第39話 侵入
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参考:テルミナ大陸地図。みてみんURL。
「フィリピン沖1000km地点通過したにゃ! 」
「艦長。インドネシアから先は東に転進し、オーストラリア大陸の北を通り帝国に侵入する 」
「はっ! 」
「コウさんコーヒーのお替りです」
「ああ、ありがとうシーナ」
俺が艦長のウォルターに指示をすると、後ろの席にいたシーナがコーヒーを持ってきてくれた。ティナがさっき軽食を作るといって厨房に向かったから、その間の俺のコーヒー係りになったそうだ。
「ギルドの皆はやる気まんまんですけど、初めての戦争で兎は心配ですぅ」
「大丈夫さ、ポーションは大量に貸与してあるしね。死にさえしなければ俺が治してやれる。護りの指輪を持ってる者も多いし、負傷者が出たら最優先で救助するように言ってある。よほどのことが無い限り死者は出ないと思う」
「そうでした。ポーションはコウさんの持ってるほとんどを放出してましたです。良かったのです? 」
「死人が出るよりはいいさ。ポーションはまたダンジョンに取りに行けばいいけど、死んだ仲間は二度と戻らないからね」
召集したギルド員には俺が持つ増血効果のある3等級のポーションと、増血効果は無いが内臓の損傷も治る4等級のポーションをありったけ放出した。ギルドも備蓄の5等級ポーションをほとんど放出している。
これは地上戦で負傷者が出るのは避けられないと思ったからだ。俺一人ではカバーしきれないからな。仲間たちを死なせないためには、俺が行くまで生きていてもらわないと困るんだ。
「コウさんは優しすぎです。でも兎はそんなコウさんが好きで……また洗濯バサミで愛して欲しくなりましたですぅ」
「ちょっ! こんなとこで! つ、次の夜の時な? それまで我慢しててくれ。ほら、もう戻ってな? 」
シーナの爆弾発言にウォルターや通信手の女の子たちが、ギョッとした目で一斉にこっちを見たので、俺は慌てて話を打ち切りシーナの尻を叩いて後ろの席に戻るように促した。
「はいです! 夜が楽しみですぅ」
するとシーナはそう言ってニコニコしながら後ろの席へと戻っていった。
くっ……洗濯バサミプレイだけはクルーの女の子たちに知られたら駄目だ。あれだけはシーナだけじゃなく、俺まで変態と思われる。
俺はクルーたちがヒソヒソと洗濯バサミ? なにそれ? シーナちゃんのことだからもしかして……と話す声を聞かなかったことにして、正面のディスプレイに目を向け平静を装った。
なんだこの羞恥プレイ……シーナのあの『愛さえあればタブーなんてないよね! なんでみんなやらないの? 』的な思考をいい加減どうにかしないと。でも誰もシーナに触れようとしないんだよな。
それどころかティナは目隠しとか真似する始末だ……いや、それは俺も楽しませてもらってるから別にいいんだけど、シーナのあのオープンなとこだけはなんとかして欲しい。俺は求められたからしているだけの被害者なのに……
俺は後ろで長い耳をピコピコさせて楽しそうに自分用のコーヒーを淹れているシーナを見て、困った恋人だなと肩を落としていた。
しかしもう横須賀を出発して南へ進路を取り2時間が経過したのか。やっぱり飛空艇は速いな。足の遅い空母も、魔石の消費を無視して全速力で飛ばしてるしな。俺がいる限り燃料の魔石は無限に作れるし。
予定ではあと3時間後にオーストラリア北部沿岸から、テルミナ大陸南部に侵入することになっている。
問題はモンドレットの動きだが、日本総督府は子爵の命令と偽りフォースターの息子が制圧したと連絡があった。これによりモンドレットは日本と連絡が取れなくなり、衛星の情報も得ることはできない。
まあテルミナ大陸に侵入すれば、ほかの貴族経由でバレるんだけどな。なるべく慌てさせて防衛態勢を整えるのを遅らせたいんだ。逃げる一族がいるかも知れないしな。
そういえばモンドレットの領地ってどんくらいの広さなんだろ? いまいち地図じゃ分かりにくいんだよな。
俺は目の前の戦術モニターに映し出されているモンドレット子爵領について、隣で座って部下と話しているフォースターに確認してみることにした。
「フォースター、そういえばこのモンドレットの領地はどれくらいの広さなんだ? 」
「ハッ! そうですね……アクツ様にイメージしやすいように申し上げますと、ニホンのチバ県ほどの広さとなります」
