第64話「ナナの誕生日プレゼント」
「え? 誕生日プレゼント?」
「うん、そうなの。もうすぐナナちゃんの誕生日でしょ? どんな物をプレゼントしたら喜ぶのか、ナナちゃんの幼なじみの池川くんに、ぜひアドバイスしてもらいたいなーって思って……」
放課後、約束通りに俺の家にやって来た福原さんを居間に通し、他のお客様たちと同じように居間のテーブルの前に座らせて、俺はその向かい側に座り、どんな重い相談をされるのだろうと心して「相談」とやらを聞いてみると、予想をはるかに下回る軽い相談で、内心、ものすごくガッカリした。
腹の底では思っていた、「別れ話であれ、別れ話であれ、別れ話であれ」と……しかし、実際は「誕生日プレゼントを何にするかで悩んでいる」という、別れ話とは程遠い、ラブラブというか、のろけのような相談で、「福原さんがナナと別れてくれればワンチャンある」という俺の淡い期待は一瞬にして打ち砕かれた。
「そんなこと言われてもね……別に俺もナナのことなんでも知ってるわけじゃないし……」
俺はガッカリした心を隠しつつ、一息つくため、いつものようにコップに注いだコーラを飲んだ。
「でも、池川くんもナナちゃんの誕生日プレゼント、用意してるんでしょう? 何をプレゼントするつもりなの?」
「え? まあ一応、用意はしてるけど……」
今日は7月3日で、ナナの誕生日は7月7日、そう七夕。
7月7日生まれだからナナ(漢字で書くと「奈菜」)という、実に単純なネーミングである、まあ、お母さんの名前が
「何を用意したの? 参考にしたいから教えてくれると嬉しいんだけど……」
「あ、ああー……それは……ちょっと……」
福原さんにそう言われても、俺は自分の用意したプレゼントを打ち明けるわけにはいかなかった。
なんでかって?
俺がナナのために用意したプレゼントは、百合エロ漫画と百合エロ同人の詰め合わせだからだ、もちろん18禁。
ナナのために、ネット通販サイトで、親父名義で注文し、親父が家にいない時間帯に配達してもらうように指定して、無事に受け取ることができたものだ。
おそらく百合漫画家を目指しているのであろうナナには絶対喜んでもらえると確信しているが、もちろん福原さんには、そんな物をプレゼントすると告白するわけにはいかなかった。
ただでさえ、ナナには「『
「池川くん?」
「そ……そんなことよりさぁ、プレゼントを何にするかの相談なんて、別に学校でしてもよかったんじゃないかなぁー? わざわざ二人きりになる必要あったの?」
福原さんの追及をかわすため、俺は強引に話題を変えた。
「え? だって、もし他の人に聞かれて、その人に『あの二人、女子同士なのに誕生日プレゼントを渡すような仲なのか? もしかして、付き合っているのでは? 怪しい……』とか思われたら困るじゃん」
「いや、誕生日プレゼントぐらい、友達同士でも普通に渡すでしょ! そんなんで誰も疑わないよ……」
「でも、壁に耳あり、障子に目ありっていうから警戒するに越したことはないし……それに池川くんと話してるところをナナちゃんに見られて、会話に参加されたら困っちゃうでしょ?」
「うん、まあ、それはたしかに困るかもね……サプライズでプレゼントするつもりならね」
「でしょう。それで、ナナちゃんは何をプレゼントしたら喜ぶと思う? 幼なじみの池川くんの意見をぜひ教えて」
「エロ漫画!!」……などと言えるわけもなく、俺はとりあえずコーラを飲みながら考えてみた。
よくよく考えてみたら、ナナの好きな物なんて、漫画しか知らない……でも漫画は俺がプレゼントするし、昔だったらGペンなどの画材をプレゼントしたらさぞかし喜ばれたことだろうが、ナナは「漫画はパソコンで描いてる」と言っていたから画材はいらないだろうし……あ、そもそも「鯛なまこ」先生のことは福原さんには内緒なんだったっけ、危ない、危ない……他にナナが欲しがりそうな物? うーん……
「池川くん?」
「下着……かなぁ?」
「えっ!? 下着!?」
俺が悩んだ末に突拍子もないことを言い出したものだから、福原さんは驚いたらしく、大きな声をあげた。
「あ……いや……ほら、ナナってあのサイズだから、『本当はもっとかわいいブラを着けたいのに、サイズが合わなくて』とか言ってたような気がして、でも男の俺や、他の女友達がブラをプレゼントするわけにはいかないし、そこは恋人である福原さんの出番かなーとか思っちゃったりして、なんて、アハハ、アハハ……」
「下着かぁ……うん、悪くないかも」
「え? 悪くないの!?」
