(4)
無惨な姿だった。
私の「鎧」の赤い装甲には、無数のヒビが入っていた。
「気にするな……。初戦で死ななかっただけで『鋼の愛国者』としては合格だ」
彼は、私の頭にポンっと手を置いて、そう言った。
胸の中で、何か、もやっとした不快な感情が湧くが、巧く言葉に出来ない。
すぐ側に居る私の「兄」であるヘルムート・シュミット大尉の顔を見ても、「兄妹」だと云う感覚が何故か湧かない。
金色の髪に青い目の精悍な男。生物学上の「父親」は同じでありながら、私や、私の1つ前の「『鋼の愛国者』階位1=13」だった「姉」のテルマよりも遥かに「純血種」らしい外見をしている。
いつの頃からか、彼を、同じ血を受け継ぎ兄妹として育った者ではなく、軍務の上司とだけ思うようになったのは、それによる何かの感情のせいだろう、と自分を納得させる。
「まず、熱により装甲が膨張、その後に氷により装甲が収縮。短時間で、そんな事が起きた所に衝撃波を食らったので、この有様、と言った所かな」
鎧の整備を行なっているエメリッヒ博士は、実用本位の作業服を着ているが、軍服よりも、こっちの方が似合っている。
「整備には3日はかかるな……。出来の悪い映画のように1日で済ませろ、などとは言わんよね?」
「当然です。十分な整備をお願いします」
「次の任務で『鎧』が必要になるとしても、今日や明日の話では無いしな」
「それと報告書と鎧の記録映像は御覧になりましたよね?」
「ちょっと待ってくれ、場所を移そう。画像を見ながらの方が説明し易い」
そう言って博士は、近くに有る内線電話を取ると、コ事務官に、空いている会議室が無いか確認した後、携帯型の電脳と必要なデータを外部記憶装置に入れて持って来るように指示する。
「上の階の第3会議室が空いているそうだ。細かい話は、そこでやろう」
私達が、1つ上の階に移動し、第3会議室に入ると、既に3人分の飲み物が用意されており、事務官のコ・チャユが、携帯電脳を大型スクリーンに接続している最中だった。
「準備が終ったら、席を外してくれ。それと、会議が終ったら連絡するので、その際に渡していた命令書を持って来てくれ」
兄はコ事務官にそう言った。
「了解しました」
彼女については、朝鮮半島の出身で、父親は京城大学の教員だったが若くして死亡、日本出身の父親の同僚が成人までの被後見人となり、彼女が「養父」と呼んでいる被後見人が日本の九州大学に転任して以降は、日本で育ったと聞いている。
同性の私から見ても好ましく思える、言わば「人間らしい」顔立ちで、事務官としての能力も高い。現在、日本人の起源に関する学説は、日露戦争の頃に発見された古文書「契丹古伝」と、世界政府暦二〇年代に江上波夫と云う日本人学者が唱えた説を元にした「真性人類征服王朝説」が主流だが、その説の通り、日本人や朝鮮半島人には、北方アジア経由で入って来た真性人類の血が中国人や台湾原住民などに比べて濃く流れているのかも知れない。
とは言え、世界政府系の公的機関においては、真性人類では無い以上、管理職になるのは無理だろう。
「まず、例のモーターサイクルだが、少なくとも大量生産品では無い可能性が高い。ソビエトや中国のモノも含めて調べたが、今の所、民生用・軍事用含めて該当する機種は見付からない。博士、技術者としての御意見は有りますか?」
「情報部が分析しているであろう事と五十歩百歩だよ。と言うか、私のチームが『鎧』の修理の片手間にやったのにも及ばない分析しか出来ていないなら、情報部のメンバーの見直しが必要だな」
「説明したいようですね」
「い……いや、そう云う事は無いよ、ミリセント少尉……」
「私としては、情報部がやったのとは別の視点の技術者ならではの分析が1つでも有れば有益と考えています」
