349話 機動鎧の秘密兵器

機動鎧の無事な片腕は肘で曲げられ、盾を構えるかの如く体の前に。―いや実際、盾は構えられている。


その前腕部には、搭乗者であるソフィアが開発した障壁発生機構『シールドシステム』が。その半透明なバリアは幾回砕かれようとも、機構が壊れずエネルギーがある限り、再度盾となる。



…しかしそんな腕と対照的なのが、先程獣人に叩き折られた方の腕である。ソフィアの操作によりガード体勢を取っている他の部位とは違い、そこだけはまるで関節が外れたように、腱が切れてしまったかのようにブラリと伸び切っている。


なるほど、獣人達に気取られぬようたった数分も無い間に修理をし、千切れた箇所を繋ぎ直して見せたソフィアの手腕。それには目を見張るものがある。流石と言うべきであろう。


だが敵は、竜崎が簡単にのされ、勇者も賢者も苦戦している『暴力の結晶体』のような存在。化物ネズミの様な多少強化された雑魚程度ならば(とはいっても上位精霊を狩るほどの実力だったが)いざ知らず、相手が悪い。



だというのにだ。ソフィアの声は微塵も闘志冷めやらぬ。しかも『秘密兵器を見せる』とまで言い放ったのである。


女傑―。そう呼ぶに相応しい男勝りの彼女は、やはり竜崎達と共に戦争を潜り抜けた英雄の1人であった。






「アリシャ、行きましょ!」

「ん!」


機動鎧は背のブースターを吹かし空へ、勇者は地を蹴り走り出す。ツーマンセルの三次元戦闘法である。


「あークソッ…! やっぱこうなっちまったか!!」


大きく舌打ちをし、構え直す獣人。彼は先程、蠅のように跳び回るであろう機動鎧をうざったがり、先に潰そうとしたのだ。


しかしそれを阻まれた今、思いっきり想像通りの面倒な目に遭ってしまった。空と地上からの波状攻撃、躱しにくく、攻勢に転じにくい。



機動鎧の放つマジックミサイル、そして剛腕剛脚によるパンチやキックは岩すら容易く砕く。…だが正直言ってしまうと、今の獣人にはさほど効きはしない。


かといって無視をしてしまうと、隙を突いた手痛い一撃となる。それに、背後に背負った魔術士を狙われるわけにも行かない。


しかし、今度は機動鎧ばかりに注力すると―。


「はぁっ!」

「ぉおっ…とっとっと…!」


勇者の冴えわたる剣技が獣毛を掠りとる。しかも彼女の剣は未だ紅蓮。氷はまたも溶け出し始めた。



「あー…うざってェ!!」


と、獣人は魔術士から貰った黒刃を全て動員。迫りくる勇者と発明家へと向ける。しかし―。


「――!」

「効かないわよ!」


褐色の肌に浮かぶ紫光を煌めかせ、悉くを回避する勇者。黒刃よりも黒く、そして輝く装甲で悉くを弾く機動鎧。多少の邪魔にはなろうとも、決定打にはならない。



だがそれでも、獣人には充分だった。隙を打ち消し、武器を握り直す時間を得る。ただそれだけで良かったのだ。振り回される巨大氷、浮かぶ多数の黒刃、そして神具の鏡は轟音を立て空を切り、絶対防衛陣を築く。


当たれば大きな隙を見せてしまうこと必定、そしてその隙こそが敗北…あるいは死への道だと誰しもが直感的に理解するその動きを前に、勇者達は攻めあぐねる。



秒数にして数十秒程度の膠着が続く。と、動きを見せたのは―。


「アリシャ、頼んだわ!」


『秘密兵器』を持つソフィアであった。







ソフィアの言葉に即座に反応した勇者は、攻撃を強める。降り注ぐ黒刃に身を晒し、服の端が切られるほどにギリギリの回避で獣人へと接近した。


「来るかァ!!」


一方の獣人も、我を忘れたかのように立ち向かう。巨大氷と神具の鏡、その両方を振るい―。


「―はっ!」


「―なっ…!?」


獣人にとって、思わぬことが起こった。自身の身へ向けられるはずの勇者の剣が、突如として方向転換。加えて全身を使い、勇者は迫りくる氷と鏡を大きくパリィしたのだ。


一切の攻撃を捨てきったその行動は力強く、獣人の身はのけ反る。しかし、勇者もまた追撃が出来る状態ではない。一体、何のために―。



「流石、『勇者』ね!」


刹那、空中から声が響き渡る。そこには、ソフィアの駆る機動鎧。そしてそれは、伸び切って再接続された片腕を、獣人へと向け…。


「折られても機能するなんて、流石『神樹の根』と、私の腕! ―照準、確認。接続、全解除。そして…点火!」


瞬間、獣人に凹まされていた前腕部に亀裂が入る。いや、亀裂と言うよりかは接続口。そこからは高温の火が漏れ出し―。


「行くわよ! キヨト考案…『ロケットパンチ』!」


ゴォッッッ!