俺の苦しまぎれの間抜けな提案は、絶対に一瞬で却下されると思っていたのに、福原さんはまさかの乗り気だった。
「うん、池川くんの言う通り、下着なんて、恋人である私しかプレゼントできない物だから、特別感があっていいなって思って……」
笑顔の福原さんを見て、俺の心は複雑だった。
今、目の前にいる福原さんは、俺がどんなに見たくても見られない、ナナの下着の下にある素肌を見ているらしいのだ。
あの自称・天神さまのおかげでモテモテになったらしいが、なぜか、俗に言う「ラッキースケベ」には一切恵まれていない俺、もちろんナナの裸も、今までの人生で一度も見たことはない。
でも福原さんは見ている……おのれ……
「うん、私、決めた。ナナちゃんへのプレゼントはブラとパンツにするよ!」
そんな俺の心など知りもしない福原さんは、目をキラキラさせながら、大きな声で決意を語った。
「そ、そうなんだ、ふーん……」
俺としては、なんの計算も打算もなく、適当にした提案がなぜか採用されてしまって、正直、困惑することしかできなかった。
「だから、今日はもう門限が近いから無理だけど、明日にでも買いに行こうかな……池川くん、ついてきてくれる?」
「え? なんで?」
どうにも俺の周りの女子たちの言動は、いつだって俺の予想をはるかに上回る。
なんだって俺が、ナナの下着を選ぶのに協力せねばならぬというのか?
ご褒美にナナが、プレゼントしてもらった下着を着用しているところを見せてくれるとかなら行ってもいいけど、そんなことあるわけないし……
「なんでって、下着を買ったはいいけど、ナナちゃんの好みと違う、的外れな物をプレゼントしちゃったら困るから、ぜひ池川くんにアドバイスしてもらおうと思って……」
「いや、いくら俺でもナナの下着の好みなんて知らないし……それにナナのサイズのブラなんて、普通のお店には置いてなくて、お取り寄せとかになっちゃうから、今から買いに行っても誕生日に間に合わないのでは?」
そもそも俺はナナのブラが何カップなのかも知らない……推定するにHとかIではないかと思っているが……いや、カップどころか、ナナのバストが正確に何センチなのかも把握していない、推定1メートルと思ってはいるが……
「大丈夫、大丈夫、なんとかなるって……それじゃあ、明日の放課後にゆ○○ウンで待ち合わせしよ」
福原さんはメガネをかけた大人しそうな容姿に反し、意外に能動的で、強引な女子だった。
人は見かけによらないというのは本当のことだったんだなぁ……
「え? ゆ○○ウン? イ○ンじゃなくて?」
「うん、イ○ンはいつも人が多くて誰に見られるかわからないし、ゆ○○ウンの方がいいかなって。それと学校から一緒に行くと、私と池川くんとの間で、変なうわさが立って、ナナちゃんがやきもち焼いちゃうかもしれないから、別々に下校して、ゆ○○ウンで落ち合おう。下着売り場はたしか3階だったから、そこで待ち合わせってことで、いいよね?」
福原さんはとても早口でまくし立ててきて、どうやら俺に拒否権はないようだった。
「わ……わかったよ、明日の放課後、ゆ○○ウン3階の下着売り場で待ち合わせね」
「うん、なるべく早く着てね。私、門限7時だから、せめて6時ぐらいまでには買いたいから」
「か……かしこまりました……」
こうして俺は、ついこの間まで片想いしていた幼なじみの誕生日プレゼントのブラとパンツを、幼なじみのカノジョと一緒に買いに行く約束をしてしまったのだった。
どういうことだよ! 超展開にも程があるだろう!!
などと、心の中で叫んだところで、結局はスキル「きっぱり断る」を持たない自分が全面的に悪いのだけれども……
どうして俺は、女子たちの無茶ぶりを断ることができないのだろう?
こんな性格だったら、カースト下位に転落して、女子たちにいいようにこき使われる男になってもおかしくないのにそうならないのは、やっぱり、あの自称・天神さまに顔をイケメンにされてしまったからだろうか?
そのおかげでクレナお嬢のお気にになったから、他の女子たちは俺にちょっかい出せずにいる、もし出したらお嬢に金の力で何をされるかわかったもんじゃないからね……
そう考えるとイケメン化してもらえてよかったのかも……もし、してなくて俺が、クレナお嬢になんとも思われないような男だったら本当に、クラスのカースト上位の女子たちにパシリにされるだけの高校生活だったのかもね……
うーん……
性格変えた方がいいかもよ……
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