第13話「夢二夜(ゆめふたや)」

「イェーイ。呼ばれたから出てきたよー」


「いろいろと問いたださねばなるまいぞ」と意気込んで眠りについた俺を、あの「自称・菅原道真すがわらのみちざね」もしくは「自称・天神さま」のおじさんは、まさかのニコニコ笑顔にダブルピースで出迎えた。


 豊かな顎髭あごひげをたくわえた束帯そくたい姿のおじさんが、ダブルピースをしている時点で、「やっぱりこんな奴、神様なわけがない」と思ってしまったが、まあせっかく夢に出現してくれたのだ、話をしないわけにはゆくまい。


「どうだったー? 入学初日、楽しかったー?」


 表記が揺れると皆さんが混乱するので、これからは「自称・天神さま」という表記で統一することにいたすが、自称・天神さまは、まるで長年の友達でもあるかのような、フランクな口調で俺に語りかけてきた。


 何がイラつくって、この自称・天神さま、やたら良い声をしているのだ。


 まるで津〇健〇郎みたいな美声なのである、変人のくせに……


 誰がどう見ても胡散臭い人物なのに美声とか、なんかむかつく……


「そんなこと言われても、わしだって好きでこの声になったわけじゃないしー」


 ああ、そうだった。


 この自称・天神さまは俺のモノローグを読むことができるんだった。


 だったら別にしゃべらなくても、モノローグだけで会話が成立するんだろうが、一応しゃべって会話することにした。


「今日、呼び出したのは他でもない。お前、俺の顔いじったな?」


「あのさー、わし、こう見えても、一応神様なんだから、敬語ぐらい使ってほしいんだけどなー……」


 め、めんどくせー……


「それなら……今日、呼び出したのは他でもございません。あなた、わたくしの顔いじりましたわね?」


 めんどくせーと思いつつも、きちんと敬語で言い直す辺り、俺もお人好しだった。


 お人好しだから、神様を自称する詐欺師・ペテン師にすぐだまされちゃう……


「誰が詐欺師じゃ! それにお人好しとかそういうの、なんで自分で言っちゃうかなぁー、印象悪いよー。あと、さっきの敬語っていうより、お嬢様口調だったじゃん。ユー、めっちゃクレナお嬢の影響受けてんじゃん」


「いちいちセリフやモノローグにツッコまなくていいんですよ! さっさと質問に答えてくださいまし! ですわ!! あと、三人称『ユー』にするのはやめてくださいまし! で、おじゃる!!」


「いや、日本語おかしくなってるから……男がその口調でしゃべってもキモいだけ……」


「とにかく質問に答えてください!」


 俺は自称・天神さまが質問をはぐらかすために、わざとボケ倒しているのではないかと思って、あえてきつく当たってみた。


「うん……まあ…いじったかって言われるとぉー……いじったよねぇー……うん……」


 きつく当たったとたん、自称・天神さまは口を割った。


「なんで、そんなことするんですか!? 頼んでないでしょ!!」


「えー、頼んだじゃーん。『高校に入学したら、モッテモテになりますように。たくさんの女の子をはべらせたハーレム学園生活を送りたいんジャー!』ってー」


「だからそれ頼んだの俺じゃないって何回言えば……」


「すっげーデブのブサイクが金と権力を笠に着てハーレム学園生活を送るような作品が世の中の人にウケると思う!?」


「いや、俺は別にデブでもブサイクでもなかったわ!!」


 俺の話をまったく聞かない自称・天神さまと会話をしていると、まるで漫才でもしているかのような気分になってしまった。


 もちろん自称・天神さまがボケで、俺はツッコミである。


 ああ、ツッコミってしんどい……


「なんにせよ、顔って悪いよりは良い方がよくねー? ほら、おっぱいと一緒だよー。ちっちゃいよりおっきい方がいいでしょー? ねえ、おっぱい星人?」


「おっぱい星人ちゃうわ!!」


「たまにひねくれてさー、『俺はちっちゃい方が好きなんだよ』ってイキってる男がいるけどさー、あれは大きいおっぱいに触れたことがないから、そんなことが言えるんだよ。実際触ると巨乳派に即転向……」


「いや、なんの話だよ!!」


「ねえー、お主もそう思うよねー、おっぱい大好き池川くん?」


「いや、ラーメン大好き……さん、みたいに言うんじゃねえよ!! 」


「お主、女子のおっぱい見すぎじゃぞ。女子はそういうのすぐわかるんだからね、気をつけなさいよ!」


「いや、なんでオネエ口調!? って、俺がしたいのはおっぱいの話じゃなくて顔の話……」


「ああ、言っとくけどー、顔を元に戻せとか言われても無理だからねー。モノホンの整形と一緒で、一度いじっちゃったものは、そう簡単には元には戻せないかんね」


「そうなんですか?」


「うん、そうだね。だからそんな軽い気持ちで整形しちゃダメなんだって……なんで整形しちゃったの?」


「お前が勝手にしたんだろうが!! でも……そっかぁ……もとには戻せないのかぁ……」


「まあ別にいいじゃん。イケメンからブサイクにしちゃったんなら、かわいそうだから、元に戻してやらんこともないけど、せっかくイケメンにしてやったのに『元に戻せ』だなんて、お前頭おