第41話 モンドレットの最期

 



「あっ! コウ! モンドレットの野郎と息子をとっ捕まえておいたぜ! 」


 俺がティナたちを連れてモンドレットの乗る戦艦の艦橋に着くと、赤髪の男二人と数十人の女性クルーがロープで両手を後ろ手に縛られ転がされていた。


 そしてそれらを囲むようにリズ隊の獣人50名ほどが剣を抜いて立っていた。


 残りの獣人たちは戦艦の至るところに散らばっている反応があることから、恐らく遺体を一か所に集めているんだろう。


「ご苦労さまリズ。レオンたちもお疲れさん」


 俺はモンドレットらしき40代後半ほどに見える赤髪の男に双剣を突き付け笑っているリズと、息子らしき20代くらいの赤髪の男の頭を踏みつけているレオンをねぎらった。


「コウに言われた通り生かしておいたぜ? ちっとばかし痛めつけたけどな。個人的な恨みってやつだ」


 言われてみればリズとレオンの足もとにいる赤髪の二人はピクリとも動かない。どうやら気を失っているようだ。


「へっ! 動きの鈍いコイツらを捕まえるのなんてよ、なんてことねえさ」


「そうか、まあ限界まで抜いたからな。とりあえずそいつがモンドレットだろ? 水でもぶっ掛けて起こしてくれ」


「あいよ! おらっ! 起きろ! 」


 俺が起こすように言うと、リズとレオンは腰に下げた水筒をモンドレットとその息子の頭にかけ腹を蹴り上げた。


「うぐっ……ガッ……か、下等種が……この私にこんなことをして……クソッなぜ身体が……クッ……やはり魔力が……」


「ぐふっ! や、やめろ! もう殴るな! くそっ! なんで身体強化できねえんだ! 」


「ようモンドレット。ずいぶんボコボコな顔だな? 写真と違うから人違いかと思ったぜ」


 俺は目が覚め、顔を腫らしながらリズを睨みつけるモンドレットへと声を掛けた。


「ア、アクツ! 貴様いったい何をした! どうやって魔導砲を避けたのだ! ヨコスカの軍はどこへ行っ……なっ!? フォ、フォースター! なぜお前がそこにいるのだ! まさか! まさか貴様! 私を裏切ったのか! 」


 モンドレットは俺の顔を見てさんざんわめき散らしたと思ったら、俺の背後にいるフォースターに気付き激昂した。


「フッ……」


「フォースター! 貴様! 寄親を裏切って帝国で生きていけると思うなよ! 貴様の一族郎党女子供も全て皆殺しにしてやる! 」


「うるせえ奴だな……ここで死ぬお前に何ができんだよ」


 俺はフォースターに鼻で笑われ、さらにわめき散らすモンドレットを見下ろしそう言った。


「クッ……今回は負けを認めてやる。降伏だ。賠償でもなんでもしてやる! 戦争は終わりだ。早く私と息子を解放しろ」


「降伏? 賠償? なんだそれ? 貴族間の戦争は奪うか奪われるかだろうが。勝てば全てを得られ負ければ全てを失う。そうお前んとこの皇帝から聞いたぞ。つまりお前の財産も命も全部俺が奪う権利があんだよ。それが戦争だろうが。それがテメーがしたがってた戦争だろうが。今さら眠たいこと言ってんじゃねえよ」


「ばっ、馬鹿な! いつの時代の戦争の話だ! 貴族間の戦争は降伏をすれば受け入れられ、賠償金で決着がつくのが慣例だ! 三等民の新参者がそんなことも知らないのか! いいから黙って解放しろ! あとは貴族院の調停場で話してやる! 」


「知らねえなそんなローカルルール。なんだこの頭がお花畑の馬鹿は……もういいやレオン、そこの男を殺せ」


 俺はもう言っても無駄だと思い現実を見せてやることにした。


「おうっ! 」


「お、おいっ! ふざけるなよ! 俺はモンドレット次期当主だぞ! 父上が戦争は終わったと宣言しただろうが! 奴隷が図に乗るんじゃねえよ! 」


「下等種が! 息子になにをするつもりだ! やめろ! 剣を引け! 」


「ガハハ! 下等種だあ? その下等種の前で這いつくばったまま殺されるオメーらはなんだ? 虫ケラか? ならせいぜいジタバタして死んでみせろよっと! 」


 モンドレットが這いつくばりながら剣を振り上げるレオンへと必死に叫ぶが、レオンは笑いながらその剣をモンドレットの息子の首めがけて振り下ろした。


「え? ちょ、やめ……父上! 助け……てげっ! 」


「パ、パーデン! あ……ああ……アクツ……貴様ぁぁぁ! 」


 モンドレットは目の前に転がる息子の首から上を見たあと、憎しみを込めた目で俺を睨みつけた。


「心配すんな。ほかの一族もお前も息子のもとへ行かせてやる。これで少しは実感したか? だいたい俺の恋人たちをコビールに売り渡し、俺の恩人を暗殺者に仕立て上げたテメーを生かしておくわけがねえだろうが! テメーもテメーの一族も皆殺しにするに決まってんだろ! テメーはそういう相手に戦争を仕掛けたんだよ! 」


「だ、黙れ下等種! そこにいる獣人とエルフがなんだというのだ! そんな吐いて捨てるほどいる奴隷をコビールに渡したからなんだというのだ! 貴族間の戦争に暗殺はつきものだ! そんなことも知らぬ新参者が私を殺すと? 一族を皆殺しにするだと!? それを行えば帝国全ての貴族を敵に回すぞ! 」


『千本槍』


「ぐあぁぁぁ! 」


 俺はモンドレットの言葉にカッとなり艦橋の床から鉄の槍を発生させ、モンドレットの両足を串刺しにした。


「誰が奴隷だって? 俺の恋人が吐いて捨てるほどいるだって? もいっぺん言ってみろ! 」


「アガッ! ぐ……ぐうぅぅ…… 」


「そんな状態でいてお前まだ状況が呑み込めてねえのか? ほかの貴族が敵になるからなんだってんだ? テメーと同じように敵対するなら、その全ての貴族を滅ぼせばいいだけだろうが」


 モンドレットを見下ろしそう言うと、俺の言葉が本気だと感じとったのか目に怯えの色が見え始めた。


「なっ……ぐっ……そんな……こと……できるわけが……」


「できるさ。だからお前をここで殺すことになんの足枷もねえんだよ」


「ふ、ふざける……な……わ……私が……この私が死ぬ? 貴族である……私が……馬鹿な……そんな馬鹿なことが……」


「あるんだなこれが。まあ自業自得だな。さて、死ぬ前に聞きたいことがあるから、お前はそれに答えてから死んでくれ」


 俺は絶望するモンドレットに近付き、リズをティナたちのもとへ行かせ空間収納の腕輪から隷属の首輪を取り出した。


「そ、それは……や、やめ……ガッ……」


 そして抵抗しようとするモンドレットの後頭部を踏みつけ、後ろから隷属の首輪を取り付けた。


「『ヒール』命令だ。俺の質問に答えろ。あの毒はどこで手に入れた? 」


 俺は足からの出血で血の気が失せてきたモンドレットにとりあえず止血をし、荒川さんが持っていた毒をどこで手に入れたのかを問いただした。


 あの毒はダンジョンで手に入るものじゃない。ダンジョンの毒を変異させたものだ。俺もフォースターもこんなものをモンドレットが作れるはずがないと考えていた。恐らくモンドレットを背後で操っていた奴がいるはずだと。そいつがわかればこのまま落とし前をつけに行くつもりでいた。


「……知らな……うっ……ぐあぁぁ……」


「初めて隷属の首輪を付けられたやつはなんで同じ失敗をするのかね? 命令に背けば首が締まるんだよ。お前が元奴隷たちにやってたことだ。よく知ってんだろ? 」


「ぐうぅぅ……ガハッ! カ、カストロ侯爵だ! 試験用に譲ってもらった! ハァハァハァ……ゲホゲホッ……」


「カストロ? 」


「アクツ様。ロンドメル公爵の義父であり頭脳と呼ばれている男です」


「あ〜俺を警戒しているとか言ってた虐殺公か」


 俺は脳裏に隣りの大国侵攻時に、核を撃たれた報復とはいえ虐殺をしまくって何億もの人間を殺し、そのおかげで占領地の旨みを減らした馬鹿公爵を思い出した。


 確か隣国とロシアの一部を占領して、ロシア美女を好き放題してるとか聞いたな。なるほど。ロシアか……


「はい。非常に野心家であり、カストロ侯の入れ知恵により謀略も行います。陛下が一番警戒している者です」


「ふーん、ロシアは化学兵器の技術に長けてたっけ。化学によってダンジョンの毒を変異させたってとこか。で? モンドレット、そのカストロに俺を毒で殺せと言われたのか? 命令だ。本当のことを言え」


「違う……帝国兵器省へ報告するための人体実験に協力するために譲ってもらった」


「うーん……首は締まらないか……フォースター、どう思う? 」


「なんとも言えません。モンドレットがアクツ様を殺したがってるのを知り、それとなく渡したということも考えられますし、本当に実験のためにと渡された可能性もございます」


「どっちも可能性があるということか……とりあえず保留だな」


 チッ……魔族なら魔族らしく魔帝みたいに脳筋でいいものを、宰相やフォースターみたいなのもいるからやり難い。今は判断が付かないからとりあえずは保留にするけど、あんな危ないもんを作ってる奴らだ。今後は最大限の警戒が必要だな。


