292話 下された予言

「お待たせ!」


少しして、シビラが戻ってくる。全身白装束を纏い、顔に薄いベールをつけていた。そして手には、老樹の枝の先に大きめの水晶球がつき、文字が刺繍された細布が数本垂れ下がった形の長杖を握っていた。



そんな彼女に手招きされ、さくらは部屋の中央に片膝立ちに。でもスカートが捲れあがりそうだったため、正座にさせてもらった。床の大理石に描かれた模様は丁度円形の魔法陣のようであった。


「ではこれより、祈祷を始めさせていただきます。ユキタニサクラ、目を閉じ、手を合わせ心を無になさい」


先ほどまでの優しいおばちゃん的口調とは全く違う、厳かな圧さえ感じるピシリとしたシビラの声。さくらは慌てて従った。これが仕事モードなのか。


が、何が行われるのか気になるのも事実。ということでさくらは薄目でシビラの様子を窺うことにした。



「―――。―――。」


竜崎達魔術士が詠唱する魔術式とは全く違う、祝詞のように崇高で、ぶっちゃけ内容がよくわからない文言を口ずさみながらシビラは歩を進める。そしてさくらを取り囲むように設置された燭台に近づき、コツンと杖をぶつけた。


ボゥッと軽い音を立て、燭台は輝き始める。赤、青、黄、緑…どうやら精霊石が仕込まれているらしく、色とりどりの光が辺りを照らした。


驚くべきは杖の水晶球。まるでその光を吸い込むかのように灯っていく。シビラが杖を振る毎に軌跡は虹を描き、天井から注ぎ込むオレンジ色の夕日と合わさり超自然的な雰囲気さえも醸し出してきた。


…いや、本当におかしなことになっている。虹の光が靄のようになり、さくらを包んでいるのだ。中々に神秘的な光景に、さくらを思わず目を少し大きく開いてしまった。即座にシビラに駄目よ、と窘められたが。



幾分祈ったのか、祈祷は最終段階に入ったらしい。シビラは杖をくるりと一回転。そして杖先をさくらの頭の上に振り下ろした。


思わず目をギュッとつぶるさくら。しかし杖は頭にぶつかる直前で見事ピタリと止まった。


「この者に、幸あらんことを。そして禍が退かんこと…を…」


…? 様子が変だ。祈祷の最後の文言のようだが、何故かシビラの言葉は後半震えていた。さくらは恐る恐る目を開け彼女の顔を窺う。


「…!?」


シビラの顔、それはベール越しでもわかるほどに絶句していた。よほどなのか、彼女は杖を掴む力を思わず緩めてしまった。当然杖先はぐらつき…。


ゴンッ

「あうっ!」


さくらの頭を打った。





「あっ…! ごめんなさいさくらちゃん!」


そこで正気に戻ったのか、慌てて杖を引き顔のベールを外すシビラ。祈祷のため、彼女の丸い顔は汗だくだったが、どうも疲労からの汗だけではなさそうである。


―どうしたシビラ? なにかあったのか?―


端で見ていたニアロンと竜崎も寄ってくる。シビラは言いにくそうに口ごもっていたが、観念したかのように口を開いた。


「…ちょっと、祈祷じゃ払えない嫌なオーラが見えちゃったのよ。『何かに襲われ、大切なものが奪われる』ような…。下手すれば、自身か大切な人が傷つくような…ね」




下された予言は、『これから無事にいられる』でも『世界を救う』でもなく、まさかの凶相。息を呑むさくら達に、シビラは一応補足した。


「多分一過性なものだし、すぐ危機は去るでしょうけど…。充分に注意を払う必要があるわ…」


―…マジか。 あー…まあほら、身代わり人形を作っておいてよかったじゃないか!―


ニアロンが気丈に振舞うが、さくらと竜崎は浮かない顔のまま。と、シビラは沈痛な面持ちで竜崎の手を取った。


「…嫌な予感がするの。リュウザキ、ちょっと貴方もここに座って」




半ば無理やり座らされ、祈祷を施される竜崎。先程のさくらに行った時よりも苛烈に、疑念を振り払うかのような動きで杖を振るシビラだが、祈祷終了後思わず頭を押さえた。


「…リュウザキ、貴方にも同じようなものが見えてる。外れてくれればいいのだけど…」


大きく深呼吸一つ。シビラは杖をぎゅっと握りながら、竜崎とさくらを見やった。


「でもこの感じ、二人ともしっかりと警戒すれば避けられないものではなさそうよ。私はこれしか言えないけど…本当気をつけてね!」


シビラのその祈るような口調に、さくら達はただ頷くしかできなかった。

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