第2章 ニートと貴族

プロローグ




 ーー 鹿児島県 鹿児島中央駅 沖田 悦二えつじ ーー





「すみません。車椅子なんですが大丈夫ですか? フェリーターミナルまで行きたいんですが」


「ええ、助手席にどうぞ。車椅子は後部座席に入れておきましょうね」


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、桜島に行かれるんですよね? 」


「ええ、そうです。どうしてわかったんですか? 」


 私は車椅子から助手席に乗り移ると、手際よく車椅子を折りたたみ後部座席に入れながら行き先を当てた運転手さんに、なぜわかったのか尋ねた。


「ここ1週間ほどお客さんのようにどこか身体が不自由な方は、皆さん桜島に向かっているんですよ。ここと鹿児島駅で待機するタクシー運転手の間では最近話題になってましてね」


「そうですか……私の他にも身体が不自由なのに桜島に行く者が……」


 私のほかにも桜島に向かう障害者が……何ができるわけではない。けど、何かをしなければと思った者が……


「ええ、結構いらっしゃいますよ。皆さん遠方から来られてるようで、どうも桜島に仕事があるらしいですね。お客さんはどこから来られたんですか? 」


「北海道の帯広の辺りですね」


「ええ!? そんなに遠くからこのご時世に移動してきたんですか? 戦前ならいざ知らず、交通費だけでも10万は掛かりますよ? いくら仕事があるからと……いえ、これは失礼しました。申し訳ありません」


「いえ、疑問に思うのはもっともだと思います。飛行機も飛んでなければ新幹線も一部の区間だけですし、1日数本しか走ってない電車を乗り継いでやっとここまで来ました」


 確かに大変だった。実家から父に苫小牧まで高い燃料を使って車で送ってもらい、そこから船で関東に行き新幹線と電車を乗り継いで4日掛かった。

 皆が余裕のないこのご時世に、車椅子の障害者が移動することに風当たりも強かった。

 特警の奴らに邪魔だと蹴り飛ばされたりもした。ネットで聞いてはいたけど、あそこまで酷いとは思わなかった。


「そのお身体で今の日本を縦断するのは大変だったでしょう。ほかの方もそうでしたが、皆さん相当な覚悟を持っている様子でした」


「覚悟……覚悟というよりは私も何かしないといけなと思ったんです。歩けないからとそれを理由に家でじっとしていることに耐えられなくなったんです」



 今から2年半ほど前にあの悪法により函館のダンジョンに入れられ、多くの仲間を失い私も両足を切断しなければならないほどの重傷を負った。そして入院中に異世界からの侵略を受け日本は占領された。

 あの時は日本中が大騒ぎだった。だが、日本の敗戦により、国と探索者協会に対し訴訟の準備をしていた仲間の遺族たちの動きも止まってしまった。


 私も訴訟のために幾ばくかの募金をしていたし、応援もしていたから非常に残念だった。

 それからは退院し、探索者協会からはなんの補償も得られず実家で父の世話になっていた。

 幸いプログラマー時代に蓄えていた貯蓄がまだ残っていたから、生活はなんとかできていた。だいぶお金の価値が下がってはいたが……


 実家は古い家だ。トイレの度に大変な思いをして、車椅子姿の自分を見る度にこのまま父や他人に迷惑をかけて行きていくなら、もういっそのこと死んだ方がいいと何度も考えた。

 でもあのダンジョンで死にたくないと泣きながら死んでいった者たちを思うと、自ら命を断つことができなかった。いつかこの国に、いつか探索者協会の奴らに報いを受けさせてやろうと命を繋いできた。


