第10話 大阪の女3
ゴーゴーバーもこの時には行った事もない僕だったが、ゴーゴーボーイとはどんな所なんだろうと思考を巡らせた。
おそらく、女性が男を買う場所なのだろう。まぁ人生経験の一つと思い彼女の提案に乗ることにした。
「そんなとこ行ってみたいの?じゃあ行こう。」
「スクンビットやからタクシーで20分くらいやな。」
2人でタクシーに乗り込み、スクンビットへ向かう。
「一回行ってみたかったんや、ゴーゴーボーイ。イケメンがおればええけどなぁ。」
隣に僕がいるのにそんな事を言いつつスクンビットへ着いた。
ゴーゴーボーイの場所もよくわからないので、適当に客引きのおじさんに聞いてみると、すぐに案内してくれた。割と有名なお店らしい。
少し路地の中にあるバーだった。その安っぽい扉を開け、僕らは中に入った。そこには異様な光景が広がっていた。
目の前にはステージ、それを囲むようにソファの席が10席くらい。よくあるバーの形なのだが、ステージの上にはブーメランパンツ1枚の男性が5〜6人。音楽に合わせてダンスを踊ったり、ダンベルで筋トレをしている。
「すごいわ、楽しいー!とりあえず飲もか。」
促されるままソファに腰を下ろしビールを2人で飲んだ。男の僕には何も楽しくないお店なのだが、エリカは楽しいみたいだ。
「あの男いいわぁ。これって席に呼べるんかな?」
「うん、多分呼べるよ。番号を言えば来てくれると思う。」
「おっちゃん、あれあれ!あの子!」
ボーイのおじさんに指を差して好みの男を呼び、僕とエリカの間にその男が座った。
細マッチョという言い方が適当か、浅黒いイケメンなタイ人だった。
僕は面白くはないけれど、エリカが楽しんでればそれでいいやと半ば1人ビールを飲み続けた。エリカと男は楽しそうに話してる。男は少しの日本語も理解しているようだ。
「あんな、マッサージからセックス、買い物のお供もするゆうてるで。すごいな!タイって国はハングリーで面白いで。」
隣でイチャイチャしながらエリカが言う。
確かに、いくらお金の為とは言え、僕には絶対出来ないだろう。若い女の子限定ならまだしも、誰とも知らない年増なんて抱けないだろう。
「こんな世界もあるんやなー。楽しいわ!キスしていいんかな?」
隣でキスまで、し始めて、エリカは目を瞑り完全に女の顔になった。元から女なのだが。
そんな中、隣のタイ人はさすがプロ、僕にもよくわからないフォローをいれてくる。
「日本人の女の子は可愛いですね!世界で1番Good!」
「彼女もすごく綺麗。乾杯しましょう」
僕をエリカの何だと思ってたんだろう。なんやかんやと乾杯してその夜はよく飲んだ。
「あー楽しかったわ、そろそろ帰ろか。」
エリカが切り出したので、お会計をしてもらい外へ出た、言わずもがな支払いは僕持ちだ。当然だろうけど。
カオサンへ戻るタクシーに乗り、乱暴な運転に身を任せた。
「楽しくなかったやろ?ごめんな堪忍やで。一回行ってみたかったんよ。」
「そんな事ないよ、僕も知らない事を知るって楽しいよ。」
「あはは、あんた優しいなぁ。キスしたろか?」
言い終わるのが早いか目の前には顔が近づく。いつの間にか繋がっていた手と手。重なる唇。
タイではタクシーで良くキスしてるなぁなんてムードも無くまた身を任せていた。
カオサンに着き、ホテルまで歩いて戻る、片手にはお互いビールを持って。いきなりエリカが言った。
「私、めっちゃトイレ行きたいねん。どっかあるかな?そこでしていい?荷物持っててな!」
「え?マジで?」
「人来ないか見ててな。」
そう言うと路地に入り、ショートパンツを下ろし腰を落とした。
後ろ向きにエリカの白いお尻が見える。
「ケツ見えてるよ。」
「見んといてや!恥ずかしい。」
「まぁ、このシチュエーションで欲情はしないよ。酔っ払った女を抱く趣味も無い。」
強がりでも無かった。僕はお尻を見たくらいでその気になる様な歳でもない。
用を足し終わりショートパンツを上げ、エリカが立ち上がり言った。
「あんた、人のケツ見といてそんな事言う?責任持って抱いてもらおか。ホテルに戻ってさっきの続きやで。」
面食らったが、こういう女性なのだ。
「ケツ見た責任とりますよ。仕方ないなぁ。」
棚ぼたとでも言うのか、これが旅なのか。亜熱帯の国は人を開放的にさせるのか。
2人で僕の部屋に戻り、何本目かのビールを開けた。
「いつもこんな事してる訳じゃないからな。勘違いせんといてや。」
「わかってるよ。」
安宿だからシャワーは共同、1フロアに3つほど用意されている。
「シャワー浴びるから待っててな。それとも一緒に入る?」
悪戯っぽくエリカは言う。
「遠慮しておきます。」
わざと仰々しく僕は言う。服を脱ぎ、バスタオルを巻いただけのエリカは部屋から出ようとドアに向かい、僕に背を向け話した。
「タイにもゴーゴーバーとかあるやん?女の子もぎょーさんいてる。日本にも所謂、風俗とかあるやんな、あんたそういう女の子の事はどう思う?」
「うーん、僕は職業には貴賎は無いと思ってるし、みんな頑張ってるんじゃないかな。個人的にはどうとも思わないよ。仕事は仕事だし」
これは僕の本心だ。何も隠さずに答えた。
「そっか、じゃあ私がそういう仕事してるんやって言ったら、あんたは笑う?私は風俗嬢やってんねん。18の時から。」
そういう仕事をして、お金を短期間で稼ぎ、それを持って世界を回る。お金が尽きたらまた日本で仕事をしてと繰り返しているとエリカは話した。
「笑うよな、そんな女。それが私やねん。今、あんたには話そうと思ってん。笑ってええんやで。別に。」
自虐的に言う彼女。僕はそんな事気にしないよ、と言う。だから何だって思うのは今でも変わっていない。人それぞれ事情もある事は百も承知だ。
「何もおかしくないよ。人それぞれ、そんな事気にしなくていいんだよ。」
「ありがとう、シャワー浴びてくるわ。」
部屋から出て行くエリカの背中を見ながら、僕は旅について考えた。
旅とはこういう事なんだ。人も人でしかない。異国の地では仕事も歳も関係ない。
様々な人と出会い、話し、お互いを知る、それが旅の意味なんだろう。
34歳の今も、僕は旅を続けている。普段は会えない人々と会う、普段出来ない事をする。本当にそれだけだ。それが人生に大きな意味をもたらすんだ。深い意味なんてない。楽園も無い。旅をしてたどり着く楽園は自分の中にあるのだ。それを感じたのはこれが最初だった。
その日、時計はもう3時を回ろうとしていた。
タクシーの続きは空が白んだくるくらいに終わりを迎え、僕は彼女の背中を抱きながら眠った。
エリカと2人目覚めたのはもう昼を回ったくらいだった。
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