第2話 桜島ダンジョン







 探索者協会の命令により、千葉から3台の警察の護送車で丸一日かけて鹿児島県にある桜島にやってきた俺たちは、現在絶賛噴火中の火山の麓にいた。


 俺たちの周りには自衛隊のトラックが10台ほど止まっており、その横で完全武装した自衛隊員が100名ほど整列していた。


 俺たち千葉から来た5パーティ60名は、ほかの地域からきたニートパーティと合流して150名ほどのニート軍を編成した後にボーッと山を見ていた。


「馬場さんアレですよね」


「ああ、アレだろうな」


「デカくないですか? テレビで見たよりも……」


 山を少し登ったところにあるダンジョンの入口は、ここからでもハッキリとその巨大な入口を見ることができた。50mくらいの幅はありそうだ。


「日本と海外の上級ダンジョンの入口よりデカく見えるな」


「上級ダンジョンて一階からいきなりオーガが出てくるから銃が全く通用しないんですよね? 」


「ああ、自衛隊員も携行型ロケットランチャーのほかは、魔物の革で作った革鎧と剣や槍を装備してるな。魔法を使える人も結構いるらしい」


「俺たちは防刃服に強化プラスチックのプロテクターのみで、魔法なんて使えるやつ1人もいないんですけど……」


「危なくなったらCランク探索者たちが足止めしてくれる。そのうちに逃げることだけ考えよう」


 Cランクったって俺たち150人に対して5人しかいないんだけどな。しかもガラ悪いし。本当にアイツらが盾になってくれるのか?


 俺と馬場さんがそんな話をしていると、その探索者の一人が近付いてきた。


「よう、お前たちが噂のニート軍か? 俺は『刃鬼』のリーダーの武藤だ。よろしくな」


「よろしくお願いします。千葉のダンジョン代表の馬場です。足手まといにならないよう努めますのでご指導お願いします」


「おお、ニートっつうからコミュ障なやつらばかりかと思ってたら、案外まともじゃねえか。なに心配することはねえ、俺たちは上級ダンジョンの調査に何度も入ってる。Cランクが5人もいるパーティは日本で俺たちだけだ。お前らは安心して通信機器と補給の荷物の運搬をすればいい。いざとなったら守ってやるからよ」


「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。初めての調査同行なもので皆も不安でして……万が一の時はお力をお貸しください」


「おう、任せとけ。じゃあ後でな」


 俺は馬場さんと探索者のリーダーの会話を聞いて、見た目よりまともな人たちみたいで安心していた。


 うん、見た目で人を判断しちゃいけないよな。1年半でCランクにまでなった人たちだしな。そんなレベルの魔物と戦ってれば人相も悪くなるよな。それにしても凄い装備だったな。あの革鎧は自衛隊のよりも防御力高そうだ。


 それから自衛隊の号令により俺たちはダンジョンの入口まで進んだ。そして自衛隊の後ろに刃鬼の3名と俺たちニート軍、最後尾に刃鬼の2名と自衛隊員10名の順にダンジョンへと入っていった。


 ダンジョン内は入口同様にかなり広く、ほかのダンジョン同様壁の一部がボンヤリと発光していて肩に付けているライトと合わせて周囲の様子がよく見えた。


 このダンジョンは俺たちが普段潜っている洞窟のようなダンジョンではなく、綺麗に切り取られた石の壁と天井に包まれた内装だった。通路の幅は途中狭くなるところもあったが、それでも20mはありそうだ。天井の高く、10mは確実にあるように見える。


 そんなだだっ広いダンジョンの中を、俺たちは各々にリュックとリアカーを引いて入っていった。ジープなんかでも走れそうだけどトラップに引っ掛かったらヤバイからな。徒歩が確実だ。


 自衛隊員には探知のスキル持ちや暗視のスキル持ちがいるらしく、罠や魔物が近付いて来ないかをスキルで確認しながら進んでいる。さすがスキル持ちがいると進みは早く、俺たちは無線中継機を設置しながらサクサク進んでいった。最後尾では踏み込み式の探知機を自衛員が小道がある場所に設置していた。後方からの奇襲対策なんだろう。最新の装備機材使えて羨ましい限りだ。


「魔物が出ませんね」


「ああ、もう30分も歩いてるのに全く現れない。途中の小道や分岐点でも現れなかった。このダンジョンが攻略済みとは思えないし何かあるな……」


「確かに現れたばかりですし、明らかに上級ダンジョンと思えるこのダンジョンが攻略されてるなんてありえませんね」


 おかしい……馬場さんの言うように攻略されているとは思えない。世界中で上級ダンジョンを攻略した事例はまだないしな。それどころか中級ダンジョンですら片手で数えるほどしか攻略されていない。