砲弾の如き威勢を湛えた剛腕が撃ちだされた。






「はぁっ…!? んだそりゃあ!?」


驚愕の色を浮かべる獣人。彼自身、竜崎に腕の一本を叩き切られている状態である。


だがまさか機動鎧の腕が自発的に分かたれ、あまつさえ襲い掛かってくるとは露ほど思っていなかったのだろう。



ただでさえのけ反った状態。加えて驚き怯んだせいもあり、対処が間に合わない獣人。機動鎧の弾丸拳は精確に彼のみぞおちを捉え―。


ドガッッ!

「ぐぅうお…!」


突き刺さった。





軟球よりも硬球、硬球よりも鉄球のほうが激突の際の衝撃が酷いのは明白。撃ち出された機動鎧の剛腕は鉄球と遜色なく重く、硬かった。


もし一般人が食らったのならば、貫通ないしは内臓の破裂さえもしたであろう一撃。だが―。



「ゲホッ…結構効いたぜ!!やるじゃねえか!」


呼吸こそ乱したものの、獣人はピンピンしていた。彼を仕留めるにはこれでもなお力不足であったのだ。


「邪魔くせえ!」


獣人はエネルギーを使い果たし停止しかけの拳を掴む。そして、放り捨てようとした…その時だった。


「かかったわね!」


作戦成功と言わんばかりのソフィアの声。それと同時である。





パシュシュシュッ!


「おぉっ!? わぷっ…!」


突如、獣人が掴んでいた機動鎧の腕から何かが大量に放たれる。それは、小型マジックミサイルに乗った粘着弾。しかも、超強力な。


「だー!またかよ!」


手足へとへばりついたそれを何とかしようと暴れる獣人。実のところその粘着弾は、竜崎が発動した『禁忌の捕縛魔術』に比べればそこまでの拘束力はない代物である。だが―。


「アリシャ!神具の鏡を狙って!」

「―わかった!」


面倒なのが、ソフィアの合図を受けた勇者の剣戟。ともすれば神具を奪われかねない状況に翻弄され、獣人は思うように拘束から逃げることができない。



そして、それが大きな隙と…ソフィアが狙った好機となった。







「―着地と共に固定機構を起動。それと同時に腕の再接続を解除、除却…」


アリシャが時間を稼いでいる間、ソフィアはとある行動に移っていた。空中から地上へと降り立ち、脚部、及び胴部に取り付けてあったとある機構群を動かした。


それはガシャリと音を立て開くと、地面に牙を立てるかの如く深々と突き刺さる。それにより、機動鎧は一切の移動が出来なくなった。



加えて、ロケットパンチを放った腕…獣人に壊され、応急修理をしたはずの腕が急に外れる。千切られた肘から先がドスンと地に落ちる。


否、それだけではない。更に、肘に近い上腕部の一部がバシュッと音を立て外れ落ちる。それはあたかも、何かの蓋が開いたかのよう。



と、機動鎧はその謎に外れた腕を獣人へ向ける。無事な片腕でその腕を支える仕草はまるで、何かをもう一発放とうしている様子であった。



「―戦術機構、発動。安全隔壁、機能を確認。魔力貯蔵槽、及び精霊石を始めとした魔力増幅機構、高速臨界開始。飛行機構、シールドシステム等不必要な駆動域を一時停止、余剰動力を腕の機構へと完全集中…!」


呟き続けるソフィア。と、機動鎧の様子がおかしい。背のスラスター、片腕のシールドシステム、兜のアイライン。起動を示していたランプは消え、駆動音すらも止まる。


代わりに、構えられた太き腕には光が集約されていく。バチバチと青白い雷電すらも放たれ始めた。


その輝きは、腕の先…肘から先が切除され、何かの蓋が開いた箇所へと。見ると、そこには大きなくぼみが。それはまさしく、何かの発射口―。



「臨界まで…目算15秒! 手動照準…恐らく問題なし! キヨト曰く、『オールグリーン』!」


全箇所異常なしを示す台詞を口にしたソフィアは、機動鎧の中でニヤリと笑う。そして、獣人に向け聞こえぬ感謝を投げた。


「腕、壊してくれて助かったわよ! これ、いつ使おうか悩んでたとこだったしね! おかげで吹っ切れられたわ!」


当然、独り言のその言葉は届かない。だが、獣人も機動鎧の異常さに気が付いた。なんとか対策を講じようとするが、勇者がその邪魔をする。



その間に、機構は臨界へ至ったのだろう。腕の先、発射口には光の粒のようなものが集っていく。


「見なさいな…! これが『神樹の根』の強度と性質によって完成した特殊戦術機構…!」


ソフィアの口上に合わせ、光は更に収束し、周囲の光を呑み込むほどに。そして、空に輝く一点の星のように小さくなり―、次の瞬間…!


「キヨト考案、そしてミルスの爺様参考の『秘密兵器』!! 『簡易型収束魔導術砲』!!」



カッッッッッッッッッッッッッ―!!!!



巨大な閃光と共に、極太のレーザービームが放たれた。

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