第64話 引き離されたふたり
「それではお姉様、行って参ります」
二日後、シエルは叔父様の説得の為、一度里帰りをする事になった。
もちろんお父様には本来の目的は伏せ、長らく顔を見せていないのでたまには会いたいとだけシエルは言った。お父様もそれに納得し、馬車を出して下さる事になったのだ。
ちなみにマリクは、後からシエルの家を訪問する事になっている。一緒に行ったりしたら、流石に怪しまれるものね。
「気を付けてね、シエル」
「はい。でも、わたくしはお姉様の方が心配です。わたくしがいない間、何も起こらないと良いのですけど」
「大丈夫よ。ちょっと頼りないけどジェフリー達もいるし、どうとでもなるわ」
「……それが気に入らないのですけど。お姉様はわたくしのものなのに!」
シエルは膨れてみせるけど、こればっかりは仕方が無い。第一大嫌いな兄弟の娘である私が一緒に行ったりなんかしたら、説得どころではなくなるだろう。
「心配なら、早く用を済ませて帰って来てね?」
「むぅ……お姉様、意地悪になられましたわ!」
「そうかもね。……貴方の帰りを、待ってる」
「……はい。すぐに帰って参りますわ」
ほんの刹那、シエルと掌を重ね、すぐに離す。シエルが乗り込むと、馬車はすぐに走り出した。
私は馬車が見えなくなるまで、ずっと、その姿を見送っていた。
「お父様、カタリナ、参りました」
学園から戻ってすぐにお父様に呼び出されたのは、
その翌日の事だった。私が制服から私服に着替えて執務室に入ると、そこにはお父様の他に、二人の屈強な黒服の男達が控えていた。
「……お父様、この方々は?」
背筋に冷たいものを感じながら、何とか声を振り絞る。お父様は私と目を合わせずに、かすれた声で質問に答えた。
「……アリオン王国の、使者の方々だ」
「使者……?」
「貴女がカタリナ様ですね。国王陛下の命で、貴女を迎えに参りました」
「……っ!」
顔から、血の気が引いていくのが解った。迎えにって……アリオン王国に連れていかれるって事!?
「お父様、これは一体どういう事なのです!」
「貴女と貴女のお父上に拒否権はありません。……この屋敷を血の海に沈めたくなければ、大人しく従った方が賢明と思われますが?」
……口調は丁寧だけど、これは、脅しだ。言う事を聞かなければ、この屋敷の人間を私達も含めて、一人残らず皆殺しにするという……。
私達が向こうの企みを阻止しようとしているのがバレた? そうでもなければ、話があまりにも急すぎる。
私を人質に、皆にこの件から手を引かせようとしている。そうとしか思えない。
こんな卑劣なやり方、絶対に許せない。――でも。
「……解ったわ。着替えは必要かしら?」
「いいえ、着替えはこちらで用意させて頂きます。賢明なご判断、感謝致しますよ、レディ」
にこりともせず、黒服の使者達は言った。その慇懃さに、無意識に奥歯を強く噛み締める。
今は、この人達に従うしかない。命さえあれば、まだどうとでも挽回出来る。前世の世界の物語は、いつだってそうだったでしょう?
そう信じる事しか、私には出来ないけど――。
「お父様……シエルが帰ってきたら、よろしく伝えておいて下さい」
「さあ、参りましょうか、レディ」
お父様は結局、私が部屋を出るまで、一度も目を合わそうとはしなかった。
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