 でもそれは私以外の者たちも思っていたことだった。


 あれは11月に入ったばかりの頃。今から2週間ほど前のことだった。

 テレビやネットで探索者協会の幹部の大物政治家、そしてトップの官僚が行方不明とのニュースが流れた。

 そしてその翌日にニート特別雇用法の実態というニュースがネットや地上波で流れた。

 ネットの方は情報を出す者と否定する者が入り乱れ、真相はよくわからなかった。

 添付ファイルなんかもあったが、AIによる検閲に引っ掛かったのか表示されなかった。


 だが珍しく各種メディアが伝える内容はまともだった。まるで当事者に聞いたかのように、ニート法が成立するまでの流れやその背景を報道していた。

 一日中繰り返し報道されたことと、その内容が衝撃的なこともありあっという間に日本中に広まった。


 その内容は酷いものだった。

 私たちが無理やりダンジョンに入らさせられたあの悪法は、一部の権力者による私欲のために作られた法だった。

 行方不明の者たちは、この法案に深く関わった者たちだった。


 これまで押さえつけていた権力者がいないからだろうか? いや、別の大きな力が働いたのだろう。

 それまで一切ニート法について触れなかった各メディアがこぞって取り上げ、それまで見て見ぬ振りをしていた人権団体が騒ぎ出し、メディアの犬であり操り人形のコメンテーターが偉そうに探索者協会で就業させられた俺たちのことを語り始めた。


 探索者協会も臨時で幹部役員を選出し、受け入れ体制に不備があったことを認めて謝罪した。そして遺族や私のように障害を抱えた者に十分な賠償を行うと声明を出した。

 総督府もこの件は調査し必ず当事者には責任を取らせ、犠牲になった方たちへの補償も検討すると言い出した。

 権力争いまたは人気取りなのだろう。最近総督府の人員を固定するかのような選挙制度に変えて国民、いや自治領民か。その怒りを買っていたからな。


 たった1日か2日でこれまで見て見ぬ振りをされてきた私や、今は亡き仲間たちが一気に陽の目を浴びることになった。犠牲になった仲間たちがこれで報われるかもしれない。それは純粋に嬉しかった。

 だけど……それは権力者の権力争いの結果だ。これほどの重要な内容を世に出せるのは、権力者以外に考えられない。当時の総理大臣やその側近、経済界の大物に探索者協会の幹部の詳しい発言内容を記録しているのは、同じ権力者以外には不可能だろう。


 そう、私たちが何かをしたわけじゃない。

 私たちはいつだって権力者の作る社会という力によって人生を左右される。

 私たちにはそれに抗《あらが》う術はない。抗えば社会から放り出され、ルールを破った犯罪者にされ生きていくことができない。私たちは社会の奴隷なのだ。


 ウンザリしていた。この日本に。帝国に占領されても何も変わらない日本の社会に。


 そう、あの白猫宅配便が届くまでは。


 今から10日前。私は自宅であいも変わらず毎日報道されているニート法の特集番組を見ていた。

 子を亡くした遺族や知人の家にメディアが押し掛けるのは戦前と変わらず不快だったが、新たな情報が出てくるかもしれないとテレビはずっとつけていた。


 そんな時だった。玄関で呼び鈴が鳴りインターホンで応対すると宅配便だったので、ポストの横にあるボックスに入れてもらえるように言った。印鑑はボックスの中にあるので押して欲しいとも。

 しかしいつもならそれで対応してくれるのだが、今回は私本人の確認が必要だと言われた。

 私は何か重要な書類かと思い、配送員の方に時間をもらってベッドから車椅子に乗り身分証を手に玄関へと向かった。


 そこで本人確認を終えて渡された物は、60cm四方ほどのダンボールだった。

 差出人を見ると九州桜島総督府と書かれており、発送日は6日前となっていた。


 私は桜島総督府なんて名称を初めて聞いたので、いったいなんのことかサッパリだった。

 ネットで調べてみたが、桜島を含め一切情報は出なかった。

 桜島は確か敗戦後立ち入り禁止となった島だ。島民は九州各地に家と土地を与えられて、強制的に移住させられていたはず。先祖の墓参りすら許可されなかったと聞いたことがある。


 恐らく帝国が桜島に貴族を送り総督府を開いたのだろうが、あんな住民もいない小さな島になぜ総督府を設立したのか意味がわからなかった。

 それでも帝国がらみの荷物を無視するわけにはいかない。

 どうか嫌なものが入っていませんようにと、恐る恐る開くと中には調査報告書と書かれている紙の束とスティックタイプの記憶媒体。そして交通費及び生活支援金と書かれた封筒の中に、手紙と銀貨10枚が入っていた。


 手紙には報告書と記憶媒体を見て、変わりたければ桜島に来いと。障害があっても問題はなく、桜島で仕事を用意して待っていると。そして帝国の最新の魔導医療を受けることができると。同封した銀貨は交通費で返金の必要はないと。桜島に来る気が無い者は生活費に使っていいとも。そう総督であるらしい阿久津という人の名前で書かれていた。


