ニートの逆襲 〜俺がただのニートから魔王と呼ばれるまで〜

黒江 ロフスキー

地上界編 

第1章 ニートの復讐

プロローグ





『理不尽』ってやつはいつだって突然やってくる。


 それは俺の意思なんてまるっきり無視して、一方的に不利益を押し付けてくるんだ。


 理不尽から逃れるためには、それから目を付けられないよう息を潜めて生きていくか。


 それに黙って耐えるか。


『理不尽』により強力な『理不尽』をぶつけられる強さを身に付けるかだ。


 この時の俺にはその強さが無かった。


 だから理不尽に、それもとびっきりの理不尽に何も抵抗できず呑み込まれていった。


 あのダンジョンで俺がこの世界にとっての『理不尽』な力を手に入れるまでは……





 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





「ん……ふあ〜あ……よく寝た……今は……6時……朝のか? いや夜か……」


 昨日はネット小説読んでからM-tube見て、それから昔のアニメを見てゲームの攻略掲示板を見て……毎日同じことしてるな。テレビ? もう一年くらい見てない。不景気だからかニートバッシングが凄いんだよ。


 消費税もあれよあれよと25%にまで上がったしな。政府と繋がっているマスコミは、国民の不満をそらすためにニートを攻撃し始めやがった。あんなの見ても気分が悪くなるだけだ。


 しかし仕事してた時はあれほど憧れた生活も、4年もやりゃさすがに飽きるな。たまに外に出ると疎外感半端ないし。なんだろうなこの世間から置いていかれる感覚。


 そろそろ働かないとな。でもまだ社畜時代の貯金と親父とお袋の遺産があるし……仕事を始めてまたあんな理不尽な目にあうのも嫌だしなぁ……金がなくなりそうになったらでいいか。


 俺はまだあと数年はこのままでいいやと思い、日課のネット小説を読み始めた。


「くくく……この魔王を倒して現代に戻ってきたらパラレルワールドだったって小説。くだらないけどついつい読んじゃうんだよな。なんたってケモミミとエルフがヒロインだからな」


 エルフか……いいなぁ。俺はゲームなんかやる時は必ずエルフを選ぶ。たまにグラマーなウサミミキャラもやるけどな。ネット小説やアニメなんかは、たいていエルフや獣人のヒロインのハーレムものだ。


 たまに胸の大きいエロフが登場する物語なんて大好物だ。そういうのはたいていR指定ものだけど。


「ダンジョンか……ダンジョンが現れてからこういう小説が一気に増えたよな。宝箱からスキル書を見つけて魔法を使えるようになる。そりゃ魔法とか使いたいけど現実はそんな甘いもんじゃなかったな」


 そう、2年前に世界中に突然ダンジョンが現れた。


 それも日本中に30ヶ所もだ。ダンジョンはどれも都心部に近い場所に現れ、どれも洞窟の入口のような見た目をしており人が3人並んで入れるような入口のものから、10人並んで入れるほどの大きさのものまでそれぞれ形が違っていた。


 最初に興味本位で入った者が中の様子を動画で撮ってきたことから、ソレがなんなのか世間に一気に広まった。その動画には洞窟に入ってすぐに、ゴブリンと呼ばれるファンタジーによく出てくるような醜悪な生き物が映っていた。それを見た撮影者は必死に逃げて入口まで戻ってきたという短い動画だった。


 そしてその動画が投稿されてすぐM-tuberと呼ばれる人たちが、バットやツルハシにスコップなど精一杯の武装をしてこぞって中に入っていった。しかしその後洞窟に入った者のほとんどの動画の更新が途絶えた。恐らく帰ってこなかったんだと思う。


 帰ってきた者もいたが腕や足がなくなっていたり腹部を何かで刺されていたりで、病院に運び込まれたがその後の消息は不明だ。恐らく貴重な洞窟の中に入った人間として政府に隔離されたんじゃないかと思う。


 最初に動画投稿した人も音信不通になったらしいからな。そういう事なんだろう。

 それからはネットであの洞窟は間違いなく物語に出てくるダンジョンだと言われるようになった。


 そのダンジョンをまずは警察が封鎖した。そして海外でも同じようにダンジョンが現れ情報が出回ってからは、自衛隊が入口を封鎖した。


 普段はニュースなんてまったく見ない俺が、その時は一日中テレビにかじり付きネットでも情報収集に努めた。もしも魔物と呼ばれる者たちがダンジョンから出てきた時のために手作りの槍を作ったり、サバイバルグッズを買ったりした。


 その後自衛隊がダンジョンに調査に入った時なんて、もう何日もネットやテレビで情報を集めまくった。


 だけど20人が完全装備で入ったにもかかわらず、生きて帰ってきたのはたったの7人だった。政府は当初ダンジョン内の情報を秘匿していたが、海外でもダンジョンに突入した民間人や軍隊がいてその情報が出回っていた。情報統制が緩い国なんていくらでもあるからな。


