第三章 環境は変化する

第28話 ミスコンをやりたい!

 ーーいつもと変わらぬ日常。人間は、よく変化や成長を求めたがる。

だが、変化や成長には、変わろうとする勇気が必要だ。

これまでには無かった新たな障害がでてくるかも知れないし、失うものも出てくるかもしれないからだ。

それをわかっていても変化を求めたがるのは、なにか現状では手に入らない

ものが欲しいのだろう。

その為に、現状の安定ではなく、変化を求める。

変化をしないことが悪いわけではない。

現状を保ち続けるというのもまた難しいことだからだ。

だが、それでも変わりたいと思うのは、今の関係性や環境からもっと一歩先へと

進みたいと願うからなのだろう。


「……」


しかし、僕は今一歩先へと進めないくらいの圧に

押されているところではあるのだが……

いつもとは、違う緊張感が、

頬を通してピリピリと伝わってくる。


「……で、これは一体どういうことだ?」


 スッ


 花さんは、不服な様子で、僕たちに一枚の紙をつきつける。

そうこの圧の正体は、紛れもなく花さんから発せられているものだ。


「こ、これは何かしら? ね、宮本くん!」


 羽川先輩は、肘でコツンと僕の脇腹あたりをこついてくる。


「え……っと……ちょっとわからないかも? ですね……」


 ドクンドクン。


 ーー完全に嘘だ。しっかりと見覚えがある。突きつけられた紙をみて、ついにバレてしまったといわんばかりの

 僕の、この心臓の焦りよう。

 しかし、ここは、羽川先輩にとりあえず合わせておく。


「そうか……なら良いんだが」


 花さんは、表情一つかえず、

 冷静に、ただ、その一枚の紙を細かく見つめている。


「き、きっと誰かの落とし物ね。後で委員長の私自ら、落とし物として先生に届けてくるわ!こうした小さなことも委員長としての大切な仕事だもの」


「あぁ……誰が落としたのかわからない落とし物なら、羽川ちゃんに任せるとしよう」


「じゃあそれを早速こちらに……」


「ダメだ」


「え……」


 ドンッ!!


 一枚の紙のうちとある下の部分を指差し、花さんは続ける。


「ここに、とっても見覚えのある二人の名前があるんだが……」


 花さんが、指を刺した部分には、こう書いてあった。


『学年関係なし!! ミスコン応募推薦兼応募用紙。自分が出るもよし! あなたが推薦で可愛いと思うあの子をミスコンに出してみるのもよし!! 写真を貼ってエントリーしてね!!


 あなたが出させたい出場者……神崎花


 推薦者……宮本昴。羽川美羽』


「あっ」


 羽川先輩と僕の声が重なる。


「最近何やら、二人でこそこそなにかをしているとは思っていたが……。こういうことだったんだな……。さぁ、二人とも何か言い残すことはあるか?」


 花さんは、腕、そして肩と入念に身体を動かしながら、僕らを威嚇している。


「ちょっ……これは

 ヤバイですよ!! 羽川先輩が絶対、バレないからっていったから署名したのに!!」


「私もバレるだなんて思ってなかったもの!!

 えーっと……宮本くんいざというときの作戦X

 は覚えてる?」


「作戦X……それでいきましょう」


 僕らは、目を合わせ、そして覚悟を決めた。


「なんだ? このあたしから逃げれるとでも思っているのか?」


「せーの……」


「すいませんでしたあああああああああああああああ」


 僕らは、それはそれはもう高速で土下座した。その動き方は、

 趣味ですか?

