347話 氷牢の逆用

「ゼエりゃあアアアアッッ!!!」


ビリビリと響き渡る雄叫びをあげ、地を裂きながら巨大氷を引き抜く獣人。中に溜まっていた元転移装置の瓦礫は、空いた下の隙間からガラガラと零れだしていく。



氷の高位精霊フリムスカが作ったその氷の柱は、何人をも寄せ付けぬほどの硬度を誇る。それが一切の繋ぎ目なく、氷塊となっていたのだ。恐らく、今の獣人が破壊しようと試みても、そこそこの時間は必要とするだろう。


…だが、地面はどうか。確かに常人では砕けぬほどに固くはあるが、先程までの戦闘が示す通り、獣人の彼ならば容易く割ることが可能。


加えて賢者の障壁も、数秒前の神具の激突により亀裂が入った。フリムスカが消滅し、氷の権能も消え去った今、もはや獣人にとって氷の柱は柔らかな土に刺し込まれている杭の如く。引き抜くのは他愛もないことであった。





「でっけえがよ…!こりゃあ良い武器になるぜェ!!」


意気揚々と吼える獣人。彼はただでさえ巨躯…今ソフィアが動かしている、人ひとりの身体が容易く入るサイズの機動鎧とほぼ同等の体躯をしている。


そんな彼を優に凌ぐほど、氷の柱は大きい。内部が空洞となっているとはいえ、重量もかなりのものとなるだろう。人を簡単に圧殺できるほどに。


だがそれを、獣人はいとも容易く振り回す。両手で、片手で、まるで大剣の使い心地を確かめるように。


…さくらや装置を守っていた『氷牢』たる氷。それが今や、獣人の武器となってしまったのだ。それ即ち、あの恐るべき硬質さが敵に回ってしまったということである。






「オラァ!」


直後である。動きの兆候が視認できぬほどの勢いで、手にした巨大氷で周囲を薙ぎ払う獣人。その広い攻撃範囲の中には、怯んでいた賢者が。


「ぬうっ…!」


間一髪、身を地へつかんばかりに避け躱す賢者。が―。


「ウオリャァ!」

「ぬ…!? くっ…!」


ドゴッ!


重量のある氷の遠心力を利用し、獣人は回転蹴りを放つ。それにより賢者は宙に蹴り上げられる。更に…!


「おぅらよっっ!」


カッッッッ!!


「ぐぉっ…!!?」


追撃とばかりに飛んできたのは、神具の鏡の一撃。回転する独楽のような動きの連続攻撃である。強かに打たれた賢者は、そのまま壁へと吹き飛ばされた。






「ミルスの爺さまっ!?」


少し遅れ、身の竦みから解放されたソフィアは叫ぶ。壁に激突する直前に魔術で急ブレーキをかけた賢者の様子にホッと息を吐いた…その瞬間であった。


「余所見してると死ぬぜェ!」


「はっ!!?」


彼女の目の前に、獣人が手にしていた巨大氷が投げ飛ばされてきていた。





「ちょっ…! し、『シールドシステム』!」


魔術士を握り遠ざけていた腕を使うのは間に合わない、そのことを一瞬で判断したソフィア。空いていたもう片椀の障壁発生装置を緊急再起動させる。


ゴッッッ! ガガガガガッッ!


「ちょおおおおおっ…!!!」


氷は勢いよく激突し、機動鎧は一気に押し込まれる。が、質量的には同程度であること、反射的に吹かしたブースターが幸いし、ソフィアはなんとか事なきを得た。



「ふぅ…。 ――!どこに…!?」


安堵の息を半分ほど吐いた彼女は、あることに気づき残りの息を呑んだ。岩を投げてきたはずの獣人の姿が、視界のどこにもないのだ。と、刹那―。



「中に腕が通ってんなら、引っ込めときなぁ!」


背後付近から響き渡る獣人の声。ソフィアが弾かれたように機動鎧の顔を動かした…その瞬間であった。


「どぅらア!」


魔術士を掴んでいる機動鎧の腕。そこに向け、獣人が神具の鏡を振り下ろしていた。





ビキィッッ!


かち合った瞬間、盛大な音を立てる機動鎧の腕。数瞬遅れ、肘から先がバキリと折れ落ちた。が、何故か獣人は驚愕の声を漏らした。


「おぉ!? 結構力籠めたんだが…!」


魔術士ごと地に転がった機動鎧の腕、そこの一部が、僅かに凹んでいた。神具の鏡が叩きつけられた個所である。


対戦争用にエルフが編み出した防壁の素材。それにソフィアの加工技術が加わった装甲は、神具の一撃にも耐え抜けるほどであった。…しかし、耐え切れなかったのは関節部分。


操作用の神経代わりとなる魔術糸を通すため、駆動域を広げるため。当然ながら関節部分の装甲、及び強度は極端に低くならざるを得ない。


故に、折れてしまうのは必定であった。寧ろ、あらゆるものを砕き跳ね返す神具&岩や上位精霊の硬質な鱗や高位精霊の盾すらをも穿ち抜く剛力を前に、それだけで済んだことを褒め称えるべきであろう。






「いよっと。無事か兄弟?」


「テ…テメエ…!」


「喋れるなら問題ねえな」


動力を失い拘束が弱まった機動鎧の折れ腕から、即座に魔術士を引きずり出す獣人。悪態をつく魔術士に、彼は肩を少し竦める。



「このっ…!」


と、その隙を突きマジックミサイルを撃ち出そうとするソフィア。が、発射口が開くよりも先に―。


「遅えよ!」


獣人による紫光の力を湛えた神具の鏡ラケットが、機動鎧の胴を勢いよく打擲ちょうちゃくした。



ドカアッッッ!

「うぐっ……!」


重装甲の機動鎧が、まるで大人に蹴り飛ばされた子供の如く地へと転がる。なんとか起き上がろうとするソフィアの元に、巨大氷、神具ラケット、そして魔術士を掴んだ獣人が瞬時に迫り―。


「ブンブン飛び回られても邪魔だしな。寝ときなぁ!」


巨大氷をハンマーのように振り下ろした…その瞬間であった。







「させないっ!!」


ガキッッッ!!



突如乱入してきた小さな影に、氷の一撃は防ぎとめられる。その正体は勿論―。


「アリシャ…!」



声をあげるソフィア。そう、彼女を守るように間に入ってきたのは、『勇者』アリシャ。そして…その巨大氷を止めた神具の剣には、燃え盛る炎が宿っていた。

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