 海外でダンジョンに入った者の証言では、ダンジョンの中は恐ろしく広い。一部の壁が発光しているので薄暗いがなんとか見える。ダンジョンの魔物はタフである。ダンジョンには地下に続く階段がある。ダンジョンには落とし穴のようなトラップがある。


 最初はこの程度の情報だったが、日が経つにつれてどんどん新しい情報が出てきた。ダンジョンの入口の大きさによって中にいる魔物の強さが違うことや、ダンジョンには宝箱があり、その中には不思議なアイテムとスキル書と呼ばれるものがあるということなどだ。


 スキル……これは魔法が使えたり身体能力が上がったり、物の名前や性能が見ただけでわかったりするというものだった。これはファンタジー小説やゲームによく出てくるやつなのですぐに理解できた。物の名前とかがわかるのは鑑定のスキルだろう。


 魔法か……欲しい……小説やゲームの世界のように無双したい。けど、完全装備の自衛隊が壊滅するようなダンジョンなんて怖くて入る勇気なんてない。そもそも封鎖されていて入れない。


 それからは海外の情報でダンジョンがどれほど危険なのか思い知らされることとなり、ダンジョンに入ろうなんて微塵も思わなくなった。


 そして2年が経った今でも各国はこぞってダンジョンの中に入っていっている。

 これはスキル書以外にも理由があるんだけど、俺には関係ないからな。欲の塊の人間は勝手にダンジョンに挑んで死ねばいいさ。


 陸上自衛隊なんてあまりの犠牲の多さに、ダンジョンに行かさられるのが嫌で辞めていく奴が多くて人手不足らしい。国防そっちのけで欲に駆られやがってさ、いま他国が攻めてきたらどうすんだよ。俺のニートで平和な生活が終わっちゃうだろ? しっかりしろよ政治家。


 まあそんな世間とは隔離された生活を4年間続け、その間は両親が残してくれたこの広い家に俺は一人で暮らし、食糧や欲しい物はネットで手に入れ、人肌が恋しくなった時はそういうお店に行ったりしてスッキリして、社畜時代に貯めてた貯金と両親が残した遺産を食い潰しながら俺は生きていた。


 預金残高を見てまだ大丈夫、まだ大丈夫と自分に言い聞かせながら……そう、この日までは。




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 ピンポーン ピンポーン


 ピンポーンピンポーン


「なんだ? ずいぶんせっかちな奴だな。宅配便は来る予定はないし、夜の8時に人の家に来るのは……MHKの勧誘ぽいな。 しつこいんだよなアイツら 」


 俺が一階のリビングでネット小説を読み終わり、M-tubeで面白動画を探していた時に呼び鈴が連打された。そのしつこさから、以前撃退したMHKの勧誘がリベンジしにきたのだと思い、俺はTVモニターの付いているインターホンに映っている画像を覗いた。


 俺が見たそのモニターにはスーツを着た男性と、警察官が3人ほど映っていた。さらにその後ろには赤色灯を点けたパトカーが道路上に停まっていた。


「な、なんだ!? この辺でなにか事件でもあったのか!? 聞き込みか何かか? 」


 俺は知らないうちに近所で事件があったのだと思い、これは捜査協力の訪問に違いないとインターホンのスイッチを入れた。


『阿久津さーん! 阿久津 光あくつ こうさーん! 』


 え? 俺の名前を間違えないで言ってる?

 今まで初めてうちの表札を見た人は俺の名前をヒカリやヒカルと読んでいた。それなのにこの人は正確にコウと読んだ。俺はこの刑事らしきスーツを着た男性に違和感を覚えたが、後ろにいる警官とパトカーが気になりインターホンに向かって返事をした。


「はい。どちら様でしょうか? 」


『いるのはわかってるんですからすぐ出てくださいよ。私は厚生労働省の若年層特別雇用対策課の野山と言うものです。はいこれ身分証ね』


「え? 厚生労働省? 刑事とかではなく? 」


 なんで厚生労働省が? 出張ハローワークかなにかか? いや、仕事する気はまだないんですけど!


『ええ、厚生労働省です。警察官が同行しているのですから怪しい者ではないですよ。とりあえず出てきてもらえますか? 』


「は、はい……」


 俺はインターホン越しに提示された顔写真付きの身分証と警官がいることで、これ以上問答して近所の人が集まってきたらたまらないと思い玄関のドアを開けた。


 俺が玄関を開けるとすぐに厚生労働省の野山とかいう禿げたおっさんが、ドアの隙間に足を差し込んできた。

 な、なんだ? この人手慣れてる?


「ああどうも。阿久津さんで間違いないみたいですね。一応念のため確認しますね。阿久津 光さん 29歳独身。血液型はA型で両親は既に他界。兄弟は無し。現在というよりは4年の間無職。間違いありませんね? 」


「え、ええ。間違いありません」


 ここまで個人情報を知ってるってことはやっぱり警察なんかも絡んでる?


