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 1時間後、我々が乗っている輸送船が到着した港の近くのある古着屋で予想外の売上が有った。その店の商品の中でも上等な商品が男物・女物・上下合せて十着以上、一度に売れたのだ。

「あのねぇ……他に無かったの?」

 魔導大隊の女性士官は、下士官が買って来たチャイナドレスを見て眉を顰めた。

「これを私達に着ろと?どう見ても、軽薄な観光客、俗に言う『お上りさん』。『田舎者』と呼んでも……」

「あの、その言い回しって、流行か何かですか?」

 たまらず、私はその女性士官に聞いた。

「えっ?」

「その、『お上りさん』とか『田舎者』とかの……」

「三〇年ぐらい前の映画のセリフじゃなかったですか?たしか『山羊たちの断末魔』とか云う……」

 なるほど。一体全体、どう云うシーンで言われた、どう云うニュアンスのセリフなのか、後で確認する事にしよう。私に「今後」が有るとすればの話だが。

「ええっと……御不満が有るのは判りますが、でも、偽装工作としては軽薄な観光客に見えた方が……」

 一方、変装用の古着を調達してきた下士官は、そう言い訳した。

「どこの世界に、同時多発テロから一週間経っていない交通制限がかかってる最中の都市を集団でうろついてる『軽薄な観光客』が居るの?通常の『軽薄な観光客』は目立たないけど、『あまりに馬鹿な軽薄な観光客』は嫌でも目立つ」

 結局、我々は一般人に変装して現場検証を行なう事になった。一体全体、2人のグルリット中佐が何をどう話し合った結果、そう云う結論に至ったのか、さっぱり判らなかったが。

「でも、大丈夫なんですか?我々が、その……変装したぐらいで……」

上霊ルシファーの使う力と、我々の使う力は、似て非なるものです。例えば『火』を操れる上霊ルシファーが居る場所の近くで、我々が『火』の力を呼び出せば、その上霊ルシファーは、それを検知出来る。しかし、我々が何もしなければ、通常、上霊ルシファーは魔導師や魔導具の『ヴリル』を検知出来ない。『ヴリル』そのものを司る上霊ルシファーが居れば話は別ですが、そのような上霊ルシファーは、古代の記録にそれらしき存在を示唆するものが有ると云う説は有りますが、現代においては確認されていません」

「なるほど、つまり軍服を着ていなければ、上霊ルシファーは我々が何者か判らない、と」

「もちろん、我々が、うかつにも身分がバレるような真似をした挙句、たまたま近くに上霊ルシファーが居れば、その限りでは有りません」

 つまり必要なのは、一般人のフリをする事らしい。だが、残念ながら、私は一般人を装う訓練など受けていない。俗世間とは切り離されて育ち、規格外の怪物と戦う事が任務で、中年と呼ばれる年齢を迎える事が絶望的な者に、一般人とは何かと云う知識など無用の長物だ。

 この所、一般的な「鋼の愛国者」に必要ない筈の知識や技能を要求される事ばかり続いている気がするが、ともかく、そこは当って砕けろ、だ。

「では、そろそろ行きますか……えっと……」

「シュミット少尉です。ミリセント・シュミット」

「エルザ・ロンベルグ少尉です」

 私とロンベルグ少尉は、輸送船を降りた。

 結局、私とロンベルグ少尉は、土産物用のチャイナ・ドレスを着た「軽薄な観光客。別の言い方をすれば『お上りさん』。更に露骨な言い方をすれば『田舎者』」の仮装をする事になった。

 現場検証に行くのは十数人。目立たないように、2〜3人1チームになって、別々のルートで現場まで行く事になった。

 街中は、同時多発テロの混乱状態から回復しつつ有るようだった。

 食料品を買った帰りらしき中年の女性。鞄を持ってどこかに向かっている背広に眼鏡の男性。楽しげに話ながら歩道を走る子供達。そして、若い白人女性を口説いているらしい、美青年と呼びたくなる容貌の東洋系の男性。

 白人女性の方は真性人類かは不明だが、真性人類と劣等擬似人類チャンダーラの恋愛は誉められた事では無い。例え、一夜限りの遊びだとしても。

 一方、東洋系の男性は、側頭部のみを刈り上げた独特の短かめの髪型をしており、細身の体付きだが、ちゃんと筋肉が付いているのは服の上からでも想像が付い……いや待て、胸のわずかな膨らみは筋肉では無い。なら、別の意味で誉められた事では無い。しかも、奴は……。そう、私は奴に見覚えが有った。

 そして、偶然、ヤツと目が合ってしまった。次の瞬間、奴の顔に浮かんだのは、笑いを堪えるのに必死と言いたげな表情だった。

「なんだ、あの田舎者丸出しの観光客は?」

 私達が奴の横を通り過ぎた時、奴は聞こえよがしにそう言った。

 だが、奴とは、鎧を着た状態でしか会って居ないので、奴が私の顔を知っている筈は無い。

「無礼な男も居たものですね」

「女です」

「えっ?」

「そして……私が日本で戦った上霊ルシファーです」

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