第36話 今の僕が本当に望んでいるものは

♢ ♢ ♢ ♢ ♢



──2人が立ち去った後、僕は、ひたすら考えていた。


僕は、今まで誰よりも平穏な生活を望んでいた人間だ。それだけが何より正しい選択だと信じていた。

……でも、花さんと出会ってからその日常は大きく変化した。僕が求めていたものとは、

程遠い生活を送ってきた。そして、今日は、怖い目にあった。

そして、怪我をした。

これ以上、平穏を求めるのであれば、

今ここで関わらないという選択肢は、

間違っていないはずだ。


……なのに。


──ただ、どうしてか今日は、心が落ち着かない。 


……殴られたからだろうか? 

これまでの僕なら、関わることを避けて……それが正解だと信じてきた。

元々、花さんと知り合ったのも勉強を教えることで、

平穏な学校生活が送れると思ったからだ。

間違っていないはずだ。


(だったらどうして、こんなに心が痛むんだ)


これは、ただの恐怖か?

経験したことのない感情だ。


──コツン。


頭に、何かが当たった。


「あれ? これ、羽川先輩達がお見舞いの品に持ってきてくれたやつだ……」


それは一冊のファイルだった。

おもむろに中を覗いてみる。


「……これは、僕たちが一緒に遊んでいる写真」


それは、運動会の写真。花さんと僕が一緒に勉強をしている写真。みんなで、一緒に海に行った写真。一緒にキャンプに行った写真。その他にも、いつ撮ったのだろうか、みんなで笑っている写真。幾つもの思い出の写真があった。


……今まで、目立つことは避けてきた僕が、誰かと一緒にいるなんて、

想像もしていなかったな……。


ふと、笑みが溢れる。


──そして、同時に涙が頬を伝った。


(あれ……おかしいな……何で涙が出るんだろう)

 

どうして今、僕は泣いているんだろう。殴られた恐怖は確かに残っていて、腕が震える。でも、それじゃない。


「僕、楽しかったんだ……! 花さんと出会ってから……いろんなことがあったけれど、楽しかったんだ……!!」


平穏な日常。それは、決して悪いことではないんだと思う。

けれど、花さんと出会って、僕は……!

今の僕は……!!


──平穏よりも、大切なものが出来たんだ。


僕は、もっともっと、花さんと一緒にいたい!

もっと、もっと一緒に楽しいことがしたい!!


そう思った時には、もう身体が動いていた。

腕は痛いし、正直怖い。

けれど。


「僕が一番後悔するのは……このままビビって……! 何もしないことだ!!」

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