298話 自室に戻り

「どういうこと…!? 確か竜崎さんは、元の世界に帰る方法なんて見つかっていないって…!」


さくらは震える手でノートの端を握る。聞いていた話と違うのだ。


あの時、異世界転移したてのさくらに、竜崎達は帰る方法が見つかっていないことを謝罪した。それも14歳の少女である彼女に土下座までして。


その時こそ困惑こそしたものの、さくらはそれなら仕方ないと半ば諦め、異世界生活を謳歌することに決めたのだ。



…だというのに。今、竜崎のベッド下から見つかったノートには、『元の世界に帰れる可能性のあるもの』と書いてあるではないか。


竜崎が嘘をついていたのか。さくらはそう考えたところで頭を強く振った。


彼が理由なしにそんなことをするわけがない。そんな確信が彼女にはあった。


というか、隠す必要がない。元の世界に帰りたいのは竜崎も一緒のはずである。だからきっと、このノートは意味が無いものなはず…。



「でも…もし…」


もし、帰ることのできる方法が書かれているとしたら、もし竜崎が帰る方法を隠しているとしたら。


人の部屋のものを勝手に見るのはいけないこと。それ以上に、今は贖罪として竜崎の部屋を掃除していること。勿論その思考は頭の中にあった。


しかし、それ以上に興味は強かった。いや、もっと言えばついさっきの事件がその気持ちをもっと強めていた。


出来る事なら、元の世界に帰りたい。この場から逃げたい。罪から逃れたい。そんな気持ちであったのだ。


ごくりと息を呑み、ノートの表紙に手をかけるさくら。そんな時であった。


「すみませーん!ちょっと通してください!」

「あ、あれ!リュウザキ先生の部屋が壊れてる!」

「一体何が…」


廊下から聞こえてくるのは聞き覚えのある友人たちの声。さくらは思わずノートを服の中に隠した。





「さくらちゃーん!」

「あれ?いないのかな…?」

「無事だといいけど…」


竜崎の部屋の隣。さくらが間借りしている部屋をノックし眉を潜めるはネリー、アイナ、モカの仲良し3人組。竜崎の部屋から出たさくらは恐る恐る声をかけた。


「えっと…私は大丈夫だよ」


「あっ!そっちにいたの!?」

「良かった…。怪我はない!?」

「何があったの? リュウザキ先生が焦った様子でさくらちゃんの居場所聞いてきたんだけど…」


心配しながらも嬉しそうにさくらへと駆け寄るネリー達。しかし、上手く答えられず口をもごもごさせてしまう。


「そういえばタマちゃんは?」

「―!」


ネリーの素朴な質問に、ビクッと身体を震わせてしまうさくら。と、そこに―。


「無事だったかいさくら!」

「良かった…。ご無事で何よりです」


現れたのは先輩メストと竜崎の助手を務めるナディ。彼女達も駆け付けてくれたようである。さくらは思わず背中に隠したノートに手をやって押さえてしまう。


「? もしかして怪我でもしたのかい?」


「いえ…!そういうわけじゃ…」


さくらの答えに多少首を捻りながらも、メストはナディと目配せを交わす。と、メストはネリー達を呼び寄せる。その代わりに、さくらの肩をナディが抱いた。


「さくらさん、ちょっとお部屋に…」


ナディに優しく連れられ、さくらは自室へと。扉をパタンと閉じ、ベッドへと座らせたさくらの手を、ナディは膝立ちで目線を合わせながら握った。





「さくらさん、大体のあらましはリュウザキ先生の精霊と見ていた用務員さんから聞きました。よくご無事で」


慈愛の込められたナディの微笑みに、さくらの目にはまたも涙が滲んでしまう。その背中をさするように、ナディはさくらの横に座った。


「タマちゃんは大丈夫ですよ。あの子は強い『霊獣』ですから! すぐに起き上がって戻ってきますよ」


そう励ましてくれるナディ。だが、さくらは気づいていた。彼女が握る手から僅かに震えが伝わってくることに。


きっとナディもタマのことが心配なのだろう。だが、彼女はそれを一切顔に出さず、言葉を続けた。


「今日は授業休んじゃって構いません。リュウザキ先生が戻ってくるまで、タマちゃんに代わり私がさくらさんをお守りします。もしお一人になりたければ、私の精霊を護衛につけておきますね」


そういうとナディは詠唱。数体の中位精霊をベッド脇に座らせた。



「勿論、授業を受けるなり、どこかへ出かけるのも大丈…」


「ありがとうございますナディさん…。ちょっと寝ても大丈夫ですか…?」


ナディの言葉を切るように、さくらは小さく口を開く。それは、1人になりたいの意。察したナディはいつでも気軽に呼んでくださいねと残し、部屋の扉を開いた。


「さくらちゃん!私達もいるからね! 何かあったら何でも相談してね!」


ドアの隙間からひょいと顔を覗かせたネリー達は真剣な顔を浮かべていた。ありがとう、と出来る限りの笑顔を返し、さくらは扉が閉まるのを見送った。






「…はぁ…」


ギシッとベッドを軋ませながら、さくらは布団の上に倒れこむ。正直、誰かに傍にいて欲しい気持ちは確かにあった。


しかし、ナディ達に頼るのは申し訳なかった。やるせなかった。自分が悪いわけではない、そうわかっていても、タマを傷つけたのは自分のせいだという思いが抜けきらなかった。



「ん…?」


と、背中にごそっとした感覚を感じたさくらは服の中に手を入れる。


「あ…」


出てきたのは、さっき竜崎の部屋から持ち出してきたノート。さくらは身体を起こし、改めてその表紙をまじまじと見た。


「……」


辺りを見回しても、誰も見ていない。正確にはナディの精霊がいるが、彼女達は別にこのノートの内容を知る由もない。


さくらは意を決し、その表紙を開いた。

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