軍にはキツく言って聞かせております。皆、アクツ男爵の実力を目の当たりにし納得しております」


「なんじゃと! それは余が魔王に負けると認めているということか! この余が! 伝説級ランクの余があのスケベ魔王に負けると! メレスを取り戻せぬと申すのか! 」


「そういうことでございます。皆の者。陛下はお疲れのご様子。マジックポーチをお預かりし、寝室へとお連れせよ。よいか? しっかり見張っておるのだぞ? 」


「「「「「ハッ! 失礼します陛下」」」」」


「なんじゃとリヒテン!? ぬおっ! よせ! やめるのじゃ! 余はメレスのとこに行くのじゃ! メレスを守るのじゃ! メレス! メレスゥゥゥゥ! 」


 ぐぬぬぬぬ! 離せ! 離さぬか! 余はメレスのもとへ行かねばならぬのだ! メレスの身に何かがあってからでは遅いのだ! ダンジョンにいる死霊どもは心配しておらぬ! あんなもの魔王の敵ではない。 余は魔王がメレスに手を出さぬかが心配なのじゃ! メレスの貞操が危ないのじゃ! 離せ! 離すのじゃぁぁぁ!




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「ここが41階層となります」


「ああ、ありがとう。また三日後に頼むよ」


「み、三日でここから40階層のガーディアンであるデュラハンを倒し地上へ? 」


「そうだけど? 階段までの地図もあるし余裕だろ。31階層も余裕だったし」


 俺は目の前で驚いている、マルスが派遣してくれた案内人の騎士にそう言った。


「さすが【魔】の古代ダンジョンを攻略されたお方ですね……承知しました。では三日後に再びお伺い致します。ではアクツ男爵。オリビア様にメレスロス様。私はこれで失礼致します」


「ええ、ご苦労様」


「ご苦労でした。父に心配ないと伝えてください」


「サンキュー、マルスによろしくな」


 俺が階層転移魔法陣の上に乗る騎士に手を振って礼を言うと、騎士は俺たちへと敬礼をしながら魔法陣の光に包まれ消えていった。




 11月に入り肌寒さが増してきた頃。


 俺はメレスにリリア。そしてオルマほか雪華騎士10名と、ティナとオリビアを引き連れて【冥】の古代ダンジョンに来ていた。


 目的はこのダンジョンの攻略だ。


 とは言え、古代ダンジョンには今日初めてこのダンジョンに来たわけではない。


 10月の中旬頃から俺がティナとオリビア、リズとシーナのペアを連れて交代で31階層まで攻略してきた。もちろん1階から攻略した訳ではない。30階層までの攻略経験のある帝国の冒険者を雇い、11階層まで階層転移で連れて行ってもらい10階層のボスを倒し、次に21階層まで連れて行ってもらって20階層のボスを倒して階層転移室を使える権利を獲得していった。


 10階層毎にいるボスを倒せば、次からはその次の階層にある階層転移室まで行けるようになるからな。


 ダンジョン攻略にオリビアも参加しているのは、戦闘経験を積ませるために連れてきたんだんだ。彼女はもともとC+ランク程度だったんだけど、何事にも一生懸命なオリビアらしく剣を結構扱えた。それならと、俺が島にいる時にちょこちょこ【魔】の古代ダンジョンでパワーレベリングをしていたんだ。その結果彼女のランクはB+ランクまで上がったから、あとは経験をというわけだ。


 まあそんな感じで恋人たちと31階層まで行って30階層のボスのAランクであるリッチを倒し、次にマルスに頼んで40階層以上を攻略した経験のあるマルス公爵家の騎士を借りたわけだ。


 ちなみにこの【冥】の古代ダンジョンを攻略した者の記録はないそうで、過去に生きて帰った者の最高到達階層が73階層らしい。その時に2等級の停滞の指輪を手に入れて、皇家で受け継がれているそうだ。


 この古代ダンジョンがあるイギリスの管理者であるマルスも、配下の者にこのダンジョンを攻略させているが最高到達階層は64階層らしい。魔帝は67階層攻略中に皇帝になったからそこ止まりだそうだ。つまり俺たちがショートカットできるのは61階層までとなる。恐らくこのダンジョンも、【魔】の古代ダンジョンと同じく100階層はあるだろうから攻略に半年は掛かると思う。


 帝国が何やらキナ臭くなっている中。領地をそんなに留守にするのは不安だけど、何かあれば魔道具の『共鳴の鈴』が鳴ることになっているから大丈夫だろう。


 今後のことを考えれば、俺もティナたちもこのダンジョンでさらに強くなる必要があるしな。それにメレスとリリアたちも、その身に危険が迫る可能性があるから鍛えなきゃいけないし。


 そういう理由で今回はメレスも連れてきた。今後の予定としては、41、51、61階層と各三日ずつ同行させて、彼女たちをランクアップさせる。その後はリズとシーナと交代して、25日〜30日ほどで70階層のボスをのとこまで行き倒す。んでティナとオリビアと交代させてってローテーションで行こうと思う。さすがに雪華騎士を引き連れて下層には行けない。俺もそこまでの人数は面倒見きれないしな。


「さて、それじゃあ出発しようか。メレスとリリアは俺の横から離れないようにな? 雪華騎士たちはオリビアと前衛で、ティナはその後ろで援護をしてくれ」


 俺はメレスとお化けが苦手で顔を青ざめさせているリリアの背中を軽く叩き、みんなにパーティ陣形の指示を出した。


「わかったわ。光の隣にいてあげるわ」


「は、はい……」


 メレスは妙に嬉しそうだけど、リリアは大丈夫かな? 確かゾンビとかはよりは幽霊系が苦手なんだよな。


「エスティナ、援護はお願いね」


「ええ、任せてちょうだい」


 オリビアとティナはもう何度も一緒に戦っているから連携は大丈夫だろう。オリビアはダンジョンのドロップ品である、英雄級のミスリルのフルプレイトアーマーとミスリルの大剣をあげて装備させた。本人はこんなに貴重なものもらえないと遠慮していたけど、俺がオリビアをそれだけ大事に思っているって証明だからと言ったら真っ赤になって頷いて受け取ってくれたよ。かわいいよなもう! 


 もちろんマジックアクセサリーは良い等級のものをフル装備させている。まあメレスとリリアとここにいる雪華騎士たちにもだけどな。雪華騎士には数が数なだけに貸与になるけど、みんなに心配だからと言って渡したらそれでも嬉しそうに受け取ってくれたよ。プールや露天風呂で刺激的な水着を拝ませて貰ってるからな。これくらいなんてことないさ。



 それからそれぞれが配置についたところで俺たちは階層転移室を出た。そして灰色の壁に包まれた薄暗いダンジョンの中を、40階層に繋がる階段目指し進むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る