 それからいくつかの分岐を進み、30分ほど奥に進んだところで先頭の隊員が止まった。

 俺たちはその身を屈めて手をあげているその姿を見て緊張が走った。

 恐らく広場にぶつかったのだろう。ダンジョンには定期的に広場や広い部屋が現れる。そこにはたいてい多くの魔物が彷徨いている。


 俺はそっと荷物を降ろし武器を抜いた。周りの皆も同じようにそれぞれの武器を手にしていた。


 少ししてドローンが広場へと飛んでいった。その様子を自衛隊員がモニターで確認している。残念ながら探知のスキルはその人の熟練度によって効果範囲が変わってくる。


 自衛隊の探知のスキル持ちは、さすがにこの巨大なダンジョンにある広場全てを探知できるほどの熟練度ではないようだ。まあそれが普通らしいが。


 そして5分ほどでドローンが戻ってきて、自衛隊員たちが何やら話す声が聞こえた後に広場へと部隊を進めた。


「どうやら広場にも魔物の姿が無かったみたいですね」


「そうみたいだな。しかし広場にさえ魔物がいないとは……」


「トラップも簡単な落とし穴ばかりでしたし、案外見掛け倒しで難易度低いダンジョンとかですかね? 」


 活動中の火山の麓の巨大なダンジョンって明らかに危険な雰囲気だったんだけどな。


 いや、駄目だ。俺はビビってる。こういう時、人間は自分が信じたいものだけ信じるものだとなんかの小説に書いてあった。

 万が一がある。警戒をしていつでも逃げれるようにしないと。


 そして俺たちも広場に足を踏み入れると、そこは今まで見たことがないほどの大きさの広場だった。


 おいおい……端まで200mはありそうなんだけど。しかもこの分岐の数……20くらいか? 正面の大きな通路が正道っぽいけど、なぜこんなにたくさんの分岐が?


 広場は綺麗な円形をしており、その至る所にほかの道への入口があった。だが自衛隊員は正面の大きめの道に進むと決めているようで、広場の中央を警戒しながら進んでいった。

 俺たちは必然的にひと塊りの集団となり、それぞれが緊張しながらも通り過ぎる道の奥を目を凝らしながら見て進んだ。


 すると後方からピッという電子音が聞こえた。その瞬間後方を警戒していた自衛隊員が叫んだ。


「後方より凄い速さで何かが来ます! 」


「前からもだ! 」


「罠か! 総員戦闘態勢! 探索者たちは荷物を持って左側の道に退避せよ! 」


「「「了解! 」」」


「「「はい! 」」」


 くそっ! やっぱりなにかあったか! ヤバイヤバイヤバイ! 途轍もなく嫌な気配がする!


 俺は馬場さんと刃鬼のリーダーの後を追い、荷物を抱えながら全速力で左側の壁にある通路へと飛び込んだ。


 しかしその瞬間。広場に俺たちの来た道と正面の道から魔物が大量に飛び出してきた。


「な、なんだあの恐竜みたいなやつ! 」


 広場に現れた魔物は全長1.5~2mほどの二足歩行の恐竜みたいな姿をしており、猛禽類の鉤爪のような形状の手足と細長い頭部に比例したワニのように長い口、その中に刃細かく鋭利な牙が並んでいた。


「あれはヴェロキラプトルだ。Cランクの魔物で素早い動きのあの爪と鋭い牙で攻撃してくる。俺たちじゃあの尻尾と足の蹴りで防具はボロボロになるな」


「く、詳しいですね。そういえば施設の資料室で見たことがあるような……確か上級ダンジョンにしかいないはず。やっぱりここは上級ダンジョンだったのか……」


「それもおかしいんだ。ヴェロキラプトルが確認されたのは上級ダンジョンの地下6階層からだ。こんな1階層にいるなど聞いたことがない」


「それだけヤバイダンジョンってことですよね……」


「そうかもな」


 俺たちが通路の中で話をしている間も、広場では30体はいるヴェロキラプトルと自衛隊員たちが戦っていた。自衛隊員たちは俺たちとは反対の右側の壁を背に半円の陣形を組み、盾を構えながら槍と魔法でヴェロキラプトルに攻撃を加えていた。しかしヴェロキラプトルはこの広い空間を目一杯使い助走をつけ、次々と盾を構える自衛隊員に体当たりをしていった。


 そしてその体当たりにより盾が耐えられなくなりひしゃげ、そこからその長い口を突っ込んできたヴェロキラプトルに後方で槍を構えていた隊員が腕を喰われ引き千切られた。


「ぎゃぁぁぁ! 」


「須山! 攻撃魔法隊牽制しろ! 回復魔法を掛けて止血! 」


「中隊長! 右の通路からも魔物の反応が! 」


「なっ!? クッ……もと来た道に戻りながら戦う! 探索者たちは刃鬼を先頭に下がれ!そこも危険だ! 」


「チッ……俺たちが前に出る。ヴェロキラプトルが出てきた道ならここよか安全だろう。荷物は捨てろ! 死ぬ気で付いて来い! 」


「「「 はい! 」」」


 俺たちは腰にぶら下げているバッグ以外の荷物を捨て、武器を構えて刃鬼のあとを付いて駆け出した。

 駆け出した瞬間にヴェロキラプトルに捕まった奴の叫び声が聞こえたが、そんなの気にしていられなかった。俺のパーティはいる。必ず生きて帰る。こんなところで死んでたまるか!


