116話 代表戦⑮
「機構、作動…!」
魔族の子は杖についた限界突破機構を起動し、もう片方の手で持った魔導書を開き詠唱を始める。
「―――。」
バチバチバチと音を立てる杖を掲げながら、仄かに輝きつつ自動でページが捲れていく書物に目を落とし口を動かす魔族の子。その姿はザ・魔法使い。その格好良さに少し見入ってしまうさくらだったが、何かに気づいたメストの焦った声に意識を戻される。
「この詠唱は…!まずい!さくらさん、彼女を全力で止めて!」
メストの指示に慌てて動くが、もう一人の魔族の子が立ちはだかった。
「させません!」
「その詠唱方法は危険だ!魔力を極度に消耗する!」
メストは必死に呼びかけるが、相手はそれを理解しての行動のようで。
「わかっています。ですが、その分あの装置があれば成功率は大きく跳ね上がるはずです。それに、貴方たちに勝って先輩に大手を振って報告したいんです!」
今まで無敵を貫いてきた土精霊の防御壁を無惨に散らされ、3対2の状況から速攻で1人落とされた彼ら。功を焦っているのは誰の目にも明らかだった。その鬼気迫る勢いにさくら達は攻めあぐねる。
「詠唱の邪魔さえすれば…」
隙を見つけ、精霊を詠唱者の元に潜り込ませるが…
バスッ!
「ぐっ…」
「体を張って…!?」
なんと、詠唱中で無防備な仲間を守るために自身の体を盾としたのだ。
「そこまでして…」
いったい何を召喚するのか。さくらは怖気に包まれた。
その後も全ての攻撃を阻まれ、詠唱を進んでいく。そして、とうとう完成してしまった。
「なんとか…間に合いました…。恐らく上手くいったはず…。メストさん、さくらさん。覚悟してください…!」
詠唱を終えた魔族の女の子はかなりの息切れを起こしているが、その口ぶりはまるで勝利を確信したようなものだった。
「我が召喚に応じよ!炎の使者たる大いなる存在、火の上位精霊『サラマンド』!」
彼女の目の前に巨大な魔法陣が展開する。それは赤く輝き、火を纏い始めた。
「間に合わなかったか…。さくらさん、こっちへ!」
メストにぐいっと手を引かれ、さくらは彼女とともに距離をとる。炎を纏いつつ、現れたのは巨大なる火蜥蜴。その全身が召喚され切った時、その上位精霊は空気をビリビリと振動させるほどに大きい声で吼えた。
「グルオオオオオオオ!!」
それを確認し、詠唱した子はぐしゃっと地面に倒れこみつつも喜びの声を挙げた。
「やった…!初めて成功した…!」
「サラマンドだと!?」
「召喚に成功する子がいるなんて…」
観客席の人々は突如として現れた火の化身に驚嘆する。闘技場にいる選手達も手を止めてしまう。
「嘘だろ…」
「すごい…」
羨望の眼差しが一斉に魔族の子に集中する。その小気味よさを彼らは甘受していた。
だが、彼らは気づいていなかった。そもそも精霊術は中位精霊を数体操れれば一人前。精霊使役を生業としている人々でさえ上位精霊を見る機会、ましてや召喚する機会なぞ稀にもない。そのため、
「あの子…暴走している…!」
魔力を極限まで消費したらしく、動くこともままならない様子の詠唱主はチームメイトに体を支えられ立ち上がる。
「やった…これで優勝は貰った…。やりましたよノルヴァ先輩…!」
いうなれば一般人の前に戦車が投入されたようなもの。そう確信するのも当然だろう。
「僕1人で倒せるか…?」
メストはさくらを庇うように剣を構え相対する。さくらは以前竜崎と共に暴れるサラマンドの対処をしたが、ここまで近距離で見たわけではない。自身の熱で空気を歪ませ、チリチリと周囲を焦がしている巨大な精霊からは恐怖しか感じない。
「さあサラマンド、残った皆のゼッケンをとって!」
詠唱主は意気揚々と命令を下す。しかし―。
「……」
「サラマンド…?」
全く動こうとしない上位精霊。それどころか―。
「グラオオオオオオオオオオ!!!!」
明らかに周囲全てを威嚇するような雄叫びを挙げた。その耳をつんざくような声にさくら達は思わず耳を塞ぐ。
「言うことを聞いて…!」
なんとか操ろうと指示を送る詠唱主。だが、サラマンドは振り向くことすらせずに、うざったそうに燃え盛る尾を魔族チーム2人に叩きつけた。
バチンッ!バキンッ!
「あぐっ…」
「がっ…」
炎を纏う重質量の尻尾。それが鞭のようにしなり彼らを襲う。土で作られた胸元の防御壁なぞ何も意味を介さず、ゼッケンごと砕け散った。
「グオオオオ!」
獲物を仕留めたと喜びの雄叫びを挙げ、のっそりと体の向きを変え、魔族の子達の方をむこうとするサラマンド。
「いけるか…!」
それを好機と捉え、メストは仕掛ける。
ビュッ!
