第13話 英雄の槍
ウィルは胸のペンダントを握りしめ力の奔流に逆らい叫び声をあげた。
ペンダントの中の火が脈動しウィルの鼓動に合わせて輝きを増しグラックスの魔法からウィルの体を守る結界となる。
「抵抗するか少年。いい、いいぞ。その決意!!」
グラックスは笑いながら杖を掲げウィルの結界を押しつぶしていく。
「意志を貫くには脆弱すぎる、己が存在を呪うがいい」
「だけど僕がいる」
グラックスを貫く刃。その先にデミィとオルウェンの姿があった。
「貴様から教わった技術が役に立つとは皮肉だが、チェックメイトだラームジェルグの悪魔」
二人はラームジェルグ隊に所属していた時に身につけた対魔気功術によりグラックスの魔法の干渉を限定的に回避することに成功していたのだった。
デミィは魔法の光が消失し落下してきたウィルを抱きとめ、二人をこの場所に連れてきたエドも彼を心配して駆け寄ってきた。
「ウィル、大丈夫かい」
「父さん僕のことはいい、まだ終わってないんだ」
ウィルのその言葉にデミィがグラックスの亡骸があるはずの方向を見ると、そこには倒れていたはずのグラックスが身体から血を噴き出しながら平然と立ち上がる姿があった。
「父さんこのペンダントを」
デミィはグラックスを警戒しながらウィルの差し出したペンダントを受け取った。
「あの魔法に巻き込まれている最中にアンジェラが教えてくれた、そのペンダントのレムリアの火があいつを倒す唯一の手段なんだ」
床が吹き飛び大穴が開くと中から破損した神像が現れグラックスの下半身を取り込む。
神像の無数の口が悲鳴のような声をあげ始めた。
グラックスは静かに涙を流した。
「かつての部下ですら私を憎むか、悲しいな……。しかし人々の魂を昇華する手段は他にはないのだ。犠牲を払わねば歴史は動かない」
グラックスの体から衣類が滑り落ちその上半身をむき出しにした。
「私は人類にとって不可欠な必要悪となる、諸悪の根源として全ての人々に憎悪されようとも、私一人の犠牲で人類が善性に目覚めることができるのならば、この命、魂すら惜しくはない」
グラックスは蝙蝠の獣人に転化しそのまま魔獣化し神像の欠損を補いながら融合し、ウィルを凝視する。
ウィルを下ろすとデミィは走る。その一歩一歩が対魔気功術で引き出された魔獣の膂力により爆発的な推進力を産み出していく。
「グロリア!グロリア!!天に召されよ!!汝が魂は神のみもとへ!!」
グラックスと融合した神像に無数の眼球が現れ周囲のシャムシールの人々を見ると餌を食うように大聖堂にいた彼らを喰らい取り込んでいく。
触手に取り込まれた人々のバラバラに切り刻まれた体が析出し血を吐き出しながら一斉に悲鳴をあげ、蛆虫のような牙を持つ魔獣が無数に神像から噴き出してきた。神像が血に染まりあたりが血の海となる、さながら地獄の入り口の様相がそこにあった。
デミィの握るペンダントからレムリアの火が溢れ出て、それは周囲の血を蒸発させながら一本の炎の槍となり顕現する。
ウィルとエドの描いた物語の英雄の武器、シャムシールの人々の抱いた希望の化身、《オリンディクスの槍》がそこにあった。
デミィは触手を切り裂き神像を横薙ぎに斬り払った、しかし神像部分は取り込んだシャムシールの人々を触媒に新たに取り込まれていくレイスによりその一撃でできた傷を瞬時に修復してしまう。
部下と共に魔物と触手を銃撃で牽制し、僅かながらも安全圏を構築していたオルウェン達を援護しつつそのエリアに着地するデミィ。
「グラックスの生身部分は狙えるか?」
「ああ、だけど今のままじゃあそこに行くための力が足りない」
オルウェンの問いに答えながら槍を縦横無尽に旋回させ敵勢力を押し戻すデミィ、その様子に兵士達とエドとウィルが舌を巻く。