 私は帝国人ではなく日本人が総督であることに驚いた。日本自治領の中に小さいとはいえ、日本人が総督を務める自治領がもう一つあるのだ。その総督が私たちを雇ってくれ、帝国の最新医療を受けさせてくれるという。しかも交通費まで支給してだ。銀貨10枚なんて大金だ。


 ネットで知る限りでは日本総督ほか各自治領は帝国通貨を欲しがっているそうだから、換金すれば20万円近くにはなるかもしれない。そして桜島に行けば、時折痛むこの足が少しは良くなるかもとも期待した。

 しかしそこで私は思いとどまった。


 阿久津という人物は知らないが、誰か政治家や実業家の子か何かではないだろうか? 総督府を設立できるほど帝国と深く繋がっているのだ。相当な権力を持った者だろう。


 権力者……私はまだこの時は手紙の内容もお金も罠ではないかと思っていた。

 またダンジョンに放り込まれるか奴隷のように酷使されるのではないかと。


 それでも私はひと通り確認しようと、調査報告書と書かれている紙の束を手にした。そしてページをめくり表題部に、『ニート特別雇用法成立における調査報告書』という文字が書かれているのを見て紙を持つ手が震えた。


 その調査報告書を開き見てみると、テレビやネットで報道されていた内容がより詳しく書かれていた。

 いや、この報告書を元にテレビは報道していたのだろう。それほどの情報量だった。

 やはりこの阿久津という人物は相当な権力を持った者なのだと確信した。日本総督や占領軍の子爵と繋がっていて、日本総督府がなんらかの理由で桜島総督府を使いニート法の闇を表に出したのだろうと。


 私は権力者による権力闘争にかつての仲間たちが利用されたことに苛立ちを覚えたが、それでも私たちがなぜこんな目に会わなければならなかったのか全てを知りたかった。

 だからパソコンのUSBポートに、同封されていた記憶媒体を差し込み中のファイルを開いた。

 ファイルは動画だった。


 私は総督府からの宣伝かメッセージ動画だろうと思いつつも動画を開いた。

 少しして動画が再生されたと思ったら、『ニートの復讐』とタイトルが出た。私は復讐? いったいなんのことだと思いつつも、動画が再生されていくのを見ていった。



 動画の中身は壮絶なものだった。

 首輪をはめられた前総理大臣や経済界の大物など有名どころのかつての権力者たちが、阿久津と名乗る若い男性に命令され、それに背けずに自身の犯した罪を次々と認めさせられていった。命令に背こうとすると苦しそうにしていることから、恐らくあの首輪は隷属の首輪という物に違いない。

 獣人やエルフが首にはめている画像を見たことがある。それがかつて日本を動かしていた者たちの首にはまっていた。のだ。


 そしてなによりも阿久津という人物は権力者などではなく、私たちと同じ元ニートだった。

 彼は私たちと同じように無理やり探索者協会に登録させられ、ダンジョンに放り込まれたあのニート法の被害者だった。

 彼は仲間の復讐のためにダンジョンで力を付け、帝国をも動かすことに成功した者だった。


 動画では次々と首輪をはめた元権力者たちがどこかのダンジョン、いや恐らく桜島にあるという帝国人以外は入れない高難易度ダンジョンなのだろう。そのダンジョンに放り込まれていっていた。


 そして画面が変わり、どこかの執務室に座るグレーのスーツを着た阿久津という若い男性が映し出された。

 そして彼はカメラに向かってこう語りかけていった。


『初めまして。阿久津 光 といます。このメッセージはかつてニート特別雇用法により徴用され、生き残った者たちの動画にのみ入れてお送りしています。さて、動画をここまで見た方はお気付きでしょう。私は2年半ほど前、あなた達と同じくこのニート特別雇用法によりダンジョンに入れられた元ニートです。木更津のダンジョンで、この桜島の高難易度ダンジョンで多くの仲間を失いました。その時に私は死にゆく仲間達と約束したのです。必ず私たちをこのような目に遭わせた者たちに復讐をすると……長い道のりでした。しかし私はダンジョンで力を付け、帝国人しか入れない高難易度ダンジョンを1人で攻略しました。そして帝国に実力を認めさせ、仲間たちが眠るこの桜島の自治を手に入れました。そして今日、かつての権力者たちへより強い権力でもって復讐することに成功しました。その光景がこの動画で見ていただいた物となります。もう私たちを死地に追いやった者はこの世にはいません。ここに私の復讐は終わりを告げました』