兄のクソ真面目な顔に「面白くも無い小芝居は止めろ」と書いてあるように思えたのは、多分、私の気のせいでは有るまい。
「そうかね。では、私達のチームの分析結果を説明しよう。まず、あれは、我々が知っているものとは、全く別の設計コンセプトで作られている。短距離しか移動出来ないオモチャか……さも無くば、全く未知の技術で作られたものだ」
説明を始めた途端、博士の表情が、本当に楽しそうな生き生きしたものに変った。
「その推測の根拠は?」
兄が、そう言うと、博士は、まず、例のモーターサイクルの座席の真下の辺りを拡大した画像を、何枚かスクリーンに写した。
「情報部でも似たような分析をしてるんじゃないかね?ま、まずはエンジンらしきものが見当らない。おそらくは、かなり小型なのだろう。しかも、吸気・排気用の部品も見当たらない。エンジンからタイヤに動力を伝える方法も不明。その為の部品も見当たらない」
博士の言う通り、写された画像には、エンジンらしきものは愚か、マフラー、チェーン、チェーンカバー、ないしは、その役割を果たすと思われる部品が見当たらない。
それどころか、通常はエンジンが有るべき場所には、
そうだ、これこそが、あの時、私が感じた違和感の正体だ。エンジンやそれに付随する部品が欠けている……少なくとも見当たらないが故に、おそろしく簡素なオモチャのような造りに見えたのだ。
「一方で、
博士は続いて、車輪の辺りを拡大する。博士の言う通り、ブレーキ関連の部品とは何か違う大型の部品が、前後両方のハブを兼ねている。
そうだ、言われて見れば、大きさこそ違うが、この部品は私が良く知っている「ある物」に、どこか似ている。「鎧」の間接部のモーターに。
「内燃機関ではなく、電動モーターで動いていたとすれば、音はしていたが、私が『鎧』の作動音と勘違いした可能性も有るのでしょうか?」
「おぉ、そうだな。それも考え得るな」
「民間企業ではなく、反乱地域の軍事組織が製造した可能性は有りますか?」
「そうだとすれば、話は大きくなるぞ。あれが単なるオモチャではなく、かつ、製造したのが中国やソビエトやイスラム連合や中央アフリカ連邦の軍部なら、世界政府に反乱を起している地域の軍事組織が、我々の知らぬ最先端の技術を独占している事になる」
「ならば、最悪の事態かも知れませんね。世界政府の軍事戦略の見直しにまで話が及びかねない」
「すでに電脳技術では抜かれている以上、それ以外の技術に関しても抜かれるのは時間の問題だったかも知れん」
「博士、問題発言ですよ」
「おお、すまん。あと、敵の
エメリッヒ博士は、やれやれと言う感じで、そう言った。
「誰が言い出したのか知らんが、例の馬鹿げた冗談を信じたくなるな」
「何ですか、その冗談とは?」
「空想科学小説に出て来るような『平行世界』が実在し、
「一部のテロリストが信じている危険思想ですか?九十数年前の『世界統一戦争』でアメリカやブリテンが勝利した『平行世界』が有ると云う……」
兄が何故か妙に深刻そうな表情で、そう言った。
「おそらく、最初は、それを揶揄した冗談だったのだろう。で、テロリストどもの馬鹿げた危険思想が、どうかしたのかね?」
「いえ……大した事では……」
「まさか、テロリストどもの中に、平行世界からの侵略者が居るとでも言うのかね?馬鹿馬鹿しい」
「テロリスト達の中に『
「先の大戦の際にアメリカが作ったと言われる『超人兵士』が、今までどこかで…例えば北洋の氷山の中あたりで眠っていて、最近になって目覚めたようにしか思えんな」
「そうですね」
「い……いや、冗談で言ったのだが……」
「判っていますが、本気で、その仮説も考慮すべきかも知れません。『
