第45話「女の子の裸、見たいの?」

「それでパーラーったらおかしくてさー……」


 ベッドの横に椅子を置いて座ったサアヤさん、俺が眠るところを優しく見守ってくれるのかと思いきや、大きな声でぺちゃくちゃぺちゃくちゃとしゃべりまくり、まったく寝かせてくれそうになかった。


「あの、サアヤさん……俺、頭痛いんでそろそろ寝たいんですけど……」


「そしたらマッチがねー……」


「あの、サアヤさん……話聞いてます? 俺、頭が痛い……」


「嘘だよね、それ」


 いつもの笑顔が嘘のように、サアヤさんは俺に冷たい目線を向けてきた。


「う、嘘だなんて何を根拠にそんな……ああ、頭痛いなー、すごく痛いなー」


 俺は必死に演技をしたが、


「おでこ、こんなに冷たいのに頭痛いわけ?」


 サアヤさんは俺のおでこに左手を当てて、あっさりと嘘を見破った。


「そ、それは……」


「それにさー、さっきは急に頭が痛いとかいうから、あわてちゃってサトシくんのこと部屋に担ぎ込んじゃったけどさー、冷静に考えたら、頭ってそんな急に痛くならないよね。もっとこう、じわじわ時間をかけて痛くなるものなんじゃない?」


「う……」


 サアヤさんの的確な指摘に、俺は何も言えなくなった。


「もし本当に、急に頭に激痛が走って、それが続いてるってんだったら、それ、命に関わる病気だろうから病院行った方がいいよ。なんだったら今から救急車呼ぼうか?」


 サアヤさんは鞄からスマホを取り出した。


「きゅ! 救急車!?」


「うん、どうする? 119番する?」


 サアヤさんは今にも119番通報しそうな勢いだったので、


「だ、大丈夫です……救急車呼ぶほど痛いわきゃないので……」


 俺は嘘をつくのを諦めた。


「だよねー、私も今のサトシくんが死にかけてるとは到底思えないよ。絶対、元気だよね」


「は、はい……」


 これはもう無条件降伏だった。


「素直でよろしい……ところで、なんでズル休みなんかしたの?」


「いや、別に、わざわざサアヤさんにお話しないといけような理由なんてなんにもないですよ。ただ、なんとなく、行きたくなくて……それで……」


「ふーん……この期に及んで、まだ嘘つかれるだなんて……やっぱり私、まだサトシくんに信頼されてないんだね……」


 またしてもあっさり嘘を見破ったサアヤさんは、いつもの明るい表情が嘘のような、暗い表情でうつむいていた。


「あ……いや、そういう意味じゃなくて、サアヤさんにお話しても解決するような問題じゃないんで……自分自身の問題なんで……」


 俺はなぜか取り繕っていた。


 別に好きじゃないサアヤさんに嫌われても構わないはずなのに、サアヤさんのご機嫌を取ろうとしていた。


「でもね、サトシくん、学校にはちゃんと行かないとダメだよ。高校は出席日数が足りないと、本当に留年しちゃうんだからね」


「そんな1日休んだぐらいで留年してたまりますかっての……それにこのまま不登校になろうとか、別に思ってませんから」


「ホントに?」


 サアヤさんは急に立ち上がり、横になったままの俺の顔をのぞき込んだ。


 俺はサアヤさんと見つめ合うのが恥ずかしくて、またしてもFカップおっぱいをチラ見してしまった。


「あ、また、おっぱい見てる。ホント、サトシくんはおっぱい好きだよねー」


 そして、いつものように一瞬でバレた。


「す、すいません……」


 それが恥ずかしくて俺は掛け布団を掛けて顔を隠そうとしたが、サアヤさんが即座に引きはがしてしまったので隠せなかった。


「そんなことよりさー、サトシくん、明日はちゃんと、ズル休みしないで、学校行く?」


「行きますよ。学校休む度に押しかけてくる人がいるから、おちおち休んでもいられませんよ……」


「ホントに?」


「ええ、行きますよ、行きます……」


「じゃあ指切りしよう」


 サアヤさんは左手の小指を立てて、俺の顔の前に差し出してきた。


「えっ? いいですよ、そんな子供じゃないんだから……」


「いいからしよう!」


 サアヤさんは右手で、俺の左手をつかみ、強引に自分の左手とドッキングさせた。


 そして強制的に「指切りげんまん」が始まってしまった。


「ゆーびきりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます……歌ってよ、サトシくんも一緒に」


「ええ……」


「はい、もう1回! ゆーびきりげーんまん……」


 俺は本当は、新喜劇の女座長が歌っている、あの「指切りげんまん」を歌いたかったが、サアヤさんが元ネタを知っているかわからなかったので、やむを得ず普通の「指切りげんまん」を、小さな声で歌った。


