百回目の冬休み編
第16話 百度目の出会い
✿
——それは、いつも最初に目にする光景。
目を開けたら、永遠くんがいた。体育座りの後ろ姿。寒そうなのにコートも着てない。着崩れの無い学ランと、艶のある黒髪の男の子。
その人を見るとああ、これが最後かと思い知らされる。でも、消えるのは怖くない。
吸い込む空気は今までより乾いていて、やけに苦く感じる。
一度深呼吸をして踏み出した。
私の動く体が白い息をかき消していく。
笑顔を作って、弱みを見せず。考えている事を悟らせないように、いつも通りの色織雪葉を演じるんだ。
そして、始まりはいつもの言葉から。
「ねぇ、そこで何してるの? 」
さあ、始めよう。百度目の出会いを。
私の中の計画は完璧だ。今まで通りに永遠くんと冬休みを過ごす。永遠くんに不信感を与えないようになるべく慎重に。
そして一月七日。
その日になったら全てが終息する。全部を終わらせて私はこの世界から消滅するんだ。
掴みは、いつも通り。
永遠は礼儀知らずの私に、戸惑いつつも一緒に街を歩いてくれる。
けれど、どこか上の空は永遠は、私の事をきちんと認識していないだろう。
だから、まずはこれから十六歩歩いてから永遠くんに、意識を目の前に集中させてもらう。
やることは簡単だ。今までの沈黙を私が破ればいい。
「あ。」
その瞬間永遠くんは自分のクラスメイトがいることに気付く。永遠くんが少し戸惑った後私が手を引いて走る。
「こっち!」
目指すのは神社。長い階段を登りきって、二人ではぁはぁと息を切らす。永遠くんは私よりも体力がないから息を整えるのに少し時間がかかる。私はその間に水を買いに行った。
自動販売機は鳥居の前の階段を降りた所にある。千円札を入れて水を二つ買った。余ったお釣りがじゃらじゃらと落ちてくる。財布に入れるのがめんどくさかったのでセーラのポケットに入れておいた。
がたん、と自動販売機から落ちるペットボトルを拾う。
一瞬でも一人になると、余計な事まで考えてしまうのは、永遠くんの癖が移ったのかな。
何も変わらない光景。これが私の選んだ道なのだから私は迷うことはない。
こんな沈んだ気分のまま永遠くんに会っても、疑われるだけだ。大丈夫、私のやる事は何も変わってなんて無い。
心の中の自分に言い聞かせる様に唱えると、私はくるりと振り返った。
もう一度階段を登って永遠くんの元へと近づいていく。さっきとは違い、今度はペットボトルを二つ持っていた。永遠くんの姿が見えるところまで登ると、永遠くんは神社の横に備え付けてある長椅子に座っていた。
……あれ?今までは階段だったのに。
違和感を抱えながら永遠くんの元に駆け寄る。水を渡して二人で口の中に流し入れた。
横目で永遠くんを見ると、彼は少し俯いていた。いつもならここで私の冗談が始まる所だったのに私よりも先に永遠くんが口を開けた。
「雪葉って何か僕に隠し事ある? 」
「え……? 」
深刻そうな顔で私をじっと見詰めてくる。
何それ、知らない。永遠くんは今までそんなこと言ったことない。
もしかしたら永遠くんなりの冗談なのかな、なんて思ったがどうやら違うらしい。
だって彼の表情はどこまでも真剣で真面目だったから。
それに永遠くんが変な冗談を言わないことくらい私が一番知ってる。
「何もないよーだって会ったばかりだよー? 」なんてはぐらかしてみたが永遠くんはその答えに納得していない様子だった。
私に不信感を抱いているのだろうか。
もしそうなのだとすれば、この先私の行動に支障が出るかもしれない。
まずい。これ以上予想外の事が起こってはまずい。
とりあえずペースを戻す為に雑談で永遠くんの注意を逸らすことにした。
けれど永遠くんの私を見る目は、どこか私を疑っている感じだった。
結局私への疑いの目を晴らすことはできないまま永遠くんと別れることになってしまう。
多分最後だから少し今までと違うだけ。結末さえ同じならそれでいい。
自分の中にある違和感をそんな言葉で紛らわす。けれど私の中の違和感はますます大きくなっていくことになる。
翌日。私は永遠くんの家に向かった。
今日はゲームをして永遠くんとの距離を縮めていく日。早速インターホンを鳴らす。