俺が声を掛けるとフォースターは立ち上がり、イメージしやすいように答えてくれた。
これだよこれ。優秀な奴はこういうことが咄嗟にできるんだよ。与えられた仕事をこなすのにやっとだった俺には無い能力だ。
いいんだ、自分に無い物は人にやらせればいい。俺は楽をしたいんだ。だからマジで期待してるぞフォースター。
「千葉県か……そんなに広……いや確かテルミナ大陸はアフリカ大陸くらいあったよな。帝国からしたら小領か」
「はい。小領ではございますが気候もよく、こちらの世界に来る前までは上級ダンジョンが複数ございました。それにより各領から多くの貴族や冒険者が訪れ、街も栄えておりました」
「そうだったな。帝国にあったダンジョンが先にこっちに転移したんだったな。しかしなるほどな。それで新しめの飛空戦艦とか重巡洋艦とか高いのばかり持ってたのか」
戦艦以上の強力な魔力障壁を張れる重巡洋艦は高い。確か巡洋艦が二隻くらい買えるくらいの値段だった。その代わり重巡洋艦があれば戦術の幅が広がる。最前列に配置すれば敵艦隊の砲撃の盾となり、後方に下げて空母の護衛にも使える。攻めれば巡洋艦よりも火力があるので使い勝手がいい。うちも兵士が増えたら買おうと思ってた艦だ。
その重巡洋艦を三隻も持っていたんだ。そのうえ一つ前の型だが飛空戦艦三隻に飛空空母と巡洋艦八隻だ。これは子爵クラスの戦力にしては多い方らしい。
「はい。先代もその前の当主も上級ダンジョンを攻略した猛者でして、レアなマジックアイテムなど多数保有していました。現当主のフェンリー・モンドレットがそれらを全て売り、借り入れをしてまで揃えた軍備です」
「確かコビールの後ろ盾で、ダンジョンの多い日本への侵攻を任されたんだったな。領地からダンジョンが無くなったから起死回生のために奮発したわけか」
俺が全ていただいたけどな。
しかし俺って人のを貰ってばかりだよな。
「おっしゃる通りです。しかしいざ占領してみればニホン中が食糧難に陥っており、占領政策を円滑に進めるためさらに借金をして本国から食糧を買い付けることになりました。それらが落ち着き、やっと帝国でもニホン製品の人気が出てきたところでした。あのままアクツ様に手を出さなければ、借入金の返済も目処が立ったのですが……」
「投資した分を回収する前に滅ぶのか。日本としては貢いでくれてありがとうってとこか。笑えるな」
世界中に同時侵攻されたからな。輸入が止まり最初は大変だったって三井が言ってた。そこで帝国から食糧支援があり、原発の再稼働で持ち直したんだったな。あれはモンドレットの金だったのか。笑える。
「いずれにしてもあのままでは魔石の上納も危うかったので、管理を外されることになったとは思います。そうなれば寄親のいない貴族の家など、誰にも助けてもらえず没落したことでしょう」
「当主が無能だと部下も領民も大変だな。モンドレットがいなくなれば領地に感謝されるかもな。まあいいや、とりあえずモンドレットの領地防衛戦力を教えてくれ」
「ハッ! 子爵の乗る旗艦の飛空戦艦が一隻に、旧式の巡洋艦が九隻。地上の軍基地に戦闘機100機と対空砲が配備されています。しかし旗艦以外は船も戦闘機も搭乗員までも全て二戦級となります」
「初陣にはちょうどいいな」
戦場の雰囲気を感じさせるにはちょうどいい相手だ。
「普通は初陣の軍で、戦艦三隻に空母と戦闘機50機では互角なのですが……」
「敵艦が魔導砲を撃てたらな」
「……そういったスキルをお持ちとということですか。そうであれば横須賀の軍が壊滅したのも頷けます」
「そういうことだ。あとで見せてやるよ」
「ありがとうございます。しかしそれであれば一方的な戦いとなりましょう。アクツ様は上級ダンジョンを複数攻略したことで、これまで個として力は認められていましたが軍には敵わないと思われていました。それが軍も子爵クラスを打ち破れる力があると知られれば、領地持ちの貴族たちは一気に警戒することになるでしょう」
「舐めてちょっかいをかけられるよりはマシだ。手を出せば噛み付かれる程度では済まないことを教えてやれば、しばらくはおとなしくしてるだろうさ」
「なるほど。見せしめですか……」
「残された女子供が集まり家を再興するにも、成人した後継者も兵もいなければできないからな。武器を持つ者は片っ端から狩る。街にいるフォースターの一族には、家の前に家紋を掲げて外に出るなと伝えておけ。そこには行かせないようにする」
「ハッ! そのように伝えておきます」