「私たちがここに来た理由はご存知ですね? 」


「え? 理由? いえ、さっぱり……」


 なんでこのおっさんはいちいち高圧的なんだ? 丁寧な言葉を使っていても敬意のカケラも感じない。出張ハローワークですか? とか絶対言えない雰囲気だ。


「おやおや……テレビやニュースを見てないんですか? 若年無業者特別雇用法のことは? 」


「テレビはまったく見ないので……ネットのニュースもまったく。ですからその若年? なんとかという法は知らないです」


「若年無業者特別雇用法ですよ。あなた達のような人間にはニート特別雇用法と言った方がわかりやすいか。働かずにのほほんと生きている、社会のゴミと呼ばれてるあなた達にはね」


「なっ!? しゃ、社会のゴミ!? そ、そんな言い方はないじゃないですか! 色々な理由があって働けない人だっているんですから」


 この野郎……マスコミの広めたニートバッシングに乗っかった奴だ。厚生労働省の人間が、雇用を生み出す努力をする側の人間が人をゴミ呼ばわりしやがって!


「ええ、知ってますよ? 病気で働きたくても働けない者、働きたいが仕事が見つからない者。色々と若年層無業者にはいます。ですがあなたは違うでしょう? 健康なのに仕事をする気がない。両親の遺産で食っていけるからと4年も仕事を探しもしていない。つまり働く意欲がない。違いますか? 」


「そ、それは……前の会社で色々あって……その……」


「仕事をしてれば嫌なことなんて毎日あるんですよ。私は今この瞬間もそれを感じています。ここにいるお巡りさんだってそうです。嫌な仕事ですよまったく」


 くっ……言い返せない。でもだからなんだって言うんだ? ニート特別雇用法? 去年の暮れになんかネットで騒いでいたのがいたな……確かニートを無理やり働かせる法案が通ったとか。そんな非人道的な法案が通るわけないフェイクニュースだと掲示板を見なくなったが……まさか……


「も、もしかしてニートを無理やり働かせるっていう法案が通ったんですか? 」


「なんだ知ってるんじゃないですか。そうです。昨年に法案が可決してこの春から実行されたんです。対象は25歳から35歳の健康な男性で、昨年12月までの間に継続して6ヶ月間の就業を2年以上していない者、就労による規定の納税額に達していない者、そして就業意欲のない者です。今回は最初の年ということで過去3年以上就職活動をしていない者が対象です。これは強制です。我々が指定した仕事を最低6ヶ月してもらいます」


「え!? 拒否権がない!? それじゃあ強制労働じゃないですか! そ、そんな馬鹿な法律が……」


「通ったんですよ。反対する団体もいましたが概ね民意を得てね。一般の汗水垂らして働いている国民から、この不景気に働く意欲もなく生きている人間が許せないと。ホームレスならまだ許されるでしょう。その惨めな姿を見て鞭打つ人はいないですから。ですが住む家もあり食べるお金もある。M-tuberでも投資でもやってそれなりに税金を納めていれば対象にはならなかったんですがね。預金があるからと3年以上も国内でのほほんと生きている者や、いい歳して親に養ってもらっているような人間は世間ではゴミと呼ばれているんです。そういうわけで我々も時間がありませんので、15分で支度をしてきてください。次に行かないといけない家もありますので。お金や貴金属は必要ありません、着替えだけでいいですよ。働いていただくところには寝泊まりする場所がありますから。拒否または逃亡した場合は不本意ですが拘束させていただきます。ああ、この家は包囲されてますから無駄な抵抗はやめてくださいね? 」


 そ、そんな……こんな無茶苦茶なことって……これは本当に現実なのか? こいつらは実は偽物でドッキリとか? いや、警官の目がマジだ。え? 拳銃になんで手を掛けてるの? 普通警棒じゃない?


 後ろのパトカーの周囲にも警官がいる。本当に包囲されてるっぽい? ヤバイ……ドッキリじゃなさそうだ。


 どうする? いやどうしようもないか……こうなったら仕方ない。恐らく誰もやりたがらないキツイ・汚い・危険な3Kの仕事をやらされるんだろう。半年、半年の我慢だ。


 ちくしょう……こんなことなら仕事探しだけでもしとくんだった。

 半年働いたらもう絶対就職しよう。


 そしてこの法案を可決した政治家どもを選挙で落とす運動を始めてやる。全国のニートたちよ! その時は俺に力を分けてくれ!


「わかりました。おとなしく同行します。それと仕事ってなんですか? どんな仕事を6ヶ月も泊まり込みでやらされるんですか? 事件現場の遺体処理とかだとちょっと……」


「それも知らないのですか? 仕事はダンジョンでの資源採集ですよ」


「 ええ!? だ、ダンジョン!? 」


 俺は不機嫌な顔をして早くしろと言わんばかりの役人と、その後ろに立つ警察官を前にただただ絶望するしかなかった。









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