17話 火山国家ゴスタリア②
日暮れ、竜崎とさくらは竜に乗りバルスタインの先導の元、ゴスタリアに向かっていた。
「夕日綺麗…」
沈んでいく太陽をみて感慨にふけるさくら。何回か空を飛ぶ移動に参加しているが、まじまじと景色を見たのは初めてだった。ビルのような人工的建設群はなく、直接地平に消えていく太陽の姿を空の上から見るのは格別だった。
太陽が沈み、辺りが真っ暗になったところでゴスタリアに到着した。城下から少し離れた山裏に降りる。迎えの馬車が用意されており、一息入れることができた。
「王以外には私が出かけていることは伝えてありますが、リュウザキ先生をお連れすることは話しておりません。万が一のため、こちらに着替えていただいてよろしいでしょうか」
手渡されたのは魔術士が着ていそうなローブ。少しボロい感じが哀愁を誘う。
「リュウザキ先生は一応こちらも…」
老爺のようなつけ髭が渡される。彼は嫌がらず、むしろ嬉々としてつけた。
「どう?賢者っぽい?」
フードを深く被り、髭をつけた竜崎の姿はどこかにいそうな年を取った魔術士。とても彼だとはわからない。さくらも倣いフードを被ろうとする。
「さくらさんは被らなくてもいいんじゃない?皆顔知らないし、王宮を見て回るにも邪魔でしょう」
チラリとバルスタインのほうを確認すると、お任せします、と軽くうなずいた。
「皆様、そろそろ王宮に到着します。降りる用意を」
従者の合図を聞き、さくらはちらりとカーテンをめくる。夜だし王宮の姿は良く見えないだろうと期待していなかったが―
「わあ!」
想像以上だった。日は落ち、夜の帳に包まれる中でも王宮は明るく彩られており、荘厳に聳え立っていた。街もまるで元いた世界並に煌々と光が灯っていた。
「灯りは従来通りなんだね。あ、でも少し抑えてはいるのか」
「はい。火山の機能低下といっても、自国分の火精霊石はしばらく賄えます。早いうちに新しいサラマンドが生まれてくれると良いのですが…」
王宮に降り立ち、改めて確認をとる。
「手筈通り、王の就寝前にリュウザキ先生には寝室に魔法陣を描いていただきます。ベッドに入られたことを確認次第人払いを行いイブリート様を召喚。お言葉を頂きます。先生が単独行動をされる際は私が付き添いますので、その間さくらさんはこちらの子と共に」
従者は紹介され頭を下げる。
「では、参りましょう」
中の様子も絢爛豪華といって差し支えなかった。異世界だというのに外が夜だと感じさせない。随所に置かれている彫刻や花は美しく飾られていた。時折開いている扉から部屋を覗いてみたが、室内もシャンデリアがかかり、装飾が余すことなく施されている豪奢っぷりだった。まさに絵本でみた王城だった。こんな場所に住むお姫様はよほど贅沢しているんだろうな、とさくらは想いを巡らせる。
「団長殿。王が就寝なされるまであとどれくらいでしょうか」
敬語になった竜崎は声色まで変えている。バルスタインは苦笑いしながら答える。
「平時ならばあと2時間といったところです。ですが今は対応に追われる身。断言はできません」
「そうですか、では今すぐに仕上げさせていただきます。案内をお願いします」
「承知しました」
「あちらが王の寝室になります」
示された先には重厚な扉によって閉じられた部屋。先に根回しされているのか警護の騎士の姿はなかった。
「では、少し失礼します。さくらさんはその間自由にしていて構いませんよ。目立たない程度にね。彼女をお願いします」
従者にさくらを任せ、団長と共に寝室に侵入する竜崎。王の居室に興味はあったが、そう言われてしまうと付いていきたいとはいえない。仕込みの邪魔にもなるだろう。
辺りを見回すが、周囲に覗けそうな部屋は無い。ちょっと暇だな、と思っていると従者の騎士が意外な提案をしてくれた。
「王様の様子を見に行きますか?」
「え!?いいんですか?」
「部屋裏から隠れて聞く程度ならなんとか。それでよろしければ」
「お願いします!」
「火山の様子は変わらないままか?」
「ハッ!24時間体制で見張っておりますがまだ低下したままです!」
「そうか…すまないが引き続き見張りを頼む」
「承知しました!」
王の執務室には報告の騎士がしきりに出入りを繰り返している。さくらは従者に案内され、執務室横の資料室に案内される。団長に唯一ついてきた従者だけあって顔が効くらしく、怪しまれることなく入ることができた。資料を読む振りをしながら耳をそばだたせてみる。
