第3話 僕に大人の力はありませんでした。
ばぶっという豪快な音と共に布団にダイブする。気がつけば、もう夜七時を回っていた。
この時期の七時というのは、辺り一体が暗闇で覆われる。
そこに昼間との急激な温度差を加えれば、ご想像の通り、ただの地獄である。
こうやって、布団に寝っ転がるまでにも、かなりの時間を経た。
というのも、帰ってきた時僕の部屋はめちゃくちゃ寒かったのだ。部屋に入っただけで凍りつくのではないかと思ったぐらいだ。
そのため暖房をつけ、奇跡的に暖かったリビングで三十分待った後、部屋の温度を確認してから布団に飛び込んだのである。
こうして長い道のりを経てたどり着いたふかふかの布団は、そりゃもう天下の一品でござる。
きっと空の上はこんなふかふかで囲まれているに違いない。
至福の時に包まれながら、今日のことを思い返す。
神社から出た後に何かあった……というわけでもなく、ただ二人でのんびり散歩していただけだった。
どうやら彼女は、冬休みだけこの街に住むおじいちゃんの家にお世話になるらしい。
そのせいか、この街の色んなことに興味深々だった。
『あれは?これは?』と目を輝かせる雪葉に、若干めんどうになりながらも一緒に案内をしていたのである。
疲れた。多分三万歩は歩いた気がする。
疲れがピークになったのか、後半は雪葉のお尻に尻尾が付いている様に見えてしまった。
今日の雪葉は、はしゃぎ回る犬という例えがしっくりくる。
ヘトヘトになったら体に、この布団はあまりに気持ち良すぎる。重くなっていく瞼を開こうとするも、結局快楽に負けて瞼を閉じた。
明日は一日中家にいよう、なんて一人で誓いを立てながら静かに夢の中へ入っていった。
——ピンポーン
翌日は、インターホンの音で目が覚める。昨日、制服のまま寝てしまったので、とりあえず床に落ちていた部屋着を着て、階段を降りた。
その間もインターホンはなり続け、まるで僕を急かすかのように音が響き渡る。
どうせ、友達が『ゲームやろ』とでも来たのだろう。
とりあえず、めんどうながらもドアを開けた。
「もー、遅いよー!永遠くんって意外と寝坊助さんなんだね」
その声は、つい昨日聞いたばかりの声だった。まさか、と思い顔をよく見るとそこには雪葉が立っていた。
昨日とは違って私服だったので少しだけ動揺する。——というか、なんで僕の家を知っているんだ!?
「まー、ま、家を知ってるくらいいいじゃないの。別に」
空いた口が塞がらないでいると、 ニッコリ笑いながら僕の肩をポンポンと叩く。
『良くはないよね?むしろ怖いよね?って僕の心なんで読めるの!? 』なんて言いたかったが、なんだかそれ以上追求してはいけない気がした。
いつか、お母さんが言っていたが、女には表の笑顔と裏の笑顔があるらしい。それなら今の雪葉はきっと裏の笑顔だ。
そんな自分の直感を信じながらため息をついた。
「悪いけど、今日は家から出たくないんだ。」
雪葉には申し訳ないが、僕は昨日の疲れが溜まっているのだ。ここはお引き取り願おう。
彼女と僕を繋いでいたドアをゆっくりと閉じようとする。だんだんと見えなくなっていく雪葉の表情はとても寂しそうだった。
「そっか……この後雨が降るから雨宿りさせて欲しかったんだけど……。このまま帰るしかないかな……。」
その言葉に、ドアを閉めかけていた手が止まる。うるうるとした雪葉の瞳は、キラキラと微かに輝いていた。そんな彼女の目に僕は、少しの沈黙を置いて、再度ため息をする。
「——はぁ。入ってく?」
その言葉を待ってました!とでもいうかのように、雪葉の表情は一瞬で明るくなる。
「うん!お邪魔する!」
『出会って二日目の女の子を家にあげる』というのは、普通に考えておかしい。
そう知りながらも、その行為を行ってしまった僕は一体、この後どんな悲劇に出会うのだろう。
きっと、今どき男子高校生が読むアレ系の書物ならば、自分の部屋に入れてそのままベッドに押し倒し、放送コードに引っかかるようなあんなことやこんなことをするのだろうが……。生憎、僕にはそんなどんな度胸はなかった。
部屋に女の子がいる、というだけで僕の体からは、アドレナリンが出まくっている。
雪葉には気づかれないように平常心を保ったフリをしているが、内心はめっちゃ心臓がバクバクしてる。バクバクしすぎて爆発する。
きっとこういう場面、大人だったらスムーズに女の子をエスコートするのだろう。今ならハッキリ言える。大人すげー。
近い未来、自分がなるであろう 大人という存在に尊敬しながらも、そんな力がないのが僕だった。つまり、この空間で女の子と二人きり。何が言いたいのかと言うと……。
——僕には大人の力はありませんでした。
「ほぇー、ここが永遠くんの部屋かー。随分と落ち着いてるねー」
「あんまりジロジロ見ないでよ、恥ずかしいから……。」
「私、男の子の部屋ってもっと汚いと思ってた!」
「どんな想像だよ。全国の男子高校生への風評被害が凄い事になってるよ。」
ドアを開けた途端に、ずかずかと部屋の中を歩き回る。ぐるっと一通り見渡すと、ニカッと笑う。そして、次の瞬間その言葉を口にした。
「えっちぃ本って、ないの?」
あまりにも躊躇いなく言うものだから、こっちの顔が赤くなる。すぐに否定したかったが、口がぱくぱく動くだけで声が出なかった。
そんな僕を見て、また彼女の口が震える。
あぁ、僕は何度彼女にバカにされるのだろう。
そんな思考が脳裏をよぎった瞬間、雪葉の高らかな笑い声が部屋に響いた。
こうして、冬休みが始まって、そして雪葉に出会って、2日目がはじまった。
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