第20話 理由3
「えっ、なにそれは。……いやいや、いやいやいや! 飼うって……人をか!?」
「急にでかい声をだすなよ、びっくりするだろう」
「……っ」
俺の居た世界でも昔は……いや、今も俺が知らないだけで居るのかもしれないが、奴隷は居た。
代表的なものだと黒人奴隷だろうが……それでも、そこまで酷く無かったはずだ。
「変態同士の奴隷契約じゃねえんだぞ!?」
「あたしにはあんたが何を言っているのかはわからないが……許す許されないじゃないのさ、事実としてはそれは在るんだ」
「つまり……こういう事か? 強姦された被害者が産んだ混血の子供が強い力を持って産まれたから、報復を大義名分にその力と奴隷確保のため相手側の種族を強引に孕ませて……産ませるようになった。それが種族間の対立の原因だと」
「まあ、奴隷っていうのはもののついでみたいなもんだろうがねえ。おおよそその通りさ」
その言葉に、身体の力が抜けるのを感じる。
情報量が多すぎる……いや、重すぎる。
「まあ、もちろんそこまでするのは極一部の人間だけさ。普通の人間は知らない事だ。無知は罪だと思うかい?」
「いや、それは……。じゃあペロは、そこで作られた存在なのか?」
「さあ? あの子がそうなのかは知らないが……まあ、可能性は高いんじゃないのかい。だってあの子、奴隷だろう?」
「……確かに、そうだったけど」
「まあ、つまりはそういう事だ。事情を知っている者は、その出自の理由から嫌悪する。知らない者にはそういう教育を受けてきたいせいで忌避される。そういうものなのさ、この世界の混血は」
「……納得は出来ないけど、理由はわかったよ」
ふざけた話だが、ここでキレた所で意味は無い。俺は熱くなった頭を冷ますために深く呼吸をする。
「ところであんた、何で俺にいろいろ教えてくれるんだ?」
忘れていたが、こいつは偶然にしては出来過ぎたタイミングで俺達の前に現れた。
何か目的があると考えるのが普通だが……それが俺にこんな話をするため、というのはあまりに都合がよすぎる考えだろう。
ならば他に何か理由があるはずだ。
「占いで出たのさ、あたしの友人の力になる異人がこの村に現れるってね」
占い……今までの俺なら鼻で笑うところだが、“魔女の”と付くならば眉唾物と吐き捨てられそうにないな。
「それが俺とペロなのか?」
「いや、そこまではわからなかったが、だがタイミングとしてはその可能性が高いんじゃないかと思ってね」
「そうか……」
確かに、重要な人物が現れると予言されているタイミングで目立つよそ者が現れたら、俺だってそいつが怪しいと考えるな。
「それで……あんたの友人の助けっていうのは、何をさせるつもりなんだ?」
「まあそれは話が終わった後でいいさ。ついでだ、他に何か質問はあるかい? 」
ありすぎて困るレベルだが……正直、混血や奴隷の話は整理する時間が欲しいのでしばらく離れたい。
ならば、せっかくの機会だしこの世界でわからない他の事を尋ねるべきだろう。
幸い記憶喪失だという
「さっきまでのとは他の事でもいいか?」
「ああ、別に良いよ」
「それじゃあこれなんだけど……」
言って、俺は山賊から奪った荷物を机の上に並べていく。
まずは硬貨らしき物だ。変なやつらにボラれないように今のうちに価値を確認しておきたい。
「ん? あぁ、記憶喪失だと言っていたな……そんな事まで忘れちまうとは不便だねえ。ええと……銅貨60、銀貨57、金貨50か。驚いた、大金じゃないか」
「どれくらいの価値があるんだ?」
「そうさねえ……この村だと、金貨2枚もあれば一月は暮らせるんじゃないか」
……思ってたよりも高いな。
金貨1枚、日本円換算で10万くらいか?