 そう言って阿久津という人は言葉を切った。

 私は声が出なかった。たった一人であれだけのことを、私たちの分の復讐まで成し遂げたこの男性の凄さに圧倒されていた。

 ダンジョンを攻略して帝国に認めさせる。言うのは簡単だけどダンジョンはそんな甘いところじゃない。

 帝国人しか入れないダンジョンは上級ダンジョンだ。それはもう何十年も攻略されていないと聞いたことがある。それほどのダンジョンをたった1人で攻略した? 嘘だ! と思いたいが、本当ならばこれほどのことができてもおかしくはない。帝国に認められるはずだと納得してしまう自分がいた。


 私がそう思っていると彼はネクタイとシャツのボタンをいくつか外し、カメラに再度語りかけた。



『ここからは総督としてではなく、かつての仲間たちへ私の言葉で伝えさせていただきます……よう。お前らの復讐もしてやったぞ。それで? お前らはこれからどうすんだ? 敵である探索者協会に飼われたままでいんのか? 身体に障害があるからって世の中を恨み、家でずっと塞ぎこんで一生を終えるのか? まあそれもいいだろう。恐らく世間はこれからお前たちに同情的になる。あの法案を止められなかった罪悪感から、周囲の人間もお前らのために支援を惜しまないだろう。生活に不自由はしなくなるかもな。社会の圧力によってダンジョンに放り込まれ、社会によって生かされる。全て他人によって奪われ与えられ、仲間の復讐でさえ他人によって成される。そんな人生を送るのも個人の自由だ』


 私は急に口調を変えた阿久津という男に驚いたが、これが彼の素だと、権利者としてではなく私たちと同等の立場から飾らない言葉を投げかけてくれていることに親近感を覚えた。

 そして同時に彼の言葉を忸怩たる思いで聞いていた。

 仕方なかった。抵抗できなかったんだと。私だって好きであんな地獄に入っていったわけじゃないんだと。


『帝国には……帝国には数千年に及ぶ奴隷制度があった。強大な力を背景に持つその制度により、本人の意思とは関係なく無理やり他人に従わされた。お前らも見たことがあるだろう。俺たちが愛してやまない獣人やエルフの首にはめられたあの首輪だ。アレはエルフの首には全員はめられている。あの首輪は命令に逆らうと首が締まり、最悪死に至らしめる効果がある。従いたくなくても従わなければ死ぬ。だがその奴隷制度は帝国にはもう無い。俺が愛する人を奴隷から解放するために、皇帝に直談判して奴隷制度を廃止させた。これもダンジョンで得た力があったからこそできたことだ』


 彼はそう言って両腕を広げた。

 すると画面の両サイドからスーツを着た美しいエルフ女性と兎耳女性、それに猫耳女性が現れ彼の両腕に収まった。美しくグラマーな彼女たちは彼を見つめ彼の背に手を回し、その目は愛する人を見ているかのようだった。そして彼女たちの首には首輪は無かった。いや、兎耳女性の首にだけ鍵付きのお洒落なチョーカーがはまっていた。隷属の首輪には見えないが、白いスーツにピンクの細いチョーカーはやたらと目立っていた。


 羨ましい。

 私は単純にそう思った。

 いや、帝国皇帝に直談判など、相当な苦難があったはずだ。私が2年以上家にいて腐っていた頃に、彼は何度も死ぬ思いを経験しそこに至ったのだと思う。

 それでもあれほどの美しい女性。しかもエルフにケモミミだ。彼女たちから親愛の情を向けられるこの阿久津という男が私は心底羨ましかった。


 そんな私の気持ちを見透かすように彼は言葉を続けた。


『羨ましいだろ? 俺は彼女たちを守るために戦った。お前らと違い現状を変えるために、愛する人のために戦った結果だ。行動を起こした結果なんだよ。その結果、俺は帝国から奴隷制度を無くすことに成功した。でもよ、日本からは無くすことができないんだ。日本には目に見える奴隷制度も、首輪もないからな。社会という目に見えない物の奴隷であるお前たちを救うことはできないんだよ。そう、俺たちは社会の奴隷だった。会社の命令だから、周りの皆もそうしているから、法で決まったから、そんな理由でかつてあった日本は平気で人を死に追いやっていた。そしてなにより救えないのが俺たちだ。俺たちは奴隷であることを受け入れ、自ら奴隷として社会の言いなりになっていた。隷属の首輪もないのにだ』