一回押しただけでは永遠くんは出てこない。だからもう一度押そうとインターホンに指を乗せた瞬間、ドアが開く。
「やっぱり。」
ボソリと呟く永遠くんの姿はきちんとした服装だった。
今までは、私が急に押しかけてきたから、部屋着のままだったはずなのに。
インターホン鳴らしてから起きたのでは、ここまで身支度を整えられない。とはいえ、いつもはこんなに余裕ありそうな風には見えなかった。
そう。違和感だ。
今回の永遠くんは何かがおかしい。
午後になっていつもなら名前の由来を聞いて、私の名前の漢字を教えて——。でも今回は、何かが決定的に違った。
私が「とわってどういう字を書くの?」なんて聞いても素っ気なく答えるだけだった。
いつから永遠くんの様子がおかしくなったのだろう。出会った時は普通だったし……。
まぁもしも今回の永遠くんがもっと予想外の行動をしたとしても私の結末に変わりはない。大丈夫。今まで九十九回乗り越えてこられたのだから。今回で何かが変わるわけない。
だから——
それからの日々で、何かが着実に壊れていく音がした。
私の中の不信感は焦りへと変わり、それが更に悪循環を産む。
「……はい、これ。」
十二月二十四日。
永遠くんが私にプレゼントをくれる。
手のひらサイズの小包、その中を開けるとクマのキーホルダーが入って……いるはずだった。
「ウサギのキーホルダー……?」
けれど実際は、首元にリボンがついたウサギのキーホルダー。
九十九回、一度も変わらなかったクリスマスプレゼントが、何故か今回に限っては違う。
困惑した目でキーホルダーを見つめていると、「気に入らないか? 」と、永遠くんは、何か探っている様子だった。
私は咄嗟に「そんな事ないよ、凄く嬉しい」と笑顔を見せる。
それでも永遠くんは、何か引っかかっているみたいだった。
「ごめん、僕炭酸苦手なんだ。」
十二月二十六日。
私の家を訪れた永遠くんは炭酸が苦手なのにも関わらず私にそれを隠す。
「そ、そうだったの?……ごめんね、お茶入れてくるね! 」
「こっちこそ、言い出すタイミング悪かったよな、すまん。」
が、今回は永遠くん本人がそれを口にする。
ありえない。今まではこんな事無かった。
全ての未来が決められていたかの様に、同じ道を辿っていた。
それが当たり前だと、思っていた。なのに、今回だけは歯車が、噛み合わない。
——どうして、どうしてどうしてどうして!?
その他にも幾つもの違いがあった。あらゆる些細な事に今までとの食い違いが見える。
それまでは推測だったものが日に日に確信へと近づいてくる。もし予想が当たっているのなら、彼をこのままにはできない。
自分の中に芽生えた焦りは、やがて表情にはも現れ、遂には周りの人間にまで異変が生まれる。
それは十二月三十日。
私と永遠くんはいつも通り喫茶店でお昼ご飯を食べた。
永遠くんが食べたメニューはシチューでは無かったけれど、それはこの際どうでもいい。
問題は、私が店を出た後忘れ物に気付いた事だった。
一度たりともあの店に忘れ物をした事なんて無かったのに。
永遠くんだけじゃなくて、この世界そのものがおかしいの?
そうでもなくちゃ、私がどじを踏むわけがない。
「ごめん、ちょっと待ってて! 」
私は永遠くんを一人残して、店の道を戻って行った。
早歩きで店のドアを開け、チリンという鈴の音を横切りながら店員の蘭月さんに声をかける。
蘭月さんは、忘れ物をすぐに見つけてくれた。
「これですか? 」
「それです! ありがとうございます!」
蘭月さんは、優しく微笑んで「良かったですね」と言ってくれた。
私は永遠くんを思い出して、店を出ようとしたその時。
後ろから声が聞こえてきた。
「——貴方の物語は、貴方が望む結末を迎えられそうですか?」
ドアノブにかけていた手を離して、ぱっと後ろを向く。
そこに居たのは、胡散臭い笑顔を浮かべた喫茶店のオーナー、紫蘭さんだった。
「……どういう事ですか? 」
私はドクンと大きく脈打つ心臓の音を聴きながら紫蘭さんを睨み付ける。
さっきの言葉。思い過ごしかもしれないけれど、聞き流す事も出来ない。
もしかして、世界の秘密を知っているの……!?
