100話 代表戦直前 観戦者達

開始時刻まではまだあるが、次第に緊張した空気が張り詰めていく控室にいると変に呑まれそうになったさくらはメストと共に散歩をすることに。ちなみにクラウスはお留守番。ジョージから教わったという瞑想を試しているらしい。


コロッセオ内も応援のために駆け付けた各国の生徒や家族、友達などが増えてきており、賑わいが出てきた。この衆目の前で闘うということを想像すると、心が引き締まる思いだ。



「あっ!いたっス!さくらさーん!」


正面から手を振りながら迫ってくる小柄な女性。さくらの見知った顔だった。


「あ!ロニさん!」


彼女はロニ・トーニル。少し前ドワーフの国で問題を起こしていた学園の卒業生。今はさくらの提案により洞窟探索型アトラクションを手掛けているはずだが…。


「母校の試合ですから、息抜きがてら無理に頼んでついてきちゃったんス!アトラクション製作も順調なんで、もうしばらくしたら試遊にきてくださいっス!」


とのことである。竜崎に会ってさくらが出ることを聞き、探してくれていたらしい。あの時のお礼とばかりに彼女はアドバイスをくれた。


「気をつけてくださいっスね。ご存知でしょうがドワーフ族は小柄ながらも力があるんス。一説ではオーガ族が作られた理由はドワーフ達のような力持ちしか使えない武器を接収し、使うためだと言われているぐらいなんスから!あと、今回の代表生徒は搦め手を使ってくると思うっスよ。なにせ私が罠の魔術を教えたんスもの!」


「ロニさん、それ言っちゃって大丈夫なんですか…?」


「あっ…。ま、まあ大丈夫っスよ!」 


思いっきし情報漏洩である。他の出場者がその場にいないことが救いだった。




彼女と別れ、暫し歩くとまたもやさくらを呼ぶ声が。


「さくらさん!」


「副隊長さん!」


続いて出会ったのはエルフの国でお世話になったあの副隊長だった。やはり妹の晴れ舞台とあって見に来ていたようだ。しかし、私服ではなく以前と同じくエルフ軍の制服を着ている。どうやら誰かの警護も務めているらしい。


「ご出場なさるので?」


「はい!妹さんにお会いしましたよ!」


「ほんとですか!私の妹、強いですよ。優しい子だからって舐めたらいけません!」


自慢の妹なんですよ!と彼女は胸を張った。



と、後方から十数人の足音。そして周囲がざわつく声が聞こえる。副隊長は慌てて横に逸れ敬礼をした。現れたのは―。


「おぉ、先日の子か。其方も代表なのか?」


「じょ、女王様!」


なんとエルフの女王である。竜崎は王様も来ることがあると言っていたが、本当にいらっしゃるとは。思わず傅こうとするさくらとメストを女王は止めた。


「大臣を救ってくれた其方ならば我らの代表と良い勝負が出来そうだな。ところで、其方の友人は来ておるのか?特にあの元気な…」


「ネリーちゃんですか?後で応援に来てくれるって…」


「ほう、そうかそうか」


にっこり笑う女王。何か企んでいるようだが、その真意は読めなかった。





「さくらさん、エルフの女王陛下とも面識があったんだね。すごいな…」


学園の卒業生に加え、今度はエルフの女王。さくらのやけに広くなった人脈にメストは脱帽する。最も、全て竜崎に付き添った結果ではあるのだが。



と、壁に寄りかかる見慣れた男性の姿が。


「竜崎さん?」


「ん? あれさくらさんとメスト。準備はいいの?」


「ちょっと待機所にいると緊張しちゃって…」


「あー、わかるな。落ち着かないよね」


うんうんと同意する彼に、メストは問いかける。


「先生はどうしてここに?」


「ゴスタリア王に呼ばれていたんだけど、少し込み入っているようだから待ってたんだ」


竜崎は目で横にある観客席を示す。そこを覗くと何人もの兵が警護をしており、その奥にはゴスタリア王が座っていた。傍には騎士団長であり、メストの憧れの人であるバルスタインも控えていた。