「現時点ではそうするほかはないかと」


「わかった。んじゃモンドレット、お前にもう用は無いわ。ああ、最後にワインを飲ませてやるよ。優しいだろ? 口を開けろ。命令だ」


 俺はそう言って空間収納の腕輪から、宴会場から持ってきたワインを取り出した。そしてモンドレットの鼻をつまみ、開いた口に瓶ごと無理やり突っ込んだ。


「アゴッ……ゴフッ……」


「飲め。命令だ」


「ぐぅぅ……ゴッ……ン……ゴフッ……ンガッ……」


 俺が抵抗して飲もうとしないモンドレットに命令すると、モンドレットは苦しみながらも喉を数度動かし呑み込んでいった。


「お前が用意した毒入りのワインはどうだ? 美味いだろ? 」


「なっ!? あ……あがあぁぁぁ! ぐあぁぁぁぁ! 」


 モンドレットは両腕を縛られ両足を鉄の槍で串刺しにされた状態で、口や目や鼻から血を流し苦しみのたうち回っていた。俺はその姿をティナたちと共に眺めていた。


 苦しめ。その苦しみはお前が荒川さんに与えたものだ。苦しんで苦しんで……そして死ね。


 やがてモンドレットは魔人に変身し、ロープを千切ろうとした。しかし俺がモンドレットの体内の魔石から魔力を抜き、その力を封じた。


 艦橋には魔人化した醜いモンドレットの姿と、断末魔の叫びのみが響き渡っていた。


 フォースターは息を呑みモンドレットを見ている。


 拘束されているこの戦艦のクルーやリズ隊の者たちは、モンドレットの最期をただ黙って見つめていた。


 やがてモンドレットの声が聞こえなくなり、艦内は静寂に包まれた。


 ん? 今あの女たち笑った?


 俺はモンドレットが息絶えた瞬間に、拘束されているクルーの女たちが笑ったように見えた。


 まあ嫌われてたんだろうな。


 悲しまれるどころか笑われて死ぬ。そういう男だったってことだ。


「アレが上位貴族の血を濃く受け継いだ者の呪い……我々とは違いなんとおぞましい姿だ……」


「ん? 平民はまた違うのか? 」


 俺はボソリと呟いたフォースターの言葉に、興味をそそられて聞き返した。


「は、はい。我々髪が金やピンクにオレンジの者は目が縦に割れるのみですので……高位貴族の血を受け継ぐ赤い髪の者の呪いを見たのは初めてでして……」


「呪いねえ……まあいいや。平民はそれほどでもないということを知れたのは収穫だな」


 イケる。目が蛇くらいならよゆーでイケる。


 そうか、そう思うとテルミナの平民はアリだよな。オリビアは別枠だ。あの尻は全てを超越するんだ。



「へへっ! ざまぁだぜ! あたしたちを売ってコウを毒殺しようとしたんだ。その毒で死ぬとかお似合い過ぎだぜ」


「終わったわね。コウを殺そうとしたのだから当然の最期ね」


「ですです! 自業自得ですぅ! 」


「俺はやっと仕留めることができてスッキリしたよ。さてと、残りの奴らだけど……」


 


 俺はティナたちに笑いかけそう言ったあと、拘束されている戦艦クルーたちへと目をやった。


 すると全員が青ざめた顔をし、短い悲鳴をあげた。


「フォースター、そういえばなんでこの艦橋のクルーは全員女なんだ? 見たところ平民ぽいのばかりだけど」


 俺は怯える女たちの髪が金やピンクなど平民ぽいのに気付き、平民を卑下していたモンドレットがなぜ旗艦のクルーをそういった女ばかりにしたのか不思議に思った。


「それは……その……遠征の時のモンドレットと長男と目を掛けている兵士の……特別な世話をする要員とでも言いましょうか……」


「あ〜いいよ。わかった。だから笑ってたのか。うん、まあそりゃざまぁとか思うよな」


 俺は言いにくそうなフォースターの言葉で全てを察した。


 マジかよ。 50人はいるぞ? この子たち全員が娼婦扱いされてたのかよ……普通は30人いれば十分回るのに、なんでこんなにいるのかと思ったけどそういうことかよ。


 俺の旗艦も女の子ばかりだけど、それは男ばかりだとムサイしミニの制服を眺めたいからだ。あとはティナたちとイチャイチャしやすくするためだし。それを権力を使って無理やりヤッちゃうのはダメだろ。


「いかがなされますか? 」


「……フォースターに任せる。雇うなら好きにしろ」


「それは助かります。6人では旗艦についていくのがやっとでしたので」


「やっぱ少なすぎたか。まああとは任せる。リズ! レオン! 撤収だ! 」


 俺はさすがにフォースターとその部下たちだけじゃ戦艦を動かすのはキツかったかと、あとはフォースターに任せて撤収することにした。


「ニヒヒヒ! わかったよコウ! 」


「まっ! しゃーねえな。アクツさんだもんな」


「勘違いすんな。この艦を鹵獲するためだよ。ティナ、シーナ。もう行こう」


 俺は笑ってるリズとレオンにそう言い、ティナとリズの腰に手を回し艦橋の入口へと歩き出した。


 今さらだな。ほかの艦に乗ってた女兵士たちやクルーは容赦なく撃ち落としてるしな。ここにいるクルーがツイてただけだ。


「ふふっ、そうね。コウは虐げられた子には優しいものね」


「ですです! コウさんは優しいんです! 」


「だから違うって! ほらっ! 早く行かないと占領戦で怪我した奴らが来てるかもしれないだろ。急いで急いで」


 俺はそうティナたちを急かして旗艦へと戻るのだった。



 

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