ゴクリと固唾を呑んで、紫蘭さんの言葉に身構える。
紫蘭さんはクスリと笑った後に「いえ、そんなに怖がらないで下さい」と私に近付いてきた。
「我々はこの世界ではただの傍観者にすぎません。主人公は貴方と、永遠さん。貴女方が望む方向に世界は偏っていくでしょう。我々はそんな変わる世界を見るだけです。ただ……。」
私の正面に立った紫蘭さんは、目を細め、冷たい視線を私に送る。
彼の纏うオーラは人間とは思えない程に禍々しい。
その場で固まるしかない私に、紫蘭さんはすっと息を吸い込んだ。
「貴方はこの世界の神ではない。だからこそ、貴方の望みを否定し、世界を変革させようとする者が現れるでしょう。それが例え愛した者であっても、貴方はおのが信念の為にその者を拒絶する事が出来ますか? 」
目の前にいるのは人間であって、人間の理から外れた存在なのだろう。
だからちっぽけな人間でしかない私には、今の彼が恐ろしくてたまらない。
でも、私は知っている。死すらも越えた恐怖を。その存在を。
忘れてはならない。これは私と神の間にある呪いだ。
なら、私のするべき事はなんら変わらない。
「私はただ、自分の望みを叶えるだけ。この結末は例え誰であろうと……永遠くんであろうと止めることは出来ない。だから進みますよ、私は私を拒絶してでも。」
それが私の決意だ。
紫蘭さんに背を向けて、扉を開く。
外は凍えそうな程冷たい空気で覆い尽くされていた。
冷えきった心は誰にも溶かせない。
雪は大地を白銀の世界へと誘い、そして人々の魂さえも凍らせていく。
でも、私だけは凍らない。
何故なら私は雪葉だから。雪の中でも決して折れない葉を持つ私だからこそ、この世界でも生きることが出来る。
抗いも、戦いも、後悔も無く、私は白銀の世界に消えていく。
扉がパタリとしまった後、紫蘭さんが放った言葉を私は聞けなかった。
もしも彼の声に耳を傾けていれば、彼らの正体を知る瞬間に、近付いたのかもしれない。
けれど、今の私には焦りが先走って、他のことは何も見えてなかった。
「この世界の貴方が、例え幸せを手に出来なくとも。幾度乗り越えてきた世界が、貴方を拒絶したとしても。世界は一つでは無い。だからこそ、貴方と、そして貴方が心から愛する者が互いに手を取り、歩み寄せる世界が何処かにある。いつか、貴方自身がその真実に辿り着けることを祈ってますよ。」
何処か遠くを見つめる紫蘭さんに、蘭月さんはそっと近付く。
紫蘭さんの隣に立ち、窓の外を眺める蘭月さんは彼に続くように呟いた。
「雪葉さんが、その真実に辿り着いて、再び僕達の店の門を叩いたのなら。その時は、僕達が彼女の望みを叶える手助けをしよう。」
蘭月さんと、そして紫蘭さんの目線の先には、一羽の鳥が電柱に止まっていた。
外の風に合わせるように、鳥はその羽を広げて大空に飛び立っていく。
自由に飛び回る鳥を見ながら、紫蘭さんは目を細めた。
「今の貴方が例えそれを望んでいなかったとしても。別の世界の貴方はそれを望んでいた。だからどうか、気付いてください。稲月永遠さん。彼女を救うたった一つの方法を。」
飛び立った鳥は、永遠の隣を歩く私を通り過ぎて、空の彼方へと消えていく。
何故だか、その鳥の姿に心がざわついたけれど、その感覚を私は見て見ぬふりをした。
何よりも今は、自分の隣にいる永遠くんの事が先決。
私は自分の心を偽り、永遠くんの隣にいようと必死に笑った。
永遠と私の間に明確な距離がある事を知りながら、その事実に目を瞑る。
そうして、私は永遠くんと毎日を過ごしていった。
少しずつ迫ってくる、最後の時を待ちながら。
——そして、冬休み最終日、一月七日を迎えた。
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