第3章 (2)変貌

週末


「はい、並んで、並んで」


本格的な夏はまだ先だというのに真夏のような激しい日差しが照りつける中、巫女の格好をしている巨漢の夏子が沢山の参拝者を相手に奮闘していた。朋友の自宅である神社は、神様の力を授かって以来、参拝者が急激に増えたのである。


以前は参拝者も疎らだった神社境内は、週末ともなるとお正月のような賑わいを見せていた。若かりし頃ならいざ知らず、有ろう事か、御年40歳になる夏子が巫女に扮している姿はちょっとしたコント・・・いやいや、ちょっとした珍事である。


高彦は参列者のご祈願内容に合わせて神々へ祝詞を奏上している。頼光は老骨に鞭打って、夏子と一緒に御札やお守りの販売に精を出していた。


「朋友はどこをほっつき歩いておるのじゃ、孫の手も借りたいくらいじゃというのに・・・」と、ぼやく頼光ではあるが次から次へと列を成す参拝者を相手に不平を言っている余裕すらなくなる程であった。


月明かりが境内の参道に影を引いた時、虫の音だけが静かに響く神社境内と同じように、昼間の慌ただしさとは打って変わり落ち着きを取り戻した朝日家の一同・・・


「大丈夫?」


夏子に声をかける朋友であるが・・・


「もう、ダメ!クタクタよ」


そう返事するのが精一杯なほどに疲れ果てた夏子は、朋友に団扇うちわで仰いでもらいながらぐったりしていた。


「あとは俺がやるから、休んだ、休んだ」


「ありがとう、そうさせてもらうわ・・・」


夏子は体を起こして、重い足取りで屋内へ向かった。


朋友の仕事は、夏子の代わりに引き受けた境内の掃除だけではない。参拝者が残した気で境内の空間が劣化していることを体感することができるようになった朋友は、穢れた空間を祓い清めるという神職が遣るべき本当の仕事に目覚めたのである。


虫たちが奏でる夕の音を聞きながら、朋友は境内の掃除を丁寧にしていた。そして、先日の夜、結子に言われた言葉を想い出す・・・「自分家じぶんちの神社から、しっかり守れるようにね! 」という言葉を・・・


「そういうことかよ!」


境内をほうきで掃き終えた朋友は、拝殿前にひとり佇み集中力を高めていた。呼吸を整え空間に意識を向けたうえで、境内の穢れを全身で繊細にキャッチする。そして、手を合わせ神様に空間を祓い清めていただけるよう、静かに祈願した。


清らかな神様の気をリアルに体感し、その清らかな神様と直接的に繫がることができる清らかな心身にならなければ、正確な「お祓い」はできないことを体感から理解している朋友。


拝殿前で柏手を打ち、境内の気を祓い清める訓練に励む朋友の姿は、見た目は高校生であっても既に立派な神職のような佇まいである。


「おっ、おったか朋友の奴め・・・」


怒った形相の頼光が朋友を見つけて近づこうとした。


「あっ、お父さん、ちょっと!」


そんな頼光を小声で呼び止め、頼光の腕をとり物陰に隠れさせた高彦に対して、朋友が家宝である大切な御剣を勝手に持ち出したのだから、注意せねばならんと食い下がろうとしない頼光。


高彦は朋友に聞こえないように、小さな声で頼光へ静かに朋友の様子をうかがうようにさとした。


「あの朋友がやる気になっています、お父さん!」


嬉しくてたまらない気持ちを頼光に伝える高彦の心に呼応するように、頼光も喜ばしい気持ちが沸き上がって来た。


「あやつ、遂にやる気になったか!」


「はい、お父さん!」


「うん、それでこそ、儂の孫じゃ!」


朋友の颯爽さっそうとした姿に大喜びする仲睦まじい親子である。


「それから、ご先祖さまの御剣ですが、ただ持ち出したのではなく・・・」


「えっ、ホントなのか?!」


耳打ちする高彦の言葉に驚き、嬉しい笑みを浮かべる頼光。


此の夜、夜空に光り輝く無数の星々が訓練に精を出す朋友の姿を見守っていた。



他方、東京都内は人工的な光が夜空を明るく染めていた。


夜が更けても人の熱気と騒音が鳴り止まない場所・・・そのような場所では深夜になっても人は鎮まっていない。


‪「どういうことだ?!」‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬


鬼塚の父が組長を務める組が関与している企業に管理させている都内の倉庫。その前で強烈な妖気を放ちながら腕組みしている鬼塚は、舎弟のひとりから朋友の自宅である神社で結子と朋友が叢雲の剣の力を手にしたようだと聞かされた。


御神剣だと・・・鬼塚は、祭の夜に出逢った朋友の姿を想い出した。


「こちらは準備ができました」


角田が駆けつけ、鬼塚に報告した。


鬼塚京一の指示通りに金を餌に人体を得た子分の鬼たちを鬼塚の待つ場所へ角田剛毅が招集したのである。


倉庫内には鬼に憑依された若者たちが整列していた。彼らの前に現れた鬼塚と、その傍らに付き添っている角田への忠誠心から若者たちは深々とお辞儀をして礼節を尽くす。


「剛毅、全員に渡してやれ」


「はい」


角田の指示に従い鬼塚が準備した武器を角田の取巻きたちが整列している若者たちに分け与えた。


「お前ら、いいな、作戦通りにやれ!」


鬼塚の命令を聞いた全員が殺意に満ちた眼差しに変貌し、禍々しい穢れた気を全身から噴き出した。


深夜にも関わらず、夜空の星々を搔き消す異常な光りに満ちた都内から全国各地へ向けて散り散りに移動する鬼たち。


散会後も鬼の気が残留した穢らわしい倉庫内・・・日増しに禍々しさが増す都内の空間は環境の異変を加速させ、そこで暮らしている人たちの人体にも悪影響を及ぼし、健康を害するのである。其ればかりではない。更に追い打ちをかけるように未成仏な霊たちも浄化されることなく徘徊しながら穢れを増幅させ、魔物化してゆくのである・・・

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