76話 想起 竜崎との出会い ニアロン


「―――…これが、彼が…清人が生贄となった経緯よ」



そう言い、一旦話を切るクレア。いつの間にか寝てしまった息子カイルを抱きかかえ、ベッドへ移動させにいった。




「壮絶……」



残されたさくらは息を呑み、小さく呟いてしまった。色々と世話を焼いてくれ、時には親ばりに過保護なリュウザキが、異世界転移を果たした際にそのような騒動に巻き込まれていたとは…。



「…聞いておいてなんですけど……こんなこと、話してくれてよかったんですか…?」



戻ってきたクレアにおずおずと問うさくら。彼女は再度椅子に腰かけ、背中をギシリと預けた。




「あの時、清人が死んでいたら…奇跡が起きて彼が生き残り、私達を赦してくれることがなかったら…。 私は両親を許さず、村の皆を憎み続けていたかもしれないわね…」



さくらの問いに正確には答えず、もしもの…もとい、本来起きたはずの世界線へ思いを馳せるクレア。



それは、さくらに語ったことで…竜崎と同じ出身の彼女に事実をつまびらかに話すことで、僅かながら贖罪を成したという淡き心持であった。






―ま、清人はああして生きてるわけだが―




…そんなしんみりとした空気をぶち壊すように、言い放ったのはニアロン。最後の料理をひょいっと口に放り込みながら。



「そうなのよね。清人が本当に亡くなっていたら、こんな気軽に話せないし。それこそ村は未だに小さいまま、次の生贄にむけ戦々恐々としていたはずね。 ニアロン、おかわりいる?」



