第10話 王子様は円満に事を納めたい
「わぁ……流石にとてもご立派ですわね、カタリナ様」
「そうね。まぁ、私は初めて来た訳じゃないけど」
豪華な内装の廊下を歩きながら、シエルが感嘆の声を漏らす。私はそれを、冷めた心持ちで聞いていた。
今私とシエルがいるのは、この国の王宮。私が第一王子の婚約者だからと言って、無闇に立ち入れる場所ではない……筈なんだけど。
「それにしても、リオン様ったらどうしたのでしょう。急にわたくし達を王宮に招待するなど」
そうなのだ。私達をここに呼び寄せたのは、他ならぬその第一王子のリオンなのだ。
いつものように、授業を終えた放課後。帰りの馬車の駐留している場所へ向かった私達を待っていたのは見慣れた公爵家の馬車ではなく、黒塗りの、王家御用達の馬車だった。
『リオン殿下がお待ちです。ご家族には既にご連絡がしてあります』
王子直々の呼び出しともなれば、無視する訳にもいかず。シエルも乗り気だったので、仕方無くこうして王宮までやって来たという訳。
「……さぁ。と言っても、大体用件は想像が付くけど」
「そうなのですか?」
そう私が言うと、シエルは小さく首を傾げる。それを横目に見ながら私は、そっと深い息を吐いた。
私の反応が冷めているのには、理由がある。と言うのもこのシチュエーション、何回も目にした事があるからだ。
ゲームの中盤。私は必ず、シエルと共にこうして王宮へ呼び出される。
そしてシエルの目の前でシエルを孤立させた事を糾弾され、婚約破棄を言い渡されるのだ。これはゲーム内では必ず起こる、必須イベントになっている。
強いて言うなら今はまだゲームの序盤が始まったばかりだと言う事と、私にシエルを孤立させた事実が一切ない事がゲームとは違うけど……。まぁ、来るべき時が来たという事なんでしょう。
ハァ、お父様には何て説明しよう。いや、もう話はお父様までいってるのかもしれないけど。
「カタリナ様、シエル嬢、どうぞ中へ」
そんな事を徒然と考えていると、先を歩いていた年配の使用人が左手の扉を開けた。扉の向こうはサロンになっていて、初夏の柔らかな日射しが窓に反射し、美しく煌めいている。
促されるまま、シエルと共に中に入る。すると窓辺に立っていた人物が、ゆっくりとこちらを振り返った。
「やぁ、来て下さいましたね、シエルさん。それにカタリナも」
「お招きに預かり光栄です、リオン様」
微笑むリオンに、シエルがスカートの裾を上げて礼をする。その様子にますます笑みを深めるリオンに向けて、私は冷淡な視線を送った。
「……それで? 私達をここへ呼んだ用向きは?」
「その話をする前に、まずはお茶にしましょう。丁度茶葉も開く頃だと思います」
そう言って、リオンが窓際のテーブルに来るよう促す。私は仕方無くシエルと共にテーブルに移動し、席に着いた。
私達が席に着くと、リオンはテーブルの上のポットを手に取り、カップに紅茶を注ぎ始めた。それを見たシエルが、眉を下げ声を上げる。
「まぁ、リオン様にお手を煩わせるなんて、わたくしったら気も利かずに……」
「いいのですよシエルさん、私が好きでしているのですから」
その言葉が嘘ではない証拠に、リオンはとても嬉しそうにしている。……私だけの時は手ずから紅茶を振る舞うなんてした事がなかったのに、本命には尽くすタイプだったのね、リオン。
私はどうせ婚約破棄される
「……そろそろ用件を言って貰えないかしら」
圧を込めてリオンを睨み付けると、リオンは小さく咳払いをして席に着いた。そして紅茶を一口飲むと、漸く本題を切り出す。
「……カタリナ。まずは貴女に謝らなければなりません」
「え?」
「私は貴女という婚約者がいながら、他の女性の事を愛してしまいました。それは……ここにいるシエルさんです」
そう言って、シエルを熱い眼差しで見つめるリオン。ん? ここは初回以外は既読スキップで飛ばしてたから会話の内容はうろ覚えだけど、こんな話の流れじゃなかったような……。
「私としては、もっとゆっくりとシエルさんとの仲を深めていきたかったのですが、ジェフリーもシエルさんを狙っていると知り、そうも言っていられなくなりました。故に、このような突然の告白になってしまった事、シエルさんにも深くお詫びします」
「リオン様……」
成る程、それでこのイベントがこんなに前倒しされた訳ね。確かにジェフリーだったら、多少強引な手段も使ってきかねないもの。
「話は解ったわ。貴方はジェフリーより前にシエルを手に入れたい。その為に、私との婚約を破棄したい。そういう事ね?」
多少話の流れは変わってもそういう事だろうと、私は結論を口にする。するとリオンは、キョトンと目を丸くしてこう言った。
「何の話です? 私は貴女との婚約を破棄する気はありませんよ?」
「は?」
予想外の返事に、思わず間抜けな声が出てしまう。……いや、いやいやいや話がおかしくない?
「だって、貴方は、シエルを妻に迎えたいんでしょう?」
「そうですが、貴女に落ち度があるならともかく、そういう訳でもないのに婚約を破棄する理由もありません」
そうだけど。そうだけど! じゃあ貴方はどうするつもりだっていうのよ!
完全に混乱している私と、同じく話が見えてない様子のシエル。その前で、リオンは笑顔でこう言い切った。
「ですから、カタリナには予定通り王妃となって頂き、その上でシエルさんを側室として迎え入れたいのです」
びしっ。
その瞬間、私の中の何かに盛大にヒビが入った。
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