 最近は、土下座ですかねぇ。

 と真顔で言えるくらいのものだったと思う。


「はぁ……」


 頭を掻きながら、諦めかけたような、それでいて少し優しさを感じるような

 ため息とともに、花さんは、一言だけ。


「はぁ……まぁもういいけど。でも、なんで、あたしがミスコンに出ることになってるんだ」


「いやぁ、これは色々とありまして……」


 それは、数日前のことだった。



 ♢♢♢



「さて今日は、花さんバイトだし……明日は小テストだし、たまには、早く帰るとするかー」


 学生の本業は勉強だというが、実際僕は、それほど勉強が好きなわけではない。

 ただ、学校の先生達に何かと言われるのも嫌だし、頭が悪いと言う理由でお馬鹿キャラ認定されてしまえば、変に目立ってしまうからである。

 目立ちたくないのだ。ただ、それだけである。

 僕には、目標というものが特段ないのかもしれない。

 ただ、平和に暮らせればそれで良い。


「相変わらず、のんびりしてるわね宮川くん」


 聞き覚えのある声に振り返る。

 そこには、帰宅姿の羽川先輩がいた。


「羽川先輩じゃないですか。帰り際に会うなんて珍しいですね。

 今日の委員長の仕事はどうしたんですか?」


「えぇ。それが今日は珍しく本当に何の仕事もなかったのよねぇ……。

 委員長としての務めを果たしたかったのだけれど。まぁ、何も無いって言うのは

 平和なことなんでしょうけど、なんか……こう……達成感がないわね」


 羽川先輩は、腕を軽くくみながら、釈然としないと言った様子。


「まぁ、たまにはこういう日があっても良いじゃないですか」


「まぁ、それもそうね……」


 ひとまずは納得したみたいだ。

 羽川先輩は、ちょっとポンコツなところもあるけれど、こうしたところを見ると、責任感があってやっぱり流石は、委員長なんだよなと感じる。


「とりあえず帰りましょうか」


 一旦別れて、下駄箱から靴を取ると、

 僕らは、のんびりと喋りながら帰り道を歩く。

 すると、突然。思い出したかのように羽川先輩が、カバンをゴソゴソと漁り出した。


「何か忘れ物ですか?」


「いえ、そういえば宮川くんに会ったら、見せたいものがあったのを思い出して。あった! これこれ!!」


 そう言いながら、一枚の紙を取り出すと僕に見せてきた。


「ミスコン応募推薦兼応募用紙? これと僕に一体なんの関係が……」


「ふふふ……宮川くんのとても身近な人で、是非、ミスコンに出てもらいたい人がいるのよ、協力してもらえないかしら」


 僕のとても身近な人……?

 友達が少ない僕には、そんなの1人しかいないが……。



「あの、まさか、花さんのことを言ってます?」


「ええ勿論よ」


「ええ勿論よ。……じゃないですよ!! いや、絶対無理ですよ! 花さんがそう簡単に承諾するわけないじゃないですか!! むしろ、怒られますよ!!」


 僕は、全力で羽川先輩に抗議する。

 しかし、羽川先輩は、そんなことは当然わかっているわと言った面持ちで

 僕に諭すように優しく語りかける。


「もちろん分かっているわ。

 でも……でも……ミスコン出場者には、綺麗なお化粧、特別なコスプレ衣装も

 用意されているの。こんな合法的に花さんのコスプレが見れるチャンスなんてそうそうない。……宮川くんも見たくないの?」


「……」


 くっ。それは、確かにとても魅力的な話ではあるが……。

 だが、やっぱり花さんがそれを承諾するとは思えないし……。

 やはりダメだ。僕は、脳内で誘惑から身を守る巨大な盾を目の前に

 召喚するかのように

 羽川先輩の前に掲げる。


「あら、強情ね」


「まぁ、単純な誘惑に惑わされるほど弱くはないですよ」


「そうしているのも今のうちね」


 羽川先輩は、すっと制服のポケットから四角い写真を取り出した。


 パリン


 自分の頭の中で作り上げた盾にヒビが入る。


「そ……それは……!! 花さんに破られたはずの花さんがツインテールの時の写真……!?」


「ふ……あの時とは別にもう既にバックアップをとっておいたのよ」


「そんなことが……」


 もう二度と見られないと思っていたはずの花さんのツインテール姿が

 拝めるだなんて。


「これあげるわよ」


 バリン。

 盾にさらにヒビがはいる。


「そんな、もう二度と見られないと思っていた写真が手に入る……」


 頭の中で、誘惑に負けるなと言わんばかりに

 声がささやく。

 だが、そんな囁きをもろともせず、

 盾はバリバリと音を立てて、砕けていく。


「それに、ミスコンでは更なるコスプレが見れる」


 バリーン


 うわああああああああああ(棒)


 羽川先輩は僕の手をがっしり掴むと、ニコリと笑った。


「商談成立ね」

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