女当主なんて大貴族で相当な武力を持ってなきゃ認められないと聞いた。万が一モンドレットの遺族が認められても、兵も軍もいないうえに膨大な借金を抱えてる状態だ。没落するのは目に見えてる。
う……女当主で変な奴を思い出した。あの変態女公爵からオリビアのとこにさ、俺に繋げってしょっちゅう電話が掛かってくるらしいんだよな。まあそこは公爵令嬢だ。魔帝には逆らえないけど、ハマールには毅然とした態度で断ってくれている。毎日のように送られてくる手紙も俺の指示通り全て処分してくれている。
オリビアいわく、ハァハァ言いながら死ぬ寸前まで追い込まれたいとか言ってるらしい。そんな軽くシーナを超えるようなことを言うあの女はヤバイ。いくらムチムチのいい身体をしていても、アレは関わったらダメなやつだ。
でも大丈夫だ、もう会うことはない。あの女はアメリカ担当だし、メレスのとこにも出入り禁止になった。こっちがアメリカや帝国の北西部にあるハマールの領地に出向かなきゃ、もう顔を合わすこともないだろう。
「アクツ様。顔色が優れないようですが何かご不安でも? 」
「い、いやなんでもない。それよりモンドレットはどこにいると思う? 領都か旗艦か、まさか逃げないよな? 」
俺はフォースターが心配そうな顔で俺を見ていることに気付き、思考を本題へと戻した。
「下位の貴族に宣戦布告を受け、逃げたとあらば帝国中の笑い者となりましょう。一族総出で戦場に現れると思います。艦隊を壊滅させた後は、街には年寄りと女子供しか残っていないでしょう」
「そうか。ならこっちもそれ相応の対応をするかな」
戦場に出てくるなら都合がいい。旗艦は残しておかないとな。
そしてそれから3時間後。俺たちはテルミナ大陸南部に海から侵入しようとしていた。
「オズボード公爵領ほか、周辺の領主より上空の飛行許可を得られました! 」
「静観か……確かモンドレットの寄親だったコビールはオズボードの派閥だったよな? 助けないのか? 」
オリビアにこれくらいは知っておいてくださいって、貴族の派閥とかレクチャーされたんだよな。家庭教師とできの悪い生徒みたいなシチュエーションであれは興奮した。今度ティナに伊達眼鏡を掛けさせてやってもらおうかな。問題に答えたらえっちなご褒美くれるとかなら俺頑張っちゃう!
「それは無いと思います。モンドレットはオズボード公爵と仲の良くないロンドメル公爵に身を寄せようとしておりましたので」
「ふーん、不義理を働いたってことか。確かに間接的な配下でも気分は良くないよな。まあ敵対しないならいいや。さすがに公爵領を占領するには兵の数が足らないしな」
街ごと飛空戦艦で吹き飛ばしでもしないと、日本より広い領地を占領するのは今は無理だ。オズボードなんて殺しても魔帝が喜ぶだけだしな。確か無類の女好きで配下の女房にまで手を出すとかオリビアから聞いた。鬼畜だな。魔族らしいっちゃ魔族らしいけどな。
「公爵とその寄子の艦隊は相当な数になると思うのですが……兵の数のご心配ですか」
「地上戦は俺が全部見れないからな。一つずつ街を占領してたら時間が掛かって仕方ないだろ? 」
「地上戦のご心配をされているのですね……」
「艦隊なんか射的の的だからな」
「は、はあ……」
「さて、このままエルフの森の北をかすめてモンドレット領に乗り込むとするか」
俺は隣で顔を引きつらせているフォースターへそう言い、モニターへと目を移した。
ーー 帝国南部 モンドレット子爵領 領都 子爵家屋敷 フェンリー・モンドレット子爵 ーー
「まだザビンと連絡が取れないのか! 」
《そうみたいです父上。基地と飛空艦隊への通信に誰も応答しないみたいです。飛空戦艦の中で前祝いで酒盛りでもしてんですかね? 》
「そんなわけがあるか馬鹿が! ニホン総督府はどうなのだ! 」
《そっちもまだ駄目みたいです。夜中だから寝てるんじゃないですかね? 》
「そんなことはあり得ん! いつどんな時もすぐに出なければ一族郎党処刑すると言ってあるのだ! あの小心者が無視をするなどできるものか! くそっ! やっと宣戦布告をさせたというのになぜ情報が突然入ってこなくなったのだ! 」
あの下等種を暗殺をするのに失敗したのは残念だが、所詮は下等種の刺客だ。それほど期待などしていなかった。その刺客があの下等種の恩人であったということの方が意味があったからな。
案の定、奴は逆上し後先考えずに貴族院を通し宣戦布告をしてきた。
