197話 迎え撃つ②
鳩といえば平和の象徴。元の世界では結婚式やお葬式、今行っているような慰霊式で飛ばすこともあるだろう。だが数十、数百羽と迫るその鳥たちはどうみてもどこからか放たれた様子ではない。というか、虫の大群みたいで怖い。
「あの鳥は大人しく人懐っこいことで有名なんじゃがのう…惨いことを」
ぼそりと呟く賢者。恐らく簡単に捕まえられ尖兵とされてしまったのだろう。だが見た目は本当にただの鳩のよう、ただ群れで飛んでいるようにも見えなくないが…。
「キヨト、力を」
と、勇者は剣を竜崎の前に差し出す。
「何が良い?」
「じゃあ雷」
まるで日常会話のようにやりとりは即座に済み、竜崎は詠唱を開始する。
「雷の上位精霊『ポルクリッツ』よ。ここに」
彼の詠唱が済むと、目の前に現れたのは人と同等に大きいヤマアラシ。ただし普通のヤマアラシではない。全身が金色に染まっており、背に背負った大量の針は常にパチパチと音をたて青白い稲光を見せている。もし触れてしまったら間違いなく感電死してしまうのが分かるほどである。
「彼女の武器に力を貸し与え給え『属性付与:雷』」
主の指示を聞いたヤマアラシは勇者の剣に青白い輝きを注ぎ込んでいく。剣はまず青白い光に包まれ、次第にそれは紫色の雷光となった。
「よし、と。いくよ」
「うん」
剣へのチャージが終わると、竜崎と勇者は短く言葉を交わし動き出す。竜崎が身をかがめ、ニアロンがその上に斜めに障壁を張る。そこに勇者が飛び乗り―。
―行ってこい!―
ニアロンが裏から障壁を叩くと、勢いよく勇者は鳥たちの元へと吹っ飛んでいく。荒業即席カタパルト。エルフでみた景色と逆な構図に唖然とするさくらを余所に、その場にいた魔王達は懐かしいと言わんばかりに眺めていた。
「えいっ!」
瞬く間に鳥の群れと同じ位置まで飛び上がった勇者は、紫電に輝く剣で勢いよく鳥たちを薙ぎ払う。
ピシャアン!!
空に真横の稲妻が走り、轟音が響き渡る。さくらが目を開けると、空に群れていたあの鳥達はいなくなった。たったの一撃で消滅させられたのだ。
「あれってただの鳥だったんじゃ…」
あまりの呆気なさから、さくらは横にいる賢者にそう問う。だが彼はにこにこと笑顔で空を指さすだけ。さくらがそちらに視線を向けてみると…。
「あっ!生き残りが…!」
バサリと少し焦げた翼をはためかせ、数匹の鳥が抜け出してくる。どうやら運よく攻撃が当たらなかったようだ。その様子に何故かほっとしてしまうさくらだったが、直後思わぬことが起こった。
ボゴ…ボゴゴ…!
鳥の様子がおかしい。小さな顔が、体が、翼が膨れ上がり始める。羽毛で覆われていたはずの体は肉塊のように変貌し、羽もまた色が代わり巨大なものへとボロボロと生え変わった。その姿は鷲のように大きな姿へと、人の上半身ほどはありそうである。嘴や爪は鋭く尖り、獲物を突き殺し裂き殺さんとばかりに鈍く輝いていた。
「ひっ…!」
そのまま魔王を狙い急降下しはじめる化け物鳥達に、さくらは思わず悲鳴を挙げる。だが魔王は腕組みをしたまま動かない。ラヴィが一応武器を構えるが―。
バシュ!
空中で身をよじり、空を蹴って一足で鳥に追いついた勇者は剣を振るう。付与されていた雷はまるで意志を持った鞭のように的確に鳥を焼き焦がした。
その雷を纏い踊るかのような動きにさくらは見惚れてしまう。スタッと地に降りた勇者は今さっき倒した化け物鳥の遺骸を掴み、賢者の方へぶん投げた。
「ほっ」
それを空中で止めた賢者は手元に呼び寄せ検分を始める。と、目を背けるさくらに気づき…。
「少しの間はリュウザキの元へ戻っておいたほうがいいかものぅ」
指をくるり、さくらはふわりと浮かんだまま竜崎の真横へ移動させられた。
「大丈夫?気分悪くなってない? 無理しなくていいんだよ」
「大丈夫です! あっ、また!」
未だ不安気な様子の竜崎に元気さをアピールしたさくらだが、すぐさま空を指さす。今度は先程の鳩のような小さい鳥ではなく、鷲のような大きい肉食の鳥。数は先程の鳩を凌ぎ、空はその部分だけ黒く塗りつぶされたようである。しかも…。
「何か掴んでません?」
どうやら鋭い爪に何かを捕えている様子。竜崎が七つ道具のように持ってきていた小型望遠鏡を借り、様子を見てみると…。
「リス?」
彼らが掴んでいたのはリス。それだけではない、鼠や兎。中には犬や猫まで。
「―まさか!」
―そのまさかだろうな―
何かに感づいたらしく、竜崎とニアロンは急いで詠唱。サラマンド、ウルディーネ、シルブ、ノウム…各上位精霊を次々呼び出す。中には雪の結晶体が組み合わさり立体となっている精霊も。恐らくこれが氷の上位精霊なのだろう。
「シューティングゲームじゃないんだぞ…! 『撃て』!」
竜崎の声に合わせ、各精霊は一斉に攻撃を撃ちだす。色とりどりの魔力弾やビームは空を飛んでくる鳥に次々と当たり、燃やし、貫き、凍らせていく。
それで察した魔王と賢者も魔力弾を撃ちだし、対空砲撃が鷲達を襲う。
「わ、私も…!」
さくらはラケットを取り出し構える。だが竜崎から制止がかかった。
「いや、さくらさんは後ろに。あれは鳥と捕まっている動物、
張られた弾幕によって次々と撃ち落とされていく鳥たち。だが、捕まえられていた小動物達まで完全に仕留め切ることはできず、息絶えた鳥から離れ地上へと落下していく。だがその途中で―。
ボゴ…ボゴゴ…!
リスが、鼠が、兎が。その姿は膨れ上がり、原型がないほど巨大な姿へと。中には人の大きさを優に超えるほどに変貌した獣も。生き残った全匹が慰霊場の奥にある森にズシンズシンと着地し、そして…。
「グルルルウルッッ!!!」
狂気を宿した瞳をもつ化け物として、土煙を立てながらさくら達の元へ押し寄せてきた。
「嘘…!」
思わず声を引きつらせるさくら。鳥達が獣を掴んでいた理由、それは輸送のためであった。爆撃の如く、兵を降下させるが如く。暴れる力を温存させるために、小型で長距離を移動できない動物達を空輸し近場で変貌させたのだ。
「やはり全部は無理か…。さくらさん、賢者様の傍に」
言うが早いか、竜崎は未だ続く空輸撃墜を精霊に任せ勇者の元へ。さくらは慌てて賢者の元に身を寄せる。
「だ、大丈夫なんですか…?」
「これぐらいなら何も問題はないぞい。それにしても予想以上に数が多いのぅ。感知魔術を広げてみたが、まだまだ大量に迫ってきておる」
楽しそうに笑いながらさくらの問いを一蹴する賢者。魔王と側近のラヴィも頷く。
「丁度良い。勇者とリュウザキ、2人のコンビネーションを見ておくがいい」
魔王の言葉に、さくらは前線で合流した竜崎達を注視する。たった2人で迫る猛獣達を捌けるのか、ハラハラしながら―。
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