 サアヤさんはそれが終わると満足したのか、俺から離れた。


「それじゃあ、あんまり長居するのも悪いから、今日のところはこれで帰るけど、最後にこれだけは言っとくよ」


「な、なんですか?」


 俺はサアヤさんが、アカちゃん先生みたいに何も言わずに去るのではないかと思って、ツッコむ準備をしていたが、


「たとえサトシくんが世界中を敵に回すようなことをしたとしても、私だけは絶対にサトシくんの味方だからね!!」


「いや、俺、世界中を敵に回すようなことなんか絶対にしませんよ!!」


 サアヤさんの天然発言のせいで、用意していたのとはまったく違うツッコミをするはめになってしまった。


「それじゃあ、また明日……あ、見送らなくていいからね、勝手に帰るから」


 サアヤさんは部屋のドアに向かって歩き始めた。


 やれやれ、今日は早めに帰ってくれて助かったな……などと安堵していたところ……


 バタンッ!


 何か大きな音がして、俺がドアの方を見てみると、サアヤさんが床に落ちた何かを拾っていた。


「あっ、ごめん……なんか落としちゃった……って、この漫画……表紙の女の子が裸……それはめっちゃ巨乳……」


 俺はサアヤさんが床から拾い上げたのがエロ漫画だということを知って、あわてて起き上がって、ベッドから飛び出し、ものすごいスピードでサアヤさんからエロ漫画を強奪した。


「それ……高校生が買っちゃいけないやつなんじゃないの……」


「う……」


 サアヤさんの的確なツッコミに言葉もなかった。


 でもよかったのかも……これでついにサアヤさんも俺に幻滅したに違いない……サアヤさんに嫌われさえすれば、俺に平穏な日々が戻ってくるのだ…… 


「ねえ、サトシくん……サトシくんはそんなに女の子の裸、見たいの?」


「え? まあ……俺だって男ですからね、見たくないと言ったら嘘になりますよね……」


 俺はサアヤさんの質問にどう答えるべきか一瞬迷ったが、スケベ心を出せばサアヤさんに嫌われるんじゃないかと思って、素直に答えた。


「じゃあ……見せてあげよっか……私の裸……」


「え?」


 サアヤさんの言動はいつも俺の予想の斜め上を行っていた。


 サアヤさんは本当にブレザーを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンに自分の手をかけていた。


「ちょ、ちょっと……」


 もちろん俺はあわてて止めた。


「別にいいよ、サトシくんになら裸見られたって……今、この家は私とサトシくんの二人だけなんでしょう。だからいいじゃん、見ちゃいなよ」


「いや、よくないですよ! そういうのは付き合ってる人同士がやることであって……」


「じゃあもう、付き合っちゃおうよ……」


「え……」


 サアヤさんの謎の行動に、俺がどうしたらよいのか戸惑っていると……


「ピンポーン」


 いつもはうざったいばかりのチャイムが、今日ばかりは救いの音色に聞こえた。


「あ、誰か来たから、玄関行かないと」


 俺は急いで自分の部屋の外に出て、階段を駆け下りて、玄関に向かった。


「あっ、ちょっと待ってよ、サトシくん!」


 サアヤさんは当然、俺のことを追ってきたみたいだが、俺はお構いなしだった。


「あ、サトシ様。今日学校お休みになっておられたから心配で、剣の稽古のあと、お見舞いに来ようと思いまして来てしまいましたわ。ご迷惑だったかしら?」


「Hey(ヘイ) Satoshi(サトシ) Summer(サマー) オゲンキデスカー? レレレノレー!!」


 玄関開けたら、そこにいたのはクレナお嬢とロバータ卿だった。


 そう言えば朝、親父が言っていた。


 クレナお嬢とロバータ卿が、我が池川愛剣流(いけがわあいけんりゅう)の道場に入門したのだと……


 ましてクレナお嬢は俺の前の席。


 俺が休んでいることに気づかないわけがない……


「サトシくん……その女の子たち誰?」


 そして玄関に現れたサアヤさん。


 前にナナが急に家にやって来た時とは比べ物にならないほどの修羅場が、今日の終わりに待っていたみたいだった。


 これは多分、ズル休みした天罰なんだろうね……

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