137話 喧嘩
「そうだったのですか…」
「そうとは知らず…」
まさかの方向からのカミングアウトをされさくら自身も慌てていたが、当然最も慌て驚き冷や汗垂らしなのは姫様達。絞り出すような声でやっとそんな言葉を発した。その中には畏敬の念に加え未だその事実が受け入れられないという思いがありありと見て取れた。
「あー…。えっと…。あ、あまり気にしないでください…?」
彼女達を落ち着かせるため、とりあえず宥めるさくら。自分でも何言って良いかわからないため、よくわからない言葉が出てしまう。
どうしよう…と竜崎に助けを求めると、彼は「イブリートがごめんね…」と手振りで示し、姫様達の方に向き直った。
「申し訳ございません姫様、事情を説明させていただきます」
「そういうことだったのですか…」
「確かにその事実が下手に広まってしまえばさくらさんの命が狙われることもあり得ますね…」
流石は一国の王女と騎士団長、物分かりは良い。とはいえ未だ衝撃が引かないのか、声に多少の震えが混じる。
「なるほど。異世界出身者だからあの実力…サラマンドの件も、代表戦の闘い振りも…」
「納得できますわね…」
今まで見てきた功績と照らし合わせ、頷く2人。そこに竜崎は一応の補足を入れた。
「あれらは彼女自身の実力が大きいと思います。私が来たばかりの時、そのようなことは不可能でしたから。さくらさんのポテンシャルは私以上だと保証しますよ」
あくまで異世界出身だという肩書よりも本人の素の実力を評価するように促す彼。ニアロンもまたそれを助ける。
―清人の言う通り、さくらには天性の才がある。まあ、異世界出身者が二人とも強いとなればそう勘違いするのも仕方ないが―
「…ですので、彼女が自身の意志で公表を決めるまでは出来る限り内密でお願いします」
「えぇ、わかりましたわ。さくらさんは我が国の恩人、協力を惜しみません」
なんとか姫様達と約束を交わし、人間側は収束した。だが…。
―さて、あいつらをどうするか―
「割って入るのは厳しいな…」
竜崎が溜息をつきながら見つめる先には、言い争う魔神2人の姿があった。
「あの子が異世界出身だという話は他人が列席している場では持ち出さぬと魔神間で取り決めたであろう!」
「ふん、そもそも隠し事をしなければ良い話だ!敵を恐れ隠し事なぞ戦士として相応しくない!」
叱るようなニルザルルに反抗するイブリート。しかも話はどんどんこじれていき…
「だいたい
「ほう、ならばお主も同じだ…!」
紅茶の飲み方や人への対応の仕方、日常の不満をぶつけるかのように舌戦を繰り広げる彼ら。もう既に人間達がこの場にいるのはお構いなしといった様子である。
「どうしようか…」
上手く仲裁に入れず、頭を悩ます竜崎。さくら達もおろおろとしてしまう。魔神同士の言い争い。貴重なものであろうが、見ていて楽しいものではない。
「あれ…?」
と、その場にいた全員がチリチリと空気が変わるのを感じた。ニルザルルとイブリートの方向から何かが…。
「あ、不味い」
―不味いな―
意見が一致した竜崎とニアロンは急ぎ詠唱を始める。竜崎に至っては杖を出してまでである。
「――。」
作り出されたのは障壁。東屋を、机を、椅子を、そしてさくら達を守るかのように張られていく。
「バルスタイン、一応障壁を重ねて。姫様とさくらさん、自分にだけで構わないから」
「え。はい」
急ぎバルスタインもさくら達の前に追加で障壁を張る。何が起こるのかと身構えた時だった。
「以前のようにここいら一帯を燃やし尽くしてやろうか!!!」
イブリートの言葉と共に、漆黒の獄炎が彼の体を包む。周囲は熱で歪み、障壁が間に合わなかったカップは割れ、紅茶は瞬時に蒸発した。
「やってみるが良い!汝が棲む地を文字通り消し炭としてやるわ!!!」
ニルザルルの言葉と共に、彼女の肌をビキビキと鱗が覆い始める。目はおどろおどろしい竜の瞳へと変化し、顔が竜のものへと変化していく。手足もまた鋭い爪が現れ、翼や尾、角は輝き力を溜めている様子であった。
「―! ギャアギャア!!」
周囲で寝ころんでいた竜は一斉に飛び立ち、東屋から離れていく。姫様の近くにいた小型竜もまた、空高くへと飛び逃げた。
これは確実にヤバい!逃げようにも身が竦んで動けないさくらを庇うように竜崎が、姫様を庇うようにバルスタインが移動したとき、とうとう恐れていたことが起こってしまった。
「「ガアッ!!!!」」
片や炎熱を宿した黒紅の拳。片や全てを切り裂かんとする輝く竜爪。両者の一撃が、ぶつかり合った。
カッ!!!!!
間近で弾ける閃光。次には耳が砕けるほどの爆音。思わず目を瞑ったさくら達が次に見たものは…。
「…!!」
目の前にあった机、その上にあった茶器や菓子類。そして、東屋を構成する柱と屋根。その全てが切り刻まれ燃えカスとなって転がっていたのだ。
「ま、周りが…!」
バルスタインの声でハッとなったさくらが首を動かすと、(元)東屋の周囲10mほどの草原が全て消滅。ただ灰となって黒くその場に残っていた。
「守り切れなかったか…。皆、怪我はない?」
―…よし、全員異常なしだ。まあさくら達を守れただけ御の字だな―
魔神同士の小競り合い、しかもたった一撃ぶつけ合っただけでこの威力とは。さくら達は彼らの恐ろしさを痛感する。
―全く、召喚者の身になってほしいな…魔力が一方的に吸い取られたぞ―
「ただの喧嘩だから威力は相当押さえたみたいだけど…。参ったな、建物を出来るだけ壊させるなって巫女さんたちから注意されてるのに…」
これでも威力が低いということか。魔神、その名に相応しい実力の片鱗を味わってしまった。
それでも未だ睨み合う魔神達。怒りは醒めていないようだ。このままではいつ二発目が放たれるかはわからない。
「ど、どうしましょう…」
姫様は足を震わせながら竜崎を窺う。すると彼は考えるポーズ。
「うーん。よくあることですし、ほっといても勝手に落ち着きますが、まだ話が終わっていませんしね…。もう一人呼びますか」
「も、もう1人…?」
「えぇ。ニアロン、誰が良いと思う?エナリアス?」
彼がさらりと提案したのは水の高位精霊である。まさかもう一人魔神を呼び出そうとしているのか。
―そうだな…。あいつは面白がって余計話がこじれそうだ。できれば両方とも同時に鎮めてくれるやつがいいが…―
「と、なるとやっぱり妹さんかな」
―だな。少々荒療治だが、あいつなら同時に叱ってくれるか―
妹?荒療治?訳の分からない会話を交わす竜崎達を、さくら達はただ見守るしかなかった。
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