232話 風の高位精霊エーリエル

風に流され上に下に、右に左に。各地に点在する竜巻の横をすり抜け、シルブ達と共に空を舞う。強風を受けると身体が宙に浮きそうになる感覚に陥ることがあるが、もしそれで飛べたらこんな感じなんだろう。そんなことを考えながらさくらは体を委ね飛ばされていた。


ただ、強風が吹いていると言えど服が捲れあがったり、髪がぼさぼさになるということはない。周囲を流れる風は優しく、ただ体を持ち上げる風の強さが感じ取れる。これも風の高位精霊の恩恵なのだろうか。竜崎に至っては、持ってきた資料…紙の束を読みながら寛いでいた。


「私も風を自由に操れるようになれば、こんな風に空を飛べるのかな」


現状浮遊魔術で浮くだけが精いっぱいだが、そこに風を加えれば自由に飛べるかも。そう考えぼそりと呟いたさくらの言葉は、ニアロン達に聞かれていた。


―できるぞ。慣れてしまえば浮遊魔術単体よりも、他魔術を組み合わせたほうが楽に空を飛べるな―


ふと普段の竜崎を思い返すさくら。確かに足場として魔法陣を生成して空を飛んでいた。


「今のこの感覚を覚えていれば、今後結構飛べるようになると思うよ」


竜崎の言葉に、さくらは全身の感覚に集中する。やっぱり独力で空を飛んでみたいものである。





ビュオッ!

「わっ!」


突如風の動きは変わり、さくら達の身体は空中で停止する。周囲の竜巻の動きも変わり、まるで壁を作るかのように囲み始めた。


―お、ついたみたいだな。さくら、覚悟しとけよ―


「え?」


意味深な台詞を吐いたニアロンにさくらが問い返そうとした時だった。


「あれ…? 何か声が…?」


どこからともなく、風に乗ってきたのは歌交じりの女声。その場にいる全員に語り掛けるように、優しく響き渡った。



♪~そよ風そよそよ 強風びゅうびゅう。


風は世界を駆け巡る、強さ弱さを自由に変え。


鳥は世界を渡り飛び、種は新たな地へ芽吹く。


時には背を押し目を潰し、自由自在にかき乱す。


それは気まぐれな風のおかげ、悠々自適な風のせい。


人は風が好きかしら?それとも風が嫌いかしら?


貴方はどんな風を知る? どんな風を覚えている? ~♪



楽し気な歌はそこで止まる。困惑するさくらを余所に、竜崎達は平然と答えた。


「初めて竜に乗って空を翔けた時かなぁ、ニアロンと賢者の爺さんにコツを教わりながら飛べた時の風は気持ち良かった」


―私はやっぱり囚われていた洞窟を出た時だな。清人が死にかけていたとはいえ、心躍ってしまったものだ―


過去を思い出し、懐かしむ2人。と、謎の声はまたも聞こえてきた。


♪~ あらあらまあまあ あらまあまあ。良い答えね2人共。


リュウザキちゃんは優しい子。 毎度違う思い出を、私に教えてくれるわね。


ニアロンちゃんは変わらない。 それだけ強い印象の、思い出があるということね~♪


子供を褒めるかのような優しい声。さくらが呆けながらそれを聞いていると、声は彼女を名指しした。



♪~ ところでかわいいさくらちゃん、異世界からきたさくらちゃん。教えてほしいことがあるの ~♪


「えっ!? は、はいっ!?」


♪~ あなたが元いたその世界、どんな風を覚えている?教えてほしいの、そのことを。私が知らない風のこと ~♪


「え、えーと…」


突然の質問、しかも元いた世界の話を聞かせてくれと言われ少し迷うさくら。あまり相手を待たせるわけにもいかず、とりあえず思いついた思い出を一つ口にした。


「えっと…。部活で体を動かして、汗まみれになったとき、乾かしてくれた風…ですかね。火照った身体に冷たい風が当たって気持ちよかったです」


月並みだったかな…少し後悔するさくらだったが、聞こえてきたのは心底嬉しそうな声だった。



♪~ あらあらまあまあ嬉しいわ!そちらの世界の風達も、皆を喜ばせているようね。


教えてくれてありがとう、嬉しい感想ありがとう。 そろそろ私も姿を見せましょう ~♪




と、さくら達の目の前に風渦が出来る。人よりも一回りほど大きいそれは僅かな間うなりを上げると、ふわっと霧散する。その中から現れたのは、傘を手にし朗らかな笑みを浮かべた女性だった。


「改めまして、初めまして。 私の名前は『エーリエル』。 この地の主をしているの。 どうかよろしく、さくらちゃん」


彼女が纏うは全身を覆う、貴族のようなドレス。しかし派手なものではなく、流れる風の様な模様…いや本当に流れる風なのだろう、仄かに緑に輝くそれが、雲であしらわれたフリルの隙間をそよいでいた。


その髪はシルブと同じ羽により形作られ、綺麗に纏められている。そんな頭の上に載っている小さな女性用シルクハットは竜巻で出来ているらしく常に渦巻いていた。


彼女が手にしていた傘をパチンと閉じると、それは一陣の風となり何処かへと消えていった。


風の高位精霊『エーリエル』。風を纏い、風を操る彼女の出で立ちは心優しき淑女といった様子であった。


「あれ、人間大の姿で登場とは珍しいね」


「小さな姿でいるほうが、人は話しやすいのでしょう? それに実は一つだけ、やりたいことがあるの」


「やりたいこと?」


首を傾げる竜崎に微笑みかけ、エーリエルはふわりと一足でさくらの元に。そして―。


「ぎゅうっ」


さくらを優しく抱きしめた。




「ふえっ!?」


身体を包む感覚に変な声を出してしまうさくら。涼しい風が肌を次々と撫でていくその感じは、こそばゆく、心地よい。


「あれ…これって…!」


ふと気づく。この風の感覚、先程エーリエルに伝えた『思い出の風』にそっくりなのだ。ハッとするさくらの顔を見て、エーリエルは笑顔で彼女の頭を撫でた。


「合ってるかしら、どうかしら? 貴方の思い出通りかしら?  …それなら良かった、気持ちいい? 貴方と違う世界でも、同じ風は吹けるのよ。 どうかこちらの世界でも、風を楽しみ暮らしてね」

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