彼女の言葉に救われたように息を吐きながら、そう問うクレア。ニアロンはにやりと笑った。



―食べたいのは山々だが、今食べ過ぎるとさくらが代わりに太ってしまうからな―



「えっ!ちょっ!?」



とんでもない台詞に驚き慌てるさくら。次いで場には、朗らかな笑い声が満ちる。





…かつては生贄になる立場と、生贄を欲する立場。 魔物と呼び怯える立場と、魔物と呼ばれ憎まれる立場。


そんな2人が今はこうして和気藹々と食卓を囲んでいる。本来ならあり得ぬこの状況、これも竜崎がとりなした縁だということなのだろう。









「さて、このままじゃ清人が死にに行っただけだし。お話、続けようかしら?」



食器類を片付け終えたクレアは、そう切り出す。 さくらはお願いしようとしたが、その前にニアロンが入ってきた。



―なら、私が話そうか。 清人がどうやって生き延びたか、説明を挟んだほうがいいだろう―




「あら珍しい」



その申し出に少し驚くクレア。ニアロンはそんな彼女にフッと笑んだ。



―お前にさんざ語らせといて、私が語らないわけにもいかないだろう。 さくらにはこの間簡単に話したが…そうだな、今回は『洞窟の魔物』として…『私の視点』から話すとしよう―









~~~~~~~~~~~~~~~




―――あぁ、まただ。またこの時が来てしまった。



以前に捧げられた人は肉塊となり、骨となり、当の昔に塵となった。私に戻った呪いの魔力は時と共に溜まり、溢れかけている。



弱り、薄くなったこの身では到底抑えきれない。また生贄を貰うしかないのか…。『洞窟の魔物として……。






――外が騒がしい。どうやら選ばれた若者が到着したようだ。…幾度目だろうか。 風も光も届かぬ洞窟奥に閉じ込められ、既に年月がどれほど経ったのかはわからない。



誰かが近場に村を作ってくれたおかげで迷い人や旅人を無理にかどわかす手間が減ったのはありがたい。しかし…生贄になる人が入ってくるこの瞬間は、何度経験しても慣れぬもの。



若く未来があったはずの『誰か』を、無情にも殺めなければいけないのだから。心苦しさで胸が痛くなる。








…ジャリ、ジャリと音を立てながら、ゆっくりと歩いてくる音が聞こえてくる。そして音の正体…とある青年は、目の前で止まった。




―来てくれたか……。 ……? なんだ…お前は…?―




「イケニエ」




―いや、それはわかっている。そこじゃない。私を見ても無反応だと思ったら、なんだその目は、顔は。生気がまるで無い……―




…そこまで口にして、私は噤む。自分が何をしようとしているのか、改めて理解したからだ。




―……いや、すまない…。 それも当然だな…。無配慮だった―




…そう、謝る。しかし青年はそれに対し何も言わず、ただ一言漏らした。




「ヒトオモイニ コロシテ」







―…随分と言葉が拙いが、どこから来たんだ? 旅人だったのか?―




…本当ならば、すぐさま事に移るべきだというのはわかっている。だが私は、問わずにはいられなかった。彼の口調が、まるで少し前に言葉を覚えた幼児のようであったから。




「…イセカイ」



―イセカイ?そんな場所があるのか?―




青年が僅かに口にした言葉を、そのまま繰り返す。 しかし彼はそれに答えず、光の無い目をこちらへと向けた。




「…ワタシ コトバ シャベレナイ、マジュツ ツカエナイ、チカラ ナイ。 …ミンナノ ジャマモノ。 ミンナノ シセン イタイ…。 モウ コレイジョウ タエラレナイ…シンダホウガ ラク」




…その、残った力を…残った感情を絞り出すかのような台詞に、私はそれ以上何も聞けなくなってしまう。 …もう、やるしかない。




―…よほど苦しんだのだな、名も知らぬ青年よ。 せめて、世界を救ったという事実を受け入れて旅立ってくれ…―







…武器はおろか人の手すらをすり抜けさせるほどに掠れている身を動かし、私はそっと手を伸ばす。



そして青年の腹に触れ、呪いを受け渡す。…一度移した呪いは、宿主が死ななければ取り出すことはできない。



――つまり、もう引き返すことはできない。







「…―ッ…!! グゥッ…グギギ…ゥアッアッアッア゛ア…ガッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」



…呪いはすぐさま広がり、青年は悲鳴をあげだした。血管は泥水を流し込んだように淀みはじめ、肌には呪いの紋様が絡みつくように、四肢末端へと伸びていく。



「イタイ、カユイ、イタイ、イタイイタイイタイイタイ!!!!」



苦しさから倒れ、悶え苦しむ彼。 なんとかして苦痛を排除しようと全身を掻きむしり、爪には抉り取られた皮膚が詰まり出した。



そして肉が露わになった傷跡からは、だくだくと血が噴き出す。しかし、それでも呪いは止まらない。



やがてそれは顔にまで侵食し、紋様で埋め尽くされた青年の全身は、文字通り漆黒へと変貌した。





…気づけば彼の目も赤黒く染まり、口、耳、鼻…穴という穴から更に血をまき散らしはじめた。手足は痙攣をはじめ、まともに動かすことすらできなくなってゆく。





……洞窟内に響き渡る悲鳴が掠れ始めた。喉が潰れてきたらしい。こうなってしまえば、意識を失うのは時間の問題。




呪いはその瞬間を突き、肉体を支配、乗っ取るのだ。そして生きた屍となり、外へと向かいだす。それが呪いの効力か、生贄となった者に微かに残された意志なのかは定かではない。




…私はそれが起こらぬよう機を見計らい、呪いを抑えられる自らの力で、生贄を『殺める』。それは殺すというより、滅する…いや、命を『奪う』というのが正しいのかもしれない。 …私自身、よくわかっていないのだ。



