第52話 報告書




「やっぱりな……こんな事だろうとは思ってた。もう国としても末期だったんだな日本は……」


 俺は温泉旅館の自室でニート特別雇用法成立に関する報告書に目を通していた。


 報告書には俺が渡した資料と日本総督府が保有していた資料をもとに、対象者120人余りを尋問した結果が書かれていた。それをひと通り読み終えた俺は、予想していた通りの内容にやっぱり日本は滅ぶべくして滅んだんだなと感じていた。


 ニート特別雇用法案。全ては経済界の重鎮と大物政治家の欲望のために仕組まれた事だった。


 ニート特別雇用法は日本の大財閥の会長であり、影で日本を操っているなどと噂されていた天堂 宗茂が考えたものだった。コイツは経済連合会の名誉会長でもあり、与野党問わず政治家の弱みも多く握っていたらしい。そしてそれをネタに日本を思いのままに操っていたようだ。


 この男は米国のダンジョンで停滞の指輪が発見されてから、それをなんとか手に入れようとしていたらしい。当然米国の権力者が手放すはずもなく、そうなれば日本国内で手に入れるしかない。


 そこで当時の政権与党の自由新党の重鎮である二瓶幹事長を通し、政府に色々と指示をしていた。自衛隊に圧力を掛け、無理なダンジョン探索をさせていたのもコイツと幹事長と財務省だ。


 全ては停滞の指輪を手に入れたいがために。


 しかし殉職者と除隊者が増えたことで思うように探索が進まなくなり、ならば民間からと最初から探索者を増やす目的でニート特別雇用法を考えた。


 そしてこれを二瓶幹事長を通して総理大臣の大泉に圧力を掛け、議会で無理やり成立させた。これにはダンジョン資源により財政を潤わせたい財務省も嬉々として賛成したそうだ。


 法案にはわざと後から業種を追加できる余地を残し、そして施行する直前になって探索者協会への就労をねじ込んだ。このトリックは昔から政治家がよくやる手だよな。


 そしてまずは第1期の就労者として家族がいない者や母子家庭の家、一人暮らしをしている者3千人を対象者に選んだ。恐らく何かあった時の批判などを最小限にするためだったのだろう。ほんとこういう小細工が政治家らしいよ。


 ただ突然そういう家庭環境のニートを選別しろと言われた厚生労働省は、政府からの無茶振りにてんてこ舞いだったようだ。


 俺を迎えにきたあの役人もかなり追い込まれてたしな。俺をゴミ呼ばわりしたのは忘れないけどな。まあ今となっては木っ端の役人なんてどうでもいいけど。


 しかし探索者協会の幹部だけは施行の2ヶ月前に聞いていたらしく、受け入れ先の準備を部下にさせていたそうだ。


 そしていざ大量のニートたちを受け入れることになると、現場はそれに対応できなかった。


 いくら事前に準備をするように言っておいたとしても、当時探索者協会は設立してまだ1年足らずの組織だ。たった2ヶ月で準備などできるはずがなかった。それでも現場は送られてきた数百人の新人探索者を受け入れられないとも言えず、なんとかするしかなかった。


 しかし人材不足は否めず、教官やら本来なら慣れるまで探索に同行する現役探索者の数が圧倒的に足りなかった。


 自衛隊から教育要員を引っ張ろうとしたらしいが、この悪法に巻き込まれる事を恐れた防衛省は人材不足など理由に拒絶したらしい。


 まあ通常どの国でも教育期間を2ヶ月は取っているのに、それを2週間に短縮しろとの無茶な命令付きだ。


 ダンジョンの恐ろしさを知る防衛省は失敗するとわかってたんだろうな。

 現場を知らない者たちは目先の利益しか見えず、半年しか就労期間が無いからと削ったんだろう。そんなものどう考えても無理がある。それでも経済界や政府や財務省の上からは、その期間で使い物にしろとの矢の催促があったらしい。


 中にはこのままでは大量の死人が出ると、受け入れを拒否した支店長もいたらしい。しかしそういう者は異動させられ、木更津支店長の沼津や須々田のような人の命をなんとも思わない屑が出世し支店長の座についた。