「何かの怪談かね、それは?捕縛した人物がどこの誰か知りたければ、そいつにに自白剤でも打てば良いだろう?」
「もう、不可能です。そいつの仲間に奪還されてしまいました」
「それは……新しい任務に関係が有るのですか?」
私は兄に聞いた。
「そうだ。それと、私やお前を含めて、6=8以降の『鋼の愛国者』は、全員、1つづ『階位』が繰り上げられる事になった。新しい1=13は未定だ。正確には未定にせざるを得ない状況と言うべきか……」
「まさか……」
「そのテロリストを護送中に7=7が香港で死亡した。直接の死因は頭蓋骨陥没による脳挫傷だ」
「
いわば「堕ちた神」である
奴等が引き起す「超常現象」の多くは、かつて「魔法」「オカルト」などと呼ばれた「神秘科学」「神秘技術」などの「新しい科学技術」であろうと、この世界に掃いて捨てるほど居る改造人間や「先行第5副人種」や通常の「特異獣人」などの先天的異能力者であろうと、再現はほぼ不可能だ。まさしく、アーリマン1=13の言う通り、
そう、あまりにも馬鹿げた力の持ち主である「
しかし、「鎧」の着装者には、並の「改造人間」「先行第5副人種」「特異獣人」は太刀打ち出来ず、通常兵器を使用した場合は、倒せたとしても別の死因になる筈だ。
いや、1つだけ、このような死因で鎧の着装者を殺せる方法が思い浮かんだが、それは最も有り得ない。
「相手は
よりにもよって、私が「物理的には可能だが、別の理由から最も有り得ない」と思っていた方法で殺されたようだ。
「我々の中から、裏切り者が出たのですか?有り得ない」
「違う。事実は、もっと有り得ない。現場付近で目撃されたのは我々が使うものとは明らかに違う『鎧』だ。そして、事件発生時点での全ての『鋼の愛国者』の居場所と『鎧』の所在地は判明している。『鋼の愛国者』の中に、誰1人該当者は居ない」
存在しない筈の十四番目の鎧。
……まるで、出来の悪い怪談にしか思えなかった。さも無くば、博士の冗談では無いが「平行世界からの侵略者」か。いや、待て……。
「まさか伝説の『蒼き雷霆』では?」
元々、「蒼き雷霆」とは、九〇年前の「世界統一戦争」で世界政府に勝利をもたらしたと言われる「確認された限りでは最初の先行第5副人種」にして「確認された限りでは最強の先行第5副人種」のコードネームだ。
そして、我々の「鎧」の最初期型が作られる前に、その伝説の英雄の名を冠した試作機が作られた、と云う「もう1つの伝説」が伝わっている。
だが、「伝説の英雄の名を冠した『鎧』の試作機」の実在の証拠となる情報は、少なくとも私の権限で閲覧出来る一切の公的記録には存在しない。
「試作機として作られた
たしかに「兄」の言う通りだ。「蒼き雷霆」または「
「更にもう1つ。倒された旧『7=7』の『鎧』から、動力源である
「えっ⁉」
「何だって⁉」
「正式な命令書と資料は、事務官のコ君に今持って来させる。香港に向かう準備を始めてくれ。作戦の指揮官は……『鋼の愛国者』の階位13=1『金色のジークフリート』ことヴァルター・ランダ大佐だ」
「そうか……う〜む……」
エメリッヒ博士が、もの凄い勢いでメモをしていたので、覗き込んでみると、自分の考えを纏める為と思われる走り書きがされていた。
しかし、放っておけば、私達と敵対する更に新たな「鎧」まで出現する可能性が有ると云う事なのか?だが、7=7を殺害した者が、新しい「鎧」を作る為に、
その時、更にもう1つの疑問が脳裏に浮かんだ。もっと、早く思い付いて然るべき疑問だった。
何故、
「大尉、質問が……」
「後で聞く。まずは命令書に目を通してくれ」
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