「あれでいく、時間かせぎを頼む」
「正気か?息子の前だぞ」
オルウェンのその言葉にもデミィの目は静かな光をたたえていた。
「父親としてかっこつけたいんだ」
そう言うとデミィは自身の身体を魔獣化させていく。本能的に背筋が凍るような巨躯と暴力に特化した肉体に変貌する彼に兵士達は脂汗を流し恐怖心を堪え引き金を引き続ける。
魔獣の異様と化したデミィにウィルが叫ぶ。
「いっけえぇええ!!」
デミィはその言葉に答えるように大地を震わせる咆哮と共に大理石の床を爆散させながらグラックスへ向けて飛翔する。
触手がデミィの前に集まり無数の刃となって彼に斬りかかる。数本を砕き、足場にしてさらに襲い来る十数本を回避、雨のように降り注いできた無数の魔物に体を絡め取られながらデミィは迫ってくる刃をあえてその身に受け魔物を自分の肉ごと削ぎ落とし、雄叫びをあげながら拘束を解き、迫ってきていた神像の巨腕を槍で切断する。
連動するようにグラックスの左腕が切り離されグラックスがこの世の物と思えないような悲鳴をあげながら満面の笑みを浮かべすでに動かしていた右腕と触手でウィル達を襲う。デミィは目を見開き全身から大量の血を噴き出しながら筋肉を弛緩させその爆発的な威力を解き放つ。目にも留まらぬ速度で移動しながらデミィは刃となった触手を素手で握り千切り苦痛に顔を歪ませながら巨大な剣として神像の右腕と触手を切断、その場の全てを叩き潰す為に振り抜かれた巨大な翼を掴み引きちぎりながら槍を構えグラックスの生身部分に向けて翼の上を走る。
グラックスと目があったデミィは心の中で思った。
『僕は自分の行いを貴方のせいにすることで自分で自分を怪物にしていた。だからもう貴方のせいにはしない、僕の罪は僕が背負う』
グラックスはいつかのようにデミィの中の心の弱さをつくような悪魔のような優しい目をして彼を見た。その目に惹かれ犯した数多の過去の後悔がデミィの心を引き裂く、しかし彼は足を止めることなく進み続ける。
「大切な人のそばにいられる僕であるために、貴方との決着をここでつける!」
人の言葉を話せない魔獣の肉体で咆哮の形でそう叫ぶデミィ。
人の意思を失ったグラックスが奇怪な雄叫びを上げ、大聖堂のガラスが一斉に砕け散る。雲が晴れデミィが開けた大穴から差し込んだ日の光がガラスの破片に反射して光の雨のように降る中デミィはグラックスの眼を見据えながら槍を振り下ろした。
グラックスの胸に突き立てられたオリンディクスの槍が形を失い偽りの神の中に取り込まれていく。
レムリアの火が神像の中のレイスにオリンディクスの槍の希望を伝播し、神像が光に溶けるように崩壊していった。後に残されたのは半身を失い虫の息になったただの魔獣の残骸。
デミィは元の姿に戻りながらグラックスを見下ろす。
「戦場の英雄ラームジェルグはここに倒された、英雄としての貴方はもういない。だからもう休んでくれ隊長。この世界に俺たちの存在はもう必要ないんだ」
「私はお前が嫌いだったよデミトリィ」
ため息とともに命の残滓を吐き出しながらグラックスは自嘲気味に笑う。
「いつもお前だけは私を人間として扱った、それがどれだけ私にとって苦痛だったか」
「ならばその痛みを抱いて逝け、俺たちはお前をけして許さない」
その言葉とともにオルウェンはグラックスの眉間に銃弾を撃ち込む。
デミィはグラックスの死に顔を直視できずただ空を仰ぐ。ウィルが自身の手を握るその感触だけがその時彼を現実に留める唯一のよすがだった。
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