どうやら様々な国の大臣や貴族達が挨拶に来ているらしく、忙しなく人が動いている。



そんな折、どこかの貴族かが発した小さく嘲笑気味な声がさくら達にも聞こえてきた。


「しかし、よくもまああんな事件を起こして平然と王位に留まれるものだ。気は確かなのか」


一国の王に対する台詞にしてはあまりにも無礼。だからこその陰口だったのだが、場所が悪かった。予想以上に声が響き、その場にいた全員の耳に届いてしまった。


一斉にその声の主に視線が集まる。瞬間本人は顔を青くさせるが、吐いた唾は飲めない。バルスタインを筆頭に兵達は剣に手を伸ばした。


だがゴスタリア王はそれを制し、慌てて平伏す相手を立ち上がらせた。


「貴君の言う通り、私は国を混沌へと陥れてしまった。当然、贖罪のために王位を降りようとした。しかし、民はそれを認めてくれなかった。『サラマンドは復活を果たし、国は問題なく稼働しはじめた。かつての争乱の際から国を守ってくれた王、今日まで心血を注ぎ寸暇を惜しんで国を成長させてくれた貴方をたった一度の不手際で引きずり下ろすなんて考えたくない。どうか、変わらず王位についてくれまいか』皆、不甲斐なき私にそう言ってくれたのだ。正直、心情を吐露させてもらうと、その期待こそが何よりも重く、痛い。だが、それこそが罪であり、罰だ。私に出来る贖罪はこのまま王として、再び託された我が国により一層の成長と安寧をもたらすこと。この場で誓う。もう二度と、民を迷わせることはしない」


彼の言葉に一切の迷いはなく、その目、その姿には毅然とした信念が宿っていた。



非礼を詫びる貴族をも何事もなく帰し、場が収まったところで竜崎が王の元に向かう。


「竜崎清人、馳せ参じました。お久しゅうございます」


「おぉ。リュウザキ殿、忙しいところすまない。実はお願いしたいことがあるのだ。先日、わが国を救ってくれた謎の竜について調査をしてくれまいか。恐らくイブリート様のお力によるものだと思うが、あの御方は知らないの一点張りでな。調査隊への正式な依頼とさせていただきたい」


え、それは大丈夫なのか。陰で心配するさくらをよそに竜崎は直ぐに返事をした。


「わかりました。とはいえ残念ながら現状見当がつきません。お力になれるかはわかりませんが…」


「構わない。ハンター達も大分増えて来てしまってな。調査隊の正式な回答をもってかの竜の保護を行いたいのだ」


「承知いたしました」


そんな安請け合いしていいの…!? 思わず声が出そうになるのを必死で堪える謎の竜の正体さくらなのだった。



「王よ、他にも挨拶にお見えになった方が…」


兵の1人にそう耳打ちされ、王は申し訳なさそうに礼を述べ話を終わらせる。そこで竜崎が申し出た。


「一つお願いがございます。騎士団長殿をほんの少しお借りしてもよろしいでしょうか。御身に代わり、うちの代表生徒達に激励をして頂きたいのです」


「む、そうか。確かバルスタインは学園出身だったな。行ってあげてくれ」


「はっ!」




「代表ってメストさんとさくらさんでしたか!」


「バルスタイン団長に激励をしていただけるとはこ、光栄です!」


竜崎のファインプレーにより、敬愛する人に面と向かうことになったメストは声が震えている。そんな彼女をバルスタインは心配してくれた。


「大丈夫ですかメストさん?」


「問題ありません!お気遣いいただきありがとうございます!」


「とてもそうとは思えませんが…。我が国の代表生徒達も本気です。決して気を抜かぬよう、全力でぶつかってあげてくださいね。皆さんの活躍、私も応援させていただきます」


「はい!全身全霊で挑ませていただきます!」



王様の代わりに激励してもらうと竜崎は言っていたが、間違いなくこっちのほうがメストにとって嬉しい。そんなことが一目でわかるほどには、激励を貰った後の彼女はテンションが上がっていた。

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