「王よ…。無礼を承知で進言させていただきます。やはり精霊術士殿が犯人というのは無理があります。民にも訝しむ者が少なからずいます。今からでも遅くはありません。別の罪人にでも罪を被せ、葬れば…」
「それは…それはならない。それだけは…。何と言おうとそれだけは…」
王は悩みながらもそれを却下する。今度は別の政務官の声が響く。
「それよりも先にサラマンドをどう復活させるかでしょう。何か方法はないのですか」
「ハッ!現在有識者の元に幾人か騎士を送っております!」
「しばらくは見守るしかない、と。王よ、苦しいですが、ここはリュウザキ様にご協力を仰ぐべきでは」
「うむ…。しかしな…」
煮え切らない様子の王。話を逸らすように騎士に質問をする。
「バルスタインはどうしているのだ?昼頃から姿を見せないが」
「ハッ!団長は民の不安を取り除こうと奮闘しております!」
「そうか…」
「バルスタイン、只今戻りました!」
凛とした声が響く。
「おぉ。バルスタイン。どうだ?民の様子は」
「残念ながら…。しかし、旅の魔術士殿にご協力を仰ぐことはできました。明日の調査に参加していただきます」
「そうか、私からも頼むと伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
気が弱そうではあるが、悪い人ではなさそうだ。理想の王には程遠いのだろうが、さくらはむしろ親近感を覚えてしまった。
「ここにいましたか。さくらさん」
声をしたほうを振り返る。そこには竜崎と隣から戻ってきたバルスタインがいた。
「お世話になりました。バルスタイン団長殿。見識を深めることができました」
「こちらこそ。日も暮れていますし、調査は明日にいたしましょう。宿を手配させていただきました。ご案内します」
「なにからなにまで…。感謝いたします。本当に良くできたお方だ…」
一芝居を打ち、部屋を後にする。周りの人に聞こえないよう、さくらは小声で尋ねる。
「竜崎さん、あのお芝居必要でした…?」
「私は要らないと思ったんだけど、団長がしたほうがいいって」
「王に挨拶がてらでしたので、怪しまれないようにするべきかと…」
むしろ怪しまれたのでは?さくらはそんな感覚が拭えなかった。
と、通路が少し騒がしくなる。
通る人が全員礼をし始めた。竜崎達も倣い、礼をする。
バレないように横目で確認すると、赤いドレスに身を包んだ若い女性が歩いてきた。彼女はバルスタインの前で足を止める。
「そちらが…?」
「はっ」
小声で何かのやり取りをした後、女性は再度質問しなおす。
「そちらの方は?」
「はっ!先程協力をお願いした魔術士の方です!魔界、永炎の地への調査実績があるそうです」
「そう。少し興味があります。部屋に案内なさい」
「承知しました」
彼女に連れられ、とある部屋に案内される。召使いに人数分のお茶を用意させ、下がらせた。
「さ、人払いは済みました。もうそちらを外していただいて構いませんわ」
驚くさくらをよそに竜崎はフードを外す。
「髭までつけて用意周到ですこと」
顔をみて笑う姫。竜崎も頬を緩める。
「団長殿の進言です。意外と効果はありましたでしょう。姫様」
「えぇ。バルスタインから内密に相談されていなければわかりませんでしたわ。本当にお力を貸してくださるとは」
姫様、つまりはゴスタリア王の娘。そんな彼女は竜崎に対して淑やかに頭を下げた。
「改めまして、ご協力感謝いたします。民に代わりお礼申し上げますわ」
「しかし、よろしいのですか」
「なにがでしょうか、リュウザキ様」
「王がもし引退なされるとしたら、次代の王位は貴方様になります」
「私に才がないと?」
「そうではありません。姫様は充分な才を持っております。仮の話です、もし王が引退を宣言しても民がそれを許さなかった場合、貴方様は国を守るために王を差し出さなければいけない可能性もあります」
竜崎にそう諭され、姫は真剣な顔になる。
「…もちろんその不安がないわけではありません。しかし王には…父には正しき道を逸れては欲しくないのです。祖父が先の戦争中に急死し、碌な引き継ぎもなく王になった父は国を守るために努力を重ねてきました。今回の騒動、もし自らの懐が潤う程度の儲けだったらすぐに止めたでしょう。我がゴスタリアは火山国家、サラマンドの命により生かされている国です。父はもしもの時を案じ、少しでも多くの蓄えを欲していました。その結果がこの有様。本末転倒も甚だしいですね…」
自嘲気味に話す彼女にさくらはかける言葉がみつからなかった。姫といえども、ただ奔放に贅沢な生活を謳歌しているわけではなかったのだ。