「ちなみに、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だ」
という事は……600万くらいか。
マジで思っていたより大金じゃねえか。それだけあるならしばらくは金の心配はしなくてよさそうだな。
宝石もついでに見てもらおうか。俺は硬貨を巾着袋に仕舞い宝石類を並べていく。
「ふむ……本物ではあるが、価値まではわからんな」
並べた宝石の1つを手に取り、照明にかざして鑑定してくれている。
「そうか……いや、本物ってわかっただけでも十分だ、ありがとう」
しかし本物か……盗賊が模造品なんて持っているわけないだろうから当然だけど、どう処理するか困るな。
まあ、今はそれなりにお金があるし急いで換金する必要も無いか。首が回らなくなったらどうにかして捌こう。その時はボられても仕方ない。
「それでこいつは体力回復薬だな、市販されている物だ」
やっぱりか。興味ありまくりだし、今度ダメージを負った時にでも使ってみよう。
「ちなみに、あたしにも作れるから入用ならうちから買ってくれてもいいんだぞ?」
「その時はお願いするよ」
さっきのハーブティにも魔力回復効果があるって言ってたしな、魔女の薬というと効き目が強そうだ。
「あと……最後にこれなんだけど」
ペロがこの場に居ないのは都合が良い。
これを目にした時、また取り乱さないとも限らないしな。
俺は本命でもあるランタンを取り出して机の上に置く。
「これは―――」
魔女の眼の色が変わった。
次いで、俺に向けられている視線が冷たく鋭いものに変化する。
「一応聞いておくが、これはあんたの物じゃないな?」
底冷えするような、静かな声。
年不相応な、正しく魔女のものだ。
だが少なくとも、俺にやましい事は無い。それに気圧されないように努めて声を絞り出す。
「所有者というなら俺の物だけど、山賊から奪った物だからな……あんたはこれが何だかわかるのか? その……ただのランタンってわけじゃないんだよな? その様子だと」
魔女は大きくため息を付き、どかっと椅子に座りなおした。
「そうか……あの占いはそういう事か。……これは、容れ物さ」
「というと、そこの壁に並んでいる標本みたいに何かの死体や植物を薬漬けして標本にするための物か?」
「いや、それとは違う。ここに充填されている液体は砕いた魔石を特別な水に溶かした物でね、効果は内容物に対する腐食防止に加え生命活動維持の補助……もう一度聞くが、本当にあんたの物じゃないんだね?」
「あ、ああ、違うが。生命活動維持って、何か生物でも居れるのか?」
「いや、これは人の眼球……魔眼と呼ばれる物を容れるための道具さ」
「魔眼……魔眼!?」
その単語には聞き覚えがある……あれは確か……そう、ペロを襲っていた山賊達だ。
俺は再びあの山賊達の会話を思い出す。俺がなんでペロを襲うのかと聞いた時の答えだ。
『答える必要も無いが冥途の土産に教えてやるぜ。あのガキは魔眼持ちなのさ』
そう、こんな言葉だった。
あいつらが言っていたハーフのガキという言葉と合わせて考えると、さっき言っていた混血児が持つ確率が高い力というのはそれなのか。
だがコレクションにしては趣味が悪すぎる……いや、この狂った世界でなら普通にありえるのか?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。魔眼って、要は眼球だろ? そんなもの集めてどうしようっていうんだ?」
「ただの眼球じゃない。魔眼とはその名の通り魔を宿す瞳、視るだけである種の特別な力を発現させる天然の魔道具さ」
そんな言葉遊びがしたいわけじゃない。俺が聞きたいのは、魔眼を集める意味だ。
いや待てよ……腐食防止はともかく、生命活動の維持のための容れ物だろ?
という事は……。
「まさかそのランタンは魔眼を魔道具として使うための道具……なのか?」
「その通り。魔眼を発症した子は、この道具を完成させるために生きたまま眼球をくり抜かれるのさ」
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