 奴隷……確かにそうなのかもしれない。


 奴隷制度は無かった。けど、私たちは法を守り他人に迷惑を掛けず生きていくことが当たり前だと教育されて育った。法を守り他人に迷惑を掛けない。これ自体は素晴らしいことだと思う。法を破り他人に迷惑を掛けてもいいといういう者がいなければだけど。


 結局真面目に生きている者は、不真面目に生きている者に利用される。こうは思いたくないが、悪意ある権力者が国民を思い通りに動かすためにそう教育させてきたとさえ思える。民衆を統制しやすいように。

 現に私たちは悪法によりダンジョンに放り込まれた。法は守らなければならないと思っていたから、国に逆らうのは悪だと教えられてきたから。


『悔しいよな。いつでも反抗できたのに反抗せず命を落としていった。まるで屠殺場に放り込まれた豚のように、ただおとなしく殺される順番待ちをしていた。けどよ、俺は気付いたんだ。俺たちは奴隷じゃないんだと、嫌だと言う権利があるんだと。言っていいんだよ。嫌だって、やりたくないって。逃げてよかったんだよ。周りの目? 警察に捕まる? 死ぬよりかはマシだ。これからもそうだ。社会なんか関係ない。俺たちの命をもう二度と誰かによって危険にさらさせはしない! 』


 そうだ。逃げればよかったんだ。私は刑務所が怖くて、前科者になるのが怖くて自ら屠殺場に入ったんだ。

 私はいつのまにか泣いていた。彼のいう通りだ。逃げることができたのに逃げなかった。

 社会が怖かった。居場所がなくなるのが怖かったからだ。

 だから死地に自ら行き、命を預けあった仲間を失い両足を失った。それが悔しくて悔しくて……


『だが社会の力に逆らうのには必要なものがある……それはどんな理不尽にも負けない力だ! 強くならなきゃまた社会の力に負けるんだ! 強くなれ! そしてもう二度と奴隷にはなるな! もう二度と理不尽には屈するな! 強くなれ! そしてその力を俺たちが経験した理不尽に苦しむ人たちを救うために行使しろ! 俺のところに来い! この桜島へ! お前らに力を与えてやる! 理不尽に打ち勝つ力を! 身体に障害があろうが関係ない! 最新の医療技術を受けさせてやる! ニート法で狩られた者たちよ! 俺のところに集まれ! 』


 力……理不尽に負けない力。奴隷から抜け出すことのできる力……


 この時既に私の気持ちは桜島へと向いていた。変えたい。自分を変えたい。

 歩けないこの身体でも桜島に行けばなんとかなる。そう思えるほどの力がこの阿久津という男性の言葉にはあった。


 私が涙を流しながら画面を見てそう思っていると、彼はそれまでの険しい表情を一変させ、隣で立つエルフや兎耳女性といちゃつき始めた。


『あんっ……コウ、みんな見てるのでしょう? 恥ずかしいわ』


『んっ……コウさん……スカートの中は……あっ……手をそんな……下着履いてないんですぅ……』


『んっ……コウ……もっとキスしてくれ……昨日の夜みたいにもっと……』


 画面に映る彼女たちの色っぽい声と、服の上から揉みしだかれる豊満な胸を見て、私の涙は血涙に変わっていた。


『いいことを教えてやる。エルフの美的感覚は俺たちと違う。俺がイケメンらしい。そして獣人女性は強い男に惹かれる。俺が言いたいことがわかるよな? ここにはエルフもケモミミも大勢いる! もう一度言う! この桜島に集まれ! 彼女たちと仲良くなれるチャンスはこの機会を逃したら二度とないと思え! 受付は年内のみだ。それ以降は一切受け入れない。2ヶ月近くあって動けない奴は一生動けないからな。死ぬまで社会の奴隷でいればいい。この桜島には行動を起こそうと思うやつ以外は必要ない。それじゃあ桜島で待っている。ニートの仲間たちよ、一緒に理不尽と戦おう』


