第2話 旅立ち

 



 サクラとの生活は楽しかった。


 俺が盗んできた魚をおいしそうに食べてくれるし、俺のつまらない話を笑顔で聴いてくれる。


 そんな楽しい生活が数日続いたときだった。


 夕食を物色するために林道に沿った草むらを歩いていると、チャリに乗った二人のおばさんが立ち話をしていた。


「奥さん、お昼のニュース、観ました?」


「え、観たわよ。ピンクの首輪をした高級猫のニュースでしょ?」


(もしかして、サクラのことか?)


「そう。見つけた人には、懸賞金100万ですって」


(100万?)


「スゴいわね。よほど、大金持ちのペットだったんでしょうね」


「そうでしょうね。じゃなきゃ、100万なんて大金出せないでしょう」


「そうよね。どこにいるのかしら。サクラだっけ?名前」


(……やっぱりだ)


「この辺にいないかしら。見つけて、100万ほしいわ」


「私も」




 ニャン吉は道を戻ると、サクラの元に急ぎました。




 毛繕いをしているサクラに、耳にしたことを伝えました。


「……どうしよう。あの家には帰りたくない」


 サクラは震えていました。


「きみが帰りたくないなら話は早いよ。ここにいたら危険だ。どこか、場所を変えよう。俺らに任せるかい?」


「ええ、ニャン吉さんにお任せします」


 サクラがクリッとした目で見つめました。


「じゃ、まず、首輪を外そう。目立ちすぎる」


「でも、どうやって」


「うむ……」


 グッドアイデアが浮かばないニャン吉は、腕組みをすると首を傾げました。


 ところが、あることに気づきました。


 首輪をよく見ると、革製ではなく、柔らかいリネン素材だったのです。


 首の周りの毛をハゲさせないための飼い主の配慮でしょう。


 ニャン吉は、サクラに対する飼い主の深い愛情を感じました。


 しかし、「帰りたくない」と、はっきり言ったサクラの気持ちを、ニャン吉は尊重そんちょうすることにしました。


 そして、サクラの首を傷つけないように、ゆっくりと首輪を噛みちぎりました。


「フー、外れたよ」


「ありがとう」


「では、旅に出発だ!」


「ええ」


 サクラがうれしそうにニャン吉を見つめました。




 日が暮れると、ニャン吉とサクラは山に向かって川沿いを行きました。


 登るにつれて人家の明かりが途絶とだえ、少し心細くなりましたが、サクラと一緒だと、ニャン吉はなんだか浮き浮き気分でした。


 サクラを守るためには、人が住んでいない山しかない。


 ニャン吉は、そう決断すると、この先の生き方を考えました。


 もう、人様の食べ物は盗めなくなる。カエルや昆虫、トカゲやネズミを獲って生活するしかない。


「大丈夫?」


 後ろをゆっくりとついてくるサクラに声をかけました。


「ええ。……大丈夫」


 家で飼われていた猫だから、それほど体力はないはずだ。それでも頑張ってついてくるサクラのことを、いとおしいとニャン吉は思いました。



 そして、しばらく登ると、小屋が見えました。


 こんな所に人は住んでないはずだ。


 ニャン吉はそう思いながら、抜き足差し足で小屋に近づきました。


 するとそれは、使われていない古い炭焼き小屋でした。


 ここなら、雨や風をしのげる。

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