第14話 地雷原で踊るポンポコリン

「あの……」

「ん?」

「さっきはパン、ありがとうございました」


 礼は何度も言っていたというのに、律儀な子だな。

 感謝される事に悪い気はしないが、この子の場合は卑屈になりすぎているような。


「もうお腹は空いてない?」

「はい、にんげんさんがいっぱいわけてくれたので、おなかいっぱいです」

「ならよかった」

「あー……ところで、俺からも1ついいかな?」

「なんでしょう?」

「その人間さんってのなんだけど、なんでそんな言い方するんだ?」

「えと、どういうことですか?」


 いや、俺が人間なのは誰が見てもそうなんだけれど。え、そうだよね? 転生してから鏡とか一切見てないけど、実は違う生物になってるとかないよね?

 いかん不安になってきた。よくよく考えてみればそのままの姿で転生させてやるだなんてひと言も言われてないし。

 ニュアンスとして、実は「にんげんさん」じゃなくて「にんげんさん?」とかいう疑問形だったりしないよな?

 おまえ、ほんまに人間だよな? ってな具合で確かめるみたいにさ。

 最初の一回目がそうで、俺が否定しなかったからその呼び方で固定された、とかそういうの。

 自分の顔中をぺたぺたと触ってみる。

 うんむ。別に額から角が生えてたり獣耳やエルフ耳も生えてたりもしなければ、オークやゴブリンっぽい凹凸もないぞ。

 元の顔とまったく同じかどうかまではわからないけど、多分人間で合っているはずだ。

 とりあえず一安心。

 対してこの子は犬耳なんて生えてるし、純粋な人間じゃないんだろう。異世界だとありがちな獣人って奴かな。

 俺の居た世界でも自分と違う人種の人間をアメリカ人とか日本人とか、そういった呼び方をする人は居た。だから相手が別種族で名前がわからない場合にその種族名で呼ぶ事自体はさほどおかしくないんだとは思う。

 けれど何か、この子のにんげんさん呼びの理由はそれだけじゃないような気がしてそこが引っかかっているんだ。

 あー……これ言語化するのが難しいな。


「なにかおかしかったでしょうか? でも、にんげんさんはにんげんさんで……、やっぱりさまをつけないのはよくなかったですか?」


 あぁ―――その不安そうな瞳に、ふと、ある仮説が思い浮かんだ。

 いや、でも……奴隷だからといってそこまでなのか?

 この子は俺の名前を知らない事に疑問を抱いていない。返せば、俺がまだ名乗っていない事に対しても。

 つまり、奴隷の身分で名を呼ぶことなど許されないのだから、そんな奴隷相手に名乗る必要は無い。

 そういった考えが、根本にある。

 だからこの子は、仮に俺が直接名乗らず何かの拍子で名前を知ったとしても、にんげんさんと呼んでいたんじゃないか。

 俺の名前を知らない事も、人間さんと呼んでいる事にも疑問を持たず―――持てないで居るんだ。

 違和感の正体は、きっとそれだ。

 それなら、俺がまずすべき事は。


「そういや自己紹介がまだだったな―――俺の名前は小走託夜ってんだ」


 まずは、自分の事を知ってもらう事だろう。



「なまえ……」

「おう。好きに呼んでくれて構わないぜ? 次は君の名前を教えてくれないか?」

「なまえ、わたしの……」

「おう。いつまでも君のままじゃ不便だろ?」


 名前を呼び合う事は相互理解の始まりだ。

 だからまず、君の名前を知りたい。


「なまえは、ありません」

「うんそうか、いい名ま、えっ」

「アリマ=スェンちゃん?」

「……?」


 マジ意味わかんねえ何言ってんだこいつみたいな顔で見られる。クセになりそう。

 だけど、え?


「名前ないンすか?」

「はい。ずっとむかしはありましたが、いまのわたしになまえはありません」

「えっと、それは何いややっぱり待った言わなくていいなんとなくわかった」


 あれだ、千と千尋パターンだこれ。

 奴隷になって名前を奪われたってやつ。

 いや、でもあれは贅沢な名前だねとかイチャモンは付けられたけど、同時に別の名前を与えられていたはずだ。

 そうじゃなくて一方的に奪われる。名前が無いって言う事は……。

 そんな事に意味が有るのか。いや、そもそも使う側も使われる側も不便じゃ無いのか、それは。

 そんな俺の考えを読んだのか、少女が答える。


「いつも、おいとかおまえとか、よばれてました」


 ……それで事足りるのか。


「ですから、わたしのことはすきにおよびください」


 いや、お好きにと申されましても。

 おまえ呼びはハードル高過ぎるし、まだ君の方が良い。

 しかし昔はあったのなら、その名前を教えてもらえないものか。


「その、昔の名前は何だったんだ?」

「……おもいだせません。もうずっと、よばれることはありませんでしたから」


 んああああああああああああ!! 暗いいいいいいいいいいいい!!

 あれだけ何処に地雷があるかなんて言っておきながら特大のやつ踏み抜いてんじゃねえかこのアホボケカス! どうする、どうやってこの空気を払拭する?

 少女はなんでもない風だが、それがまた一層やっちまった感を醸している。

 頭をフル回転させて考える。

 何か、何か、何か。


「あぁっ、え、ええっと、それじゃあ……んー……あっ、そうだ、それなら俺が名前を付けるとかどうだ? いや付けさせてくださいませんか?」


 どうだこの提案は? 苦し紛れだけど悪く無い……はずだよな? 異世界転生だとテンプレ的な展開でありそうだし。

 後はこの子が乗って来るかどうかだが……。

 俺はおそるおそる、少女の様子を伺った。

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