 そういったイエスマンで出世した奴はたいていが無能だ。案の定ニートたちの安全など考えず、ただひたすらダンジョンアタックをさせ死傷者を量産していった。


 信じられるか? 3000人いたニート就労者のうち生存しているのは1600人程度だ。そのうち五体満足なのは半分以下らしい。たった半年で1400人も殺しやがった。しかもその全員が行方不明扱いだ。ちなみに俺も行方不明者だ。皮肉なことに俺だけは正しい情報だったな。


 当然遺族たちは自分の家族がどうなったか騒ぎ、集団訴訟する準備をしていた。SNSでも相当騒がれたしな。


 財務省が絡んでいるから野党は相変わらずダンマリだったらしいが、当時の政権と探索者協会に責任が及ぶ寸前までいった。ところがそのタイミングで帝国が侵攻してきて日本が占領された。


 敗戦した責任を取り内閣は解散し、帝国の指名した人間が臨時で今の総督府の権力者となりこの件はうやむやとなった。指名された政治家は野党議員だったが、根っこでは政治家なんてみんな繋がってる。国会なんて脚本のある演劇の舞台に過ぎないと昔親父が言ってたからな。恐らく政治家同士色々と取引をしたんだろう。


 そして帝国に占領されたことで経済はガタガタとなり、天堂の影響力も低下し当時の政権にいた政治家たちも帝国により数を減らされた。それでも国民のガス抜き用の野党として、自由新党は総督府の犬として存続しているようだ。


 旅館のテレビでニュースを見ている限りでは、選挙はまだやらないらしいからしばらくこのままだろう。いや、ずっとこのままかもな。一度権力を手に入れた人間がそう簡単に手放すとは思えないしな。


 戦後の混乱から遺族たちは自分の生活で精一杯となり、弁護士も廃業する者も増え訴訟は一時見送られたそうだ。


 忘れてはいない、諦めてはいないだろうが敗戦してからまだ2年だ。帝国領となり帝国の法が優先される今は前権力者に対して訴訟を起こし難いのが現状のようだ。


 生き残った1600名の者たちも負傷者は、三田たちのように幾ばくかの生活費を与えられ沈黙をさせられた。五体満足の者は探索者として厚遇するのを条件に同じく沈黙させられているようだ。


 この不景気で仕事のない世の中だ。別にそれを受け入れた者たちをどうこう言うつもりはない。失業率が20%とも30%とも言われているくらいだ。誰だって今を生きていくのに精一杯なんだろう。


 まあ遺族の件は俺があとで宰相に言ってなんとかしてやるさ。国が関わった証拠はあるからな。


 結局は今回俺たちを探索者協会に無理やり突っ込んだ事に率先して関わったやつは22名だった。経済界のドンの天堂、前政権の総理大臣の口だけの無能政治家と有名だった大泉 新次郎。そしてその政党の幹事長の二瓶に、総理の女房役の官房長官とその周辺の政務官。さらに財務大臣に厚生労働大臣に経済産業大臣。役人からは資源庁長官と財務省の事務次官と事務次官補。


 そして当時の探索者協会幹部全員と、木更津ダンジョン支店長など当時の支店長と副支店長。無理やり従わされ、拒否できる立場になかった者は省いたからまあ概ねこんなところだろう。


 須々田は殺したから残り21人と刃鬼の4人が復讐の対象者だ。ああ、刃鬼はこの2年で1人死んだらしいから5人じゃなくなったそうだ。残念だ。


 まあこの25人が明後日まとめて俺のところに子爵の飛空艇に乗って来る。



 俺は報告書を読み終わり椅子の背もたれに身体を預け、権力者により命を落とした仲間たちを思い出していた。


 馬場さん……浜田……やっと、やっと仇を討てる。しかも関わった奴ら全員まとめてだ。少し寄り道をしたけど結果的には最短で復讐ができるようになった。

 みんなとは社会的制裁をと話していたけど、俺はそんなんじゃ許さない。生き残れるチャンスはやるさ、でも俺たちと同じ経験をさせてやる。


 俺は椅子から立ち上がり自室を出た。

 そして2日後のために恋人たちと三田たちや獣人たちに声を掛け、ゲートキーで海を挟んだ向かいにある鹿児島市へと買い出しに行くのだった。



 そして2日後。


 俺と三田たちと警備隊の見守る中。

 あらかじめ指示しておいた古代ダンジョン前の平地に、子爵家の家紋の入った飛空艇が降り立ったのだった。



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