「姫様。お考え、とくと拝見させていただきました。私はこの件、全面的に協力をさせていただきます」
深々と礼をする竜崎。姫も同じく、頭を深く下げた。
「団長殿、精霊術士殿にはこの一件、伝えてあるのですか?」
姫の部屋を出た竜崎はそう問う。バルスタインは首を振る。
「いえ。リュウザキ先生に会いに行く、ということだけです」
「少し聞きたいことがあります。まだお時間があれば面会してもよろしいでしょうか」
「構いません」
従者を王の様子見に走らせ、3人は精霊術士が投獄されている牢屋に向かう。
「精霊術士殿にお話を伺いたい。一度席を外してくれ」
「はっ!団長!」
見張りの騎士がいなくなったのを確認し、竜崎を招き入れる。
流石に他の罪人と同じ場所に入れるわけにはいかなかったのか、年老いた精霊術士は専用の部屋の、専用の牢屋に入れられていた。
「お久しぶりです。術士殿」
「おぉ。これはリュウザキ様。いついらっしゃったので?牢越しで申し訳ございませぬ」
「お身体は大丈夫ですか?」
「気にすることはありません。ピンピンしておりますとも」
精霊術士は腕を振り、健康をアピールする。竜崎はそんな彼に問いかけた。
「一度相談してくだされば良かったのに…。なぜ結論をこうも急いだのですか?」
「民の声が強かったのです。なにせこのような事態は前代未聞。焦った王は今捕えている盗賊を犯人に仕立て上げようと私に相談なされました。それを止める代わりに私が申し出たのです」
さくらが小さな声でつい言ってしまう。
「王様の提案じゃ駄目だったんですか?…」
それを聞き、老精霊術士は首を振る。
「これ以上罪に罪を重ねる必要はありませぬ。もしその事実が広まれば王家の没落は必至でしょう。責任は魔術をかけた私にもあります。どうで生い先短い老人、私が冥土まで持っていきましょう。孫も育ちました。私がいなくとも立派に王の補佐を行うでしょう」
悔いはない、と彼は微笑む。王のためならば命も惜しまない、そういった顔だった。
「どうして…そんなことできるんですか?」
さくらには理解できなかった。一国の王が犯した失態をその身に引き受け、汚名を雪ぐことなく人生を終わらせようとしているその姿が。彼は思い返すように語った。
「20年前のあの日、私も戦いに出ておりました。劣勢となり、私の息子も凶刃に倒れました。私の命もこれまでと死を悟った時、王が救援に来てくださったのです。御身に傷を負われてまで私を庇ってくださり、息子の死に涙まで流してくださいました。それだけではございません。この20年間、いかなる時も私と孫を気遣ってくださいました。その恩義に報いるだけのことです」
「そのことなのですが、実は…」
竜崎は計画を伝える。臣下の意見、バルスタインの考え、そして精霊の件を。
「そうですか…団長殿がそう見立てるのならば間違いないのでしょう。王も子供ではないのですし、それが良いのかもしれませんな…」
彼には齢40越えの王も最愛の子供のように見えるのだろう。少し寂しそうながらもどこか嬉しそうだった。
と、従者が走って戻ってくる。
「団長、王が寝室に入られました」
ゴスタリア王の寝室、その横の部屋に一行は集まっていた。
「この部屋は王に何かがあった際に駆け付ける騎士の詰め所です。衛兵は近場から下げさせました」
「その王に今から何かするんだけどね。じゃあ、始めよう」
こちらの部屋にもすでに竜崎が何か仕込んでいたらしく、床には魔法陣か描かれている。
その上に座り、隣の部屋に聞こえないように小声で詠唱を行い始めた。
一方隣の部屋。ゴスタリア王は無理やり寝ようとしていた。明日になれば状況が変わると自分に言い聞かせて布団を被る。
ふと違和感を感じ、上体を起こす。絨毯が光っている。
否、光っていたのではない。燃えている。慌てて衛兵を呼ぼうと枕もとの鈴に手を伸ばすが、火はパッと消えた。
見間違いか?と目を擦る王。しかしやっぱり消えている。疲れているのだろうと無理な理由をつけて再度寝ようとする。
瞬間、絨毯が炎に包まれた。メラメラと燃える炎は天井にまで届く業火となり渦巻き始めた。
これはまずい、急いで部屋から逃げ出そうとする王だったが、突如炎の動きが変わる。ゆらりと蠢き、中から何者かが姿を現す。
『ゴスタリア王よ…我がわかるか?』
「あ、貴方様は…」
知らないわけがない。高位精霊、火の化身、永炎の地の主、全てを焼き尽す者。イブリート。彼の魔神が睨み、見下ろしていた。
『我が子、サラマンドが次々と息絶えるのを感じ取った。貴様、何をした?』
「は、はい!寿命を迎えまして…」
イブリートは目をそらすことなく腕を振る。部屋に置かれていた石像が燃え盛り、跡形もなく消滅した。
『子らは苦しみ抜いて最期を遂げた!この期に及んでそのような戯言、通ると思ったか!』
吼えるように威圧され、王は身を震わせ謝罪する。
「申し訳ございませんイブリート様!」
『詳細を答えよ』
「はい!欲に目がくらみ、サラマンドに強化魔術をかけ延命措置を…」
恐る恐る真実を話す。それを聞いたイブリートは目を大きく開き、一層語気を荒くする。
『思いあがったな人の子風情が!貴様らを取り巻く精霊は全て我らの恩恵!制御できると驕ったか!精霊への礼を失する者には相応の罰をくれてやる』
「な、なにを…」
『自惚れた王の罪はすなわち国の罪。この国を消し炭と化そう!』
「それだけは…!それだけはお許しを!」
ベッドを転がるように降り、床に土下座をする王。だがイブリートは辛辣に跳ねのける。
『我にだけではなく民にまで嘘をつく貴様の願い、聞き届ける道理もない』
「な、なぜそれを…」
『我が分からぬと思ったか?ここまで精霊石を多用していて我が力が及ばぬとでも?火のあるところに我あり。全てを見通しているわ!』
手の上に力を溜めていくイブリート。形成された火の球はあまりの力に黒く歪み始めた。放たれたら瓦礫すら残らぬであろう一撃を止めるべく、王は平謝りを続ける。
「お、お待ちをイブリート様!全ては私の責任!どうか私の命でお許しください!」
『2度言わせる気か?今の貴様には何も価値は無い。我を騙し、民を騙し、親同然の忠臣まで犠牲とする貴様には王どころか人である資格も無い。道端に転がる糞のほうが役に立つというものだ』
「そ、それは…いえ…。イブリート様の仰る通りです。私は何を守ろうとしていたのでしょうか…」
『ほう、気づく能はあるか』
「イブリート様、1つお願いがございます!民に謝罪を、あの術士に贖罪をさせてください!王としての、人としての責務を果たしてから必ずや身を捧げに向かいます!それまでどうか、どうかご容赦を!」
『面白い。いいだろう、貴様が尊厳を取り戻した時、改めて罰を言い渡そう。永炎の地にて待っておるぞ』
そう言うと火は跡形もなく消え、跡には焦げた絨毯が残った。王は少しの間呆けていたが、すぐに思い立ったように立ち上がり勢いよく扉を開けとあるところに駆け出した。
辿り着いたのは精霊術士が投獄されている部屋。番をしていた兵が驚き敬礼をするのには目もくれず、牢の鍵を開け中に飛び込む。老爺の前に膝をつき、涙を流した。
「精霊術士!すまなかった…。私は全てを民に打ち明ける」
「王よ…よろしいのですか?引退もやむを得ないかもしれませぬ。下手をすれば命を狙われるやもしれませんぞ…」
「構わない。それが王として、人としてのの責任だ。目が覚めた。民は許してくれるだろうか…」
「きっと、許してくださりますよ…」
手を握り贖罪を行う王を、彼は優しく抱き寄せた。
横の部屋で聞き耳を立てていたバルスタインとその従者とさくらは、王が勢いよく扉を開ける音で壁から耳を離した。
「リュウザキ先生。ありがとうございました。これで王は考えを改めてくれるでしょう。あとはお任せを。全身全霊を以て王と民の仲立ちを果たさせていただきます。勿論、約束通りイブリート様の元にも向かわせていただきます」
「多分、ここからが正念場となるだろう。遠慮しなくて構わないよ、私を頼ってくれ。イブリートと戦う前に精魂尽き果てさせるわけにもいかないしね」
「本当に何から何まで…。先生が『伝説の一行』で良かったです」
涙するバルスタイン。従者にハンカチを手渡され拭う。その様子を慈愛を込めて見ていた竜崎だったが、ふとさくらに話をふる。
「さて、これで当初の任務は終わりだけど。どう?さくらさん。少し釈然としないんじゃない?」
「正直…」
さくらは頷く。確かに王は改心したが、国全体を震わす大騒動になるのは目に見えていた。竜崎も同じ気持ちなのか、うんうんと頷き、とある提案をする。
「王様の罪を消すことは残念ながらできないけれど、少し軽減することはできるかもしれない」
「そんなことが?」
3人の視線が竜崎に集中する。彼は満を持してその方法を教える。
「サラマンドを生まれさせよう」
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