286話 親同然の救世主
「…そして、僕は学園に来たんだ。始めは少し怖かったけど、皆仲良くしてくれた。エーリカやさくらさんのような友達も出来た。本当に、リュウザキ先生の手を取って良かったよ」
話し終えたメストはふぅっと息をつく。今まで隠してきた、胸のつかえとなっていたものを全て取り払ったかのような爽やかな表情を彼女は浮かべていた。
「「……」」
一方のさくらとエーリカは口を閉じたまま。メストの話に引いたのではない。寧ろそんな内容を話してもらえるほど信頼してくれていたことは嬉しかったし、聞きたいことも沢山あった。
だが…なんと言えばいいかわからなかった。何から聞けばいいかわからなかった。何かを返さなければメストを不安にさせてしまうということはわかっていたが、さくら達は口をもごもごさせるばかり。と―。
「はい皆。どうぞ」
いつの間に淹れていたのか、竜崎はお茶の入ったティーカップを全員に手渡す。有難く受け取ったさくら達は一息に飲んだ。甘く柔らかな味は、動かなくなった口を優しくほぐしてくれた。
「まあ…!先生、これってもしや…!」
何かに気づいたエーリカは竜崎を見やる。彼はにっこり頷いた。
「そう、メストの御両親が作った『万水草』のお茶だよ。 美味しいから常に持ち歩いてるんだ」
「えっ、じゃあこの間お邪魔した時に農作業をしていた子供達って、メスト先輩の実の弟達じゃないんですか!?」
「うん。あの子達は元召使の人達の子供や孫達。僕自体は一人っ子だよ。よく頼られていたからつい弟や妹って呼んじゃうんだ」
お茶のおかげで話は開く。そんな中、エーリカは沈痛な顔をしていた。そして意を決したようにメストに頭を下げた。
「あの…メスト様。そんな過去をお持ちとは露知らず、男装まがいのことをさせてしまい申し訳ありません…」
メストの一人称や髪型、所作に秘められた過去を知り、自らの行いを恥じたらしい。だが、それを聞いたメストはクスッと吹き出した。
「違うよエーリカ。確かに大元は当時のことだけど、今は気に入ってこうしているんだ。だから、またいつも通りパーティ―に誘ってほしいな。 あ、もし望むなら髪を伸ばしても…」
「いえ! そのままで! いやでも…長髪のメスト様も捨てがたい…!」
食い気味になった直後悩みだすエーリカに、さくら達も思わず笑ってしまうのだった。
談笑続く中、はたとさくらは思い出す。以前、メストと初めて会った時の会話。あの時メストは竜崎のことを『救世主』と称した。
随分と大げさな…とその時は思ったが、彼女にとって竜崎は本当に救いをもたらしてくれた存在であったのだ。恐らくは
ふと、さくらはチラリと竜崎の様子を窺ってみる。ならば逆に竜崎はメストのことをどう思っているか気になったからだ。
丁度竜崎はメストのことを見つめていた。彼のその目、それはメストが無理をしていないか心配しつつ、彼女が笑っていることを心から喜んでいるようであった。例えるなら、娘を見つめる父親のような…。
そう、『親』。そういえばさっき、エーリカ達と共に駆け付けたであろう兵士の誰かが言っていた。先の竜崎の戦い方は、教師ではなく、親のようであったと。
つまり―、竜崎はメストを『生徒』ではなく『娘』同然として見ているということ。10年間も、メストが小さい時分からずっと目をかけてきたのだ。それも当然だろう。もしかしたら、メストの方も竜崎を父親代わりとしてみているのかもしれない。
―どうしたさくら?―
「あ、いえ!何でもないですよ?」
ニアロンにそう問われ、さくらは慌てて顔を逸らしカップに口をつける。もし捕まったのが自分だけだったらどうなっていたのだろう。そんな思いを微かに胸の内に残して。
「メスト様、さくらちゃん、そろそろお暇してお部屋に戻りましょう?」
ティーポットに入ったお茶もなくなり、エーリカはメストの袖を引く。そろそろ眠くなってきたさくらは頷いたが、メストは頬を掻いた。
「えーと…。エーリカ、悪いんだけど…」
何故か妙に恥ずかしそうなメスト。少し身体をくねらせ、照れながら言葉を続けた。
「実はリュウザキ先生にここで寝る許可を貰っていて…。ここで寝たいんだ」
「――!?」
あんぐり口を開けて固まるエーリカ。しかしすぐに複雑な表情になった。そもそもメストがここに来たのは竜崎の胸を借りるため、ならばそれを尊重するべき。いやいやでも、男性の部屋に彼女一人残しておくわけには…。それに折角一緒に寝られるチャンスなのに…!そんな感情の狭間で揉まれているのはさくらにもわかった。
と、それを察したニアロンは一つ提案した。
―ならお前達もここで一緒に寝たらどうだ? ベッド広いから3人でも問題なく眠れるだろ―
「「「良いんですか?」」」
さくら達は思わず声を揃える。竜崎はコクリと頷いた。
「構わないよ。私は夜の間やることがあるから寝ないしね。お好きにどう…」
突然言葉を止める竜崎。すると何故か、苦笑いを浮かべた。
「やっぱり一つ、さくらさんとエーリカに条件を設けよう」
「一体なんですの…!?」
エーリカ乗り出すように問う。竜崎は満を持して答えた。
「
「彼女…? メスト様にですか?」
「いや、あっちに」
竜崎が指さしたのは、部屋の入り口。すると、それと同時に扉がギギィと開いた。姿を現したのは…
「あっ…!」
「マーサ先生…!」
白猫タマを抱き、頬をぷくっと膨らませたマーサがそこに立っていた。
「お二人とも…嘘つきましたね…。しかも召使の方達とも結託までして…。私、お屋敷中を探し回ったんですよ…?」
そう訴える彼女の後ろからは、先程部屋前警備をしていた女召使達が申し訳なさそうに顔をのぞかせていた。申しつけられていた命令はしっかり果たしたらしい。優秀である。
「「ご、ごめんなさい…!」」
さくらとエーリカはただただ平謝りするしかなかった。
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