『あっ……コウ……ベッドに……もう我慢できないわ……』


 彼のメッセージは、最後にエルフの言葉を残し終了した。


 私は動画が終了してしばらくして、握っていた拳を緩めた。手のひらからは爪が食い込んだのか血が出ていた。


 私は決心した。桜島に行こうと。桜島には力と未来と夢が待っていると。





「お客さん着きましたよ」


「え? あ、はい。ありがとうございます」


 私が動画が届いた日のことを思い出していたら、いつの間にかタクシーは港に到着していた。

 それからは運転手さんに代金を払い、車椅子に乗り込むのを手伝ってもらい私はフェリー乗り場までやってきた。


 桜島行きのフェリー乗り場には武装した獣人の男女が立っており、恐る恐る声を掛けると気さくに応対してくれた。そして彼らは建物の中へと車椅子を押して案内してくれた。

 そこには日本人の男性がおり、彼は鈴木と名乗った。そして私の身分証を確認し名簿と見比べ、いくつか経験したダンジョンのことを質問されたあと笑顔でこう言ってくれた。


「ようこそ桜島総督府へ。私たちはあなたを仲間として受け入れます」


「あ、ありがとうございます。こんな身体ですがなんでもやりますので、どうか使ってください。よろしくお願いします」


「大丈夫ですよ。自分もつい最近まで片腕片目でしたから」


「は? え? でも、腕も目も……」


 私はこの鈴木という人が何を言っているのかわからなかった。彼の腕はしっかりついているし、目も2つある。とても義眼や義足には見えなかったからだ。


「行動を起こした者のみ得られる恩恵です。桜島に着いたらわかりますよ。そして早くこの役を交代して欲しいです。狙っている虎人族の子が桜島勤務なんですよ」


「え? あ、はい……頑張ります……」


 私はやっぱり彼の言っていることがわからなかったが、彼が獣人の女性が好きなことだけは伝わった。

 そしてそんな幸せそうな彼を見て、桜島に行くことに対して少なからずあった不安はどこかに吹き飛んでしまった。


 それから私と同じように四肢のどこかを欠損している人たちと共に、桜島へとフェリーで向かった。


 私は変わる。この桜島で。

 自らの力で奴隷から脱してみせる。


 この桜島で必ず。






 ************


 作者より


 2章開始です。

 更新は週2回となります。



 カクヨムコンテスト用作品投稿しました。

 初めてのファンタジー作品です。とりあえずカクヨムオンリーにしてます。

 面白いと感じたら☆評価お願いします。

 ニートの更新に影響を与えないようにします。m(_ _)m



 エルフヒロインいます。多分ハーレムにします。今回はロリ枠あるかも。


 作品名: 神奏歌魔法世界ミローディア ~音痴の俺が音楽が魔法になる世界で無双する~


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892748852



 あらすじ


【歌って踊って敵を打ち砕く魔法を放て!】【楽器を奏でて補助魔法で援護しろ!】【才なき者はガーディアンとなり強化した身体で仲間を守れ!】


 そこは音楽が魔法となる世界。その名もミローディア。エルフ・ダークエルフ・魔族・人族・獣人族がそれぞれの音楽魔法を駆使して戦う世界。

 ハープを奏で歌う正統派エルフ。R&BやPOPを魅惑的なダンスを駆使して歌うダークエルフ。全てを破壊するヘヴィメタルの魔族に、あらゆるジャンルに精通しPOP・アニソン・ヒップホップなんでもござれの人族。そしてケモ耳ユニットで可愛い歌とダンスを繰り広げる獣人族。彼らの強力な攻撃魔法が今発動する!

 楽器を扱う者はドラムとギターで鼓舞の魔法を! オーケストラで防御魔法を! フルートの優しい音色で回復を!

 そんな世界に高校2年の秋。友人とともにキャンプ場に向かっていた主人公の宇田野 奏多(かなた)は、突然深い霧に包まれ迷い込んでしまった。音痴なうえに楽器の演奏もできない主人公は、ある美しいエルフと出会い彼女と共に戦うことを決意する。


 ※作中に登場する歌詞は作者が適当に作ったものです。似たものがあっても関係ありません。

 ※音楽を題材にしながら作者は楽器の経験はありません。音楽の知識もほとんどありません。ノリと勢いと読者さんの脳内補完が頼りです。あ、マイケルさんとかは好きです。ガガさんもケモ耳ユニットも。




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