これで正当な戦争になる。奴より上位の貴族の私が、領地無しのなりたての貴族に挑まれて逃げるわけにはいかない。遠慮なく叩き潰してついでにサクラ島も廃墟にし、邪魔な獣やエルフどもも皆殺しにしてやるつもりだった。
そのために追加の戦力もヨコスカへと送った。そのせいで領地の防衛が手薄になるが、この世界に来てからはどこの貴族も占領地の管理と、上納のための魔石とダンジョン素材を集めるのに精一杯だ。特に小領の者はこの世界の土地を褒美としてもらうために必死だ。とても戦争などしてる余裕などない。
しかしここまで私が段取りをしたにもかかわらず、いざ宣戦布告を受けて出撃を命令を出してから急に情報が入ってこなくなった。
ヨコスカ基地からの定時報告も無く、こちらから連絡しても応答がない。出撃したはずの艦隊も繋がらず、ザビンの魔導携帯に掛けても応答が無かった。これはおかしいとフォースターとニホン総督府に連絡し、確認させに行かせようとしたがその両方とも繋がらなかった。
それから1時間経過した今も、馬鹿息子から未だに連絡が取れないと報告がきた。
まさか……いや、あり得ん。そもそも計画が漏れることなどあり得ない。これは私とザビンとその腹心しか知らなかった計画だ。
だがもしも計画が漏れていて、あの下等種の奇襲を受けていたとしたら……ヨコスカとニホン総督府が宣戦布告とともに奇襲されていたとしたならば……奴は上級ダンジョンを3つも攻略した男だ。飛空艦隊も飛べなければただの船。地上ではなんの役にも立たない。
離陸する前に強襲された可能性もないとは言えない。
しかしあそこには1万もの兵士がいたはずだ。いくら奇襲を受けたとしても、誰一人ここに連絡ができない状況など考えられん。
わからん。なぜ誰一人として連絡が取れないのだ……いったい何が起こっているというのだ。
《父上、心配し過ぎですよ。ザビンの兄貴は戦いに口を挟まれたくないから通信を切ってるんですよ。運良く貴族になれた三等民と奴隷ごとき始末するのに、父上の指示なんて必要ないって思ってるんじゃないですかね》
「お前はなぜそんなに馬鹿なのだ? そんなことのために通信に出ないなどあるわけがないだろうが! もういい! お前は槍でも磨いてろ! 」
私はそう言って魔導通信を切った。
「くっ……無能が……」
私と違い祖父の血を濃く受け継ぎ武力だけは高いので護衛も兼ねて側に置いたが、槍を振るう以外はなんの役にも立たない。黙って言われたことだけをしていれば良いものを、報告ひとつもまともにできないほどの馬鹿だとは……あれを子爵家の後継者で本当にいいのか不安になってくる。
しかしほかに男子がいない。やっと生まれた後継者だからと少し甘やかし過ぎたか。今後は本格的に教育をせねばならないな。
プルルッ
プルルッ
私が愚息の教育方針の転換を考えていると、たった今切ったばかりの魔導通信機が鳴りだした。
また馬鹿息子かと思い通信機を見ると、それは緊急回線を使っての通信であった。
「私だ! 何があった! 」
《モ、モンドレット様! た、大変です! 西から艦隊が! アクツ男爵家の悪魔の紋章を掲げた艦隊が、この領地に向かってきているとヘルメス男爵家の軍から連絡がありました! 》
「なっ!? 馬鹿な! ヨコスカは! ザビンは何をしていたのだ! 」
信じられん! まさか本当にザビンは奇襲を?
《未だザビン様の居場所は掴めません! しかし敵は最高速度を維持して向かってきています! 予想ではあと1時間半ほどで領へと到達します! 》
「クッ……敵戦力はどれほどだ! 」
《戦艦3、飛空空母1、高速飛空艇5のようです! 》
「チッ、下等種め全戦力をもってきたか。至急軍へ戦闘態勢を取らせろ! 全艦出撃だ! 私も出る! 領に侵入したところで粉砕してくれる! 」
《ハッ! 》
おのれアクツ! 奇襲のつもりか! こうなったらこの私が直々に手を下してくれる! 打撃戦力が戦艦3隻のみならば、領にいる防衛軍で十分対応できる。いくらダンジョンを攻略するほどの力があったとしても、戦争ではなんの役にも立たないことを教えてやろう。
「舐めるなよ下等種が! 」
私は通信機を叩きつけ、マジックバッグを手に執務室を出た。
そして小型飛空船に乗り込み、飛空戦艦が駐機している軍基地へと槍を磨いていた息子を連れて向かった。
これまでさんざん私を侮辱した下等種と決着を着けるために。
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