しかしそうすれば、骸は動き出すことはない。故に、呪いの拡散も起こらない。黒闇に染まった肉体は朽ちていくのみとなる。





……正直、その様を見ることも、聞くことも堪えがたい。だが、見届けることが自分にできる唯一の罪滅ぼしだった。



この青年もまた、今までの生贄と同じように、このまま力尽きていくのだろう。 私には、叶うかどうかわからない冥福を祈るしかできない――。






――だが、その時はすぐには訪れなかった。







「アッウウ…グウウ…」




潰れかけの喉で、声にならぬ唸りを発し続けている青年。こいつ、今までの生贄達と違う…。



呪いを渡してから、既に丸一日は経っているはず。その頃合いには、どんなに屈強な人物であれ、耐え切れず骸と化すのが常だったのに。




だというのに、まだ意識を保っていられるのか…? …正直、ありがたい。



その分呪いの力は消費され、次の生贄まで時を稼げるのだから…。…彼には悪いが…もう少し、様子をみるとしよう…。










「ア、ア、アア…ア…」



…信じられない…。さらに時が経過したというのに、まだ生きている…のか…!?




…しかし、呪いが消えたというわけではない。今もこの子の体に刻まれているのは全身に這った紋様を見ればわかる。



呼吸は極度に弱まり、血もかなり出ている。髪は…呪いの影響だろう、包んでいる紋様越しにもわかるほど、白くなってしまった。



だが、まだ脈はある。生死の狭間を彷徨っているが、間違いなくに現世側に彼の命はある。こんなことは…初めてのことだ…。







…しかし…この呪いを受けた者は総じて死ぬ。この子もいずれは…。っ……。



…既に呪いの消費は充分。数十年はおろか、百年は次の犠牲を必要としないだろう。これ以上、苦しみを味わわせるのは酷だ。ここで殺めてやるべきか…。






そう心に決め、私は青年へと憑りつく。そして胸に手を近づけ、ある魔術を詠唱しはじめる。





呪いに憑かれた者を唯一鎮めるための、私だけが使える、『命を奪う』魔術。よく耐えた、青年よ。




次に村の者が訪れたら、お前の雄姿を伝えてやろう。お前のおかげで、村は百年の安寧を得ることができたと―……。





「…イヤダ…」





―…?今、なんと?―



「シヌノ…イヤダ…」




…耳を疑ってしまった。本来ならば、言葉を発する力すらない段階のはずなのに。



なのに、か細く、拙い声だが…確実にそう言った。





ハッと、青年の顔を覗き込む。未だ呪いに囚われている瞳には、僅かだが光が宿り始めている。



想像を絶する痛み、苦しみを経ても死ぬことを望まず…それどころか生きたいと言うのか。いや、その苦しみで正気を…光を取り戻したのか?



…だが、ここでこの子を生かしたままにしてしまうと、何が起こるか…。





「ベツノセカイデ シニタクナイ… カアサン…トウサン…」




ベツノセカイ…別の世界?魔界ではなく、か? 青年…お前、何者なんだ…?



私が思わず、そう問おうとした…その刹那。 彼は…はっきりと、叫んだ。






「マダ…イキテイタイ…!!」









…ッ!? 呪いが、青年の全身に伸びていた紋様が、消えていく…!? 漆黒だった肌が、本来の色を取り戻していく……!?



こんなこと、今まで一度たりともなかった。一体何が起きているんだ…!? 




私が惑う間にも…青年の手から、足から、顔から紋様は消え去り、大元である腹に刻まれた呪印に収束してゆく。まるで巻き戻ったかのように…否、呪力を消耗しきったかのように。





どうすればいい…?こんな状況、想像すらしていなかった。呪いを全て受け入れ、あまつさえ、耐え抜くとは。



困惑しながらも、急ぎ青年の腹に…呪印に触れ、確認する。…大元の術式は消えていない。それは、呪いが消滅していないことを示す。




だが、その効能はもはや発動していない。これは…呪いを抑えこんだのか? 抗い、打ち勝ち、体の主導権を取り戻したというのか!?






――こんなの、予想外中の予想外だ。 だが…これは裏を返せば、この子が生きている限り、呪いは動き出さないということ。



そうだとすれば…洞窟から呪いを持ち出せることができる。上手くいけばなにか呪いを消滅させる方法を見つけられるかもしれない。そうすれば、これ以上無用な犠牲を出す必要はなくなる。




そしてなにより…私がこの暗闇から出ることができる、そう、外に出られるのだ!






「ハア…ハア…ウェ…」



―なあ、動けるか? よし、這ったままでいい。ゆっくりで構わない。この洞窟から脱出をしてくれ。お前は生贄の役目を立派に果たした。誰も責める者はいない。お前は生きていいんだ―




青年の身に憑りついたまま、私は彼を励ます。 …感謝すべきことに、彼は本当に少しずつ、動き出してくれた。




「ウ…グ、グッ…ウ」



―そうだ、その調子だ。そのまま這って進んでくれ。頑張れ、意識を保て。 死んではいけない、私がついている。どうか、どうか生き延びてくれ。 そうでなければ、私はこの暗い洞窟の中に逆戻りだ…―



「ウゥ…ウゥ…」





――ひたすらに、目を使わず、感覚だけで外への道を青年は進む。頼む…頑張ってくれ……。




……! …光が、見えてきた…! もう、外は目前だ…!





しかし、この子は体を動かすだけで精一杯。声を出す力はない。ならば私が人を呼ぶしか…!



この子は身を張ってくれたんだ。私も、出来うる限りの全力を以て…!!





―誰か、誰か近くにいないのか! 呪いはこの子が抑えつけ、無力化した! 誰か、この子を助けてやってくれ!―



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