 それからは必死だった。自衛隊員たちの方が先に帰り道に着いたが、俺たちを通すためにその身を盾にしてヴェロキラプトルの突撃から守ってくれた。

 ありがとう自衛隊の人たち。弱くてごめんなさい。足手まといでごめんなさい。


 俺は次々とヴェロキラプトルに噛み付かれ、地面に引き摺られ喰われていく自衛隊員たちに謝りながらその横を通り過ぎていった。俺たちがいなければ逃げられたのに……


 俺は涙が出るのを堪えながら広場の出口へと飛び込んだ。


「逃げるぞ! このままダンジョンの出口まで走り続けろ! 」


「武藤さん待ってください! 自衛隊の人たちがまだ! 」


「お前らがいつまでもここにいたら邪魔なんだよ! いいから走れ! 」


「阿久津、武藤さんの言う通りだ。俺たちでは敵わない魔物だ。俺たちがいつまでもここにいたら自衛隊の人たちも逃げられない」


「……はい。すみませんでした」


 確かにそうだ。150人はいた俺たちニート軍もたった100m走る間に半分近く減った。俺たちはあの恐竜の餌でしかない。持ってきた油も置いてきてしまったからここにいても援護はできそうもない。


 俺は後ろ髪が引かれる思いで刃鬼とみんなのあとを追い掛けた。


 そして出口まであと半分の位置にある分岐点で、新たな魔物の群れと遭遇した。

 それは体長3mほどの赤い鱗の蜥蜴で、俺たちが分岐点に出てきたタイミングで天井近くにある穴から次々と降ってきた。

 その蜥蜴は俺たちの両側面と、20m先にあるダンジョンの出口に繋がる通路の左右にバタバタと落ちてきて、俺たちを包囲するかのように口から小火をチョロチョロと出しながら近付いてきた。


「チッ! 火蜥蜴かよ! なんでこんな浅いところに! 」


「リーダーやばいぜ? 数が多い」


「あ〜これはダメだな。まあ俺たちは頑張った。そうだな?」


「ああ、これは仕方ねえよ。協会もできればって言ってたしな。文句は言わねえさ」


「今回はペナルティねえしな」


「急ごう、出口を塞がれる」


「つう訳だニート軍。悪く思うなよ」


「え? 武藤さんそれはどういう……」


「ま、まさか! 俺たちを見捨てるんですか!? 」


 まさかまさかまさか! 俺たちを見捨てて自分たちだけ逃げる? 俺たちの護衛が仕事なのに!?


 それに協会ができればと言っていた? ペナルティがない? どういうことだ?


「人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。お前らも探索者なら自分の力で生き残る術を考えろ。俺たちは生き残るために手段は選ばねえ。そうやって強くなってきたんだ。死んだら強くなれねえからな。んじゃ、もう会うこともないと思うがお互い運が悪かったな。行くぞ! 」


「「「おうっ! 」」」


「ま、待ってくだ……」


 俺がそう声を掛けようとすると、刃鬼のメンバーのうち2人が一斉にダンジョン出口に繋がる通路の両サイドに水の壁を作り、その壁の間をリーダーを先頭に突撃していった。そして2人は遅れて後方にも水の壁を作っていった。


 突然動き出した刃鬼に反応して俺たちの側面にいた火蜥蜴が一斉に口から火の玉を刃鬼たちに放ったが、水の壁に阻まれ刃鬼たちに届くことは無かった。そして水の壁が消えたその先には刃鬼たちの姿はもうなく、数体の火蜥蜴の骸が散乱しているだけだった。


 見捨てられた見捨てられた見捨てられた……護衛の仕事を放棄して自分たちだけ逃げやがった! 自分たちが助かるために、自衛隊員たちはその身を盾にして守ってくれたのに。


 あんな連中を護衛に付けた探索者協会も、ハナから俺たちを本気で守るつもりなんかなかったんだ。


 ちくしょう……ハメられた。


 まただ、どうして俺が働くとこんな理不尽なことばかりが起こるんだ?


 ちくしょう……ちくしょう……。





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