そんな状態からも尾がしなり、邪魔者を叩き落そうと飛んできた。
「これぐらいなら…!」
彼女はそれを躱し、サラマンドの背に飛び掛かろうとする。狙うは精霊が持つ「核」それさえ破壊できれば一瞬で蹴りがつく。だが―。
「グオッ!」
ドウッ!
その巨体からは考えられないような速度で首を曲げ、炎の砲弾を飛ばしてきたのだ。
「!『青き薔薇よ、我を守れ!』」
メストは反射的に茨の壁を作り出す。よほどの実力者でなければ破れないと竜崎からお墨付きを受けた捕縛茨を転用し作られた、実際に限界突破機構を使用したオーガの攻撃すらも凌いだ茨壁。急ぎ作り出したため耐久力は先程よりも弱いものだが、それでも数秒程度は抑えられる。そう思っていたのだが―。
ボゴォ!
まるで薄い紙にぶつかっただけように、炎弾はほとんど止まることなく貫通してきた。
「くっ…!?」
予測が大外れ、メストは無理やり炎弾を剣で力いっぱい弾く。あらぬ方向に吹き飛ばされたその弾は観客席空中の障壁に当たり、ヒビを作った。
「きゃあ!」
「危険だ!避難しろ!」
大慌ての観客席。ただ自国の代表達の雄姿を見に来ただけなのに、命が脅かされるとは思っていなかったのだろう。急ぎ障壁が張り直される。
「しまった…魔力酔いに…」
その場でガクリと膝をつくメスト。炎弾に含まれた高純度の魔力に当てられてしまったらしい。そこに追撃として、またもや尾が飛んできた。
「うっ…」
彼女は気力を振り絞り、手に持つ武器でガードを試みる。
バギィン!
「っ…!」
武器は粉々に砕け散ったものの、受身が間に合いメストは地面に転がるだけで済んだ。だがその際にゼッケンを持っていかれたらしく、彼女の胸には焦げ跡だけが残っていた。
「大丈夫ですかメスト先輩!?」
さくらは急いで駆け付ける。心配そうな顔を浮かべる彼女に対して、メストは気丈に振舞った。
「大丈夫さ、ちょっと全身が痛むけどね…」
そうは言うが、武器も折られ、ゼッケンもとられ、立ち上がれない様子。さくらは彼女を守るためにサラマンドに立ち向かおうとした。
「もしもの時は…」
さくらは一時的に鏡に張られた障壁を解除する。ルール違反で敗退しても構わない。先輩を守らなければ…!だが…。
「あ、あれ…?」
サラマンドはさくらの方を振り向くことなく、自らを呼んだ魔族の子達のほうに歩み寄る。何をしようとしているのか一瞬わからなかったが、続いて聞こえてきた彼らの悲鳴で理解した。
「ひいいい!殺さないで…!」
「た、助けて…」
以前竜崎は言っていた。たとえ上位精霊を召喚できたとしても、契約を上手く結べなければ食べられてしまうと。まさか…!
「嘘…駄目…!!」
さくらがそう叫ぶが、暴走状態のサラマンドには届くわけがない。勿論、精霊にはこの試合のルールなぞ関係ない。口を大きく開き、動けない魔族の子達に無情にも噛みつこうとしたその時。
ドッ!
サラマンドの巨体が何者かに打たれ少し吹き飛ばされる。思わぬ妨害を受け叫ぶサラマンド。その顔面に何かの魔法陣が当てられた。
「どうどう」
「グウオオオオオ…オ…オ…ン」
それと同時に先程まで猛っていた火の上位精霊はまるで借りてきた猫のように落ち着いた。
さくらは目を凝らすと、そこにいたのは竜崎だった。
「医療班、彼女達の回収をお願いします」
竜崎の指示に合わせ、後から担架を持った職員達が現れる。医務室に連れていかれようとする魔族の子達を少し止めてもらい、少し注意を行った。
「普通の魔術ならばあの限界突破機構を使って詠唱するだけで良かったんだけど、精霊術を含む召喚術はどう契約を結ぶかが肝。それは本人の実力次第で、装置での代用は不可能なんだ。肝に銘じておいてね」
「はい…すみませんでした…」
「だけど、補助ありきとはいえ召喚に成功するとはお見事。教えがいいんだね。このまま研鑽を積めば一流の精霊術士になれると思うよ」
「! あ、ありがとうございます…!」
自分達の師が仰ぐ伝説の存在。そんな彼からお褒めを受け、彼らは心底嬉しそうだった。
竜崎は次にメストの方に駆け寄った。
「メスト、無事かい?」
「はい、先生。なんとか」
「よく頑張ったね。まさかあの炎弾を剣で弾くとは。立派になったなぁ」
親戚の叔父さんのような感想。思わずメストはくすりと笑う。だがそれも痛いのだろう。直後顔を少し歪ませた。
「残り少し。さくらさん、頑張ってね」
―まだ奥の手はつかえる。気張れよ、さくら―
サラマンドを返し、さくらに激励を行ってメストを乗せた担架と共に戻っていく竜崎。クラウスがやられ、司令塔であるメストもいなくなった今、学園代表はさくらのみとなってしまった。
「どうしよう…」
そう呟くが、何も考えは浮かばない。鏡に障壁を張り直し、とりあえず武器を構えるさくらであった。
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