あの漫画の最終話を読むまでは私は死んでも死にきれない

どくたK

プロローグ 1

夏の暑さが一段落した夕暮れ、肌に感じる風が半袖では少し肌寒い。リュックの中からカーディガンを取り出して着ると、それはそれで今度は暑いなと思いながらも優子との待ち合わせの場所に向かって歩き出した。


優子と私は高校時代の同級生で、同じ志を持つ文字通りの【同志】であり親友だ。家族との関係が良くなかった私の相談に乗ってくれたり、家に泊めてくれたりしていた。大学は別々だったがよく遊んでいたし、お互い社会人になり忙しくなってからも定期的に時間を作り、近況を報告し、二人そろって大ファンであるファンタジー漫画【エターナリア】の話題で盛り上がるのだ。この点において正しく二人は同志であり、同じ沼の住人だ。


「絵里!遅かったじゃない!」


 少し離れた所から少し不機嫌な優子の声がする。チラッと時計を見たが待ち合わせの時間にもう少し余裕がある。優子が早めに着いて待っていただけの事じゃない…… と思うものの、そういう性格の優子にこの発言を聞かせればどうなるかはよくわかっているのでそっと胸にしまっておく事にする。


「ごめんごめん!待たせちゃったね……」


 そう言いながら小走りに優子に駈け寄ろうとしたその時、右側の方から幾人かの悲鳴と車の走行音が飛び込んできた。


「えっ……」


自分の方に車が突っ込んで来ているのではないかという事は察知出来た。頭の中はフル回転で動く、一度に色々なパターンを想像しながらどうすればこの状況を打開出来るのか……。スローだとか走馬灯だとかは良く言ったもので、ものすごい量の事を一気に考えた気がする。その中で出た結論は【ジャンプして避ける】だ。何かの動画で見た事ある。車が突っ込んで来たのをジャンプしてボンネットの上に避けるのだ、もうこれしかない。優子の悲鳴が遠くの方でなっているように聞こえる。全ての景色がスローだ。そして私は意をけっして車の音がする方向へ振り向いた。


振り向いた私は愕然とした。


「トラックじゃん……」


完全に普通車をイメージしていた私には衝撃であった。これではジャンプして避けるとかそういう問題ではない、この高さを飛べればオリンピックメダリストだろう。想定外の事態に身体が硬直する。外から見ている人達からすれば恐怖で身体が凍り付いたように見えただろう、たが事実は違うのだ。そして今更避ける方法は無い。突っ込んで来るトラックに跳ね飛ばされながら、そもそも前か後ろに跳べばよかったのかと思ったがもはやどうでもいい事だ。


「絵里!絵里ぃ!」


 意識が遠くなりながら、霞んだ視界の中に優子の泣き顔が飛び込んで来た。周りは救急車とかなんとか色々騒然としている。


ああ、美人なのに泣き顔でもったいない……


 自分の人生がこんなにも唐突に終わると思っていなかったので、カッコイイ最後の言葉は見つからない。そうだ、優子とは万一の時の約束をしている。PCのデータや嗜好性の強い本の数々の処理だ。


「優子……や、やくそく……」


 まさに最後の力を振り絞って声を発した。優子は更に顔を歪ませて、泣き叫ぶ。


「絶対、助かるからそんな事言わないで!そんな約束果たしたくないよ!」


 私が優子の立場であれば同じ事を言っただろう、でもきっと優子なら完遂してくれるはずだ。これで心の残りは無い……はずだったがとんでもない心残りを思い出してしまった。


そうだ、私はエターナルクエストを最後まで見届けていない!


とてもじゃないが死んでいる場合では無い。新章に突入し、ここ数ヶ月作者体調不良で休載しているが、ここから怒涛の盛り上がりを見せてくれるはずだ。私の最推し【マティアス様】のエピソードだってこれからだ。


けれども無情にも意識は遠くなっていく、もう音は何も聞こえない。だんだんと狭く、暗くなっていく視界の中で私が最後に思ったのは【あの漫画の最終話を読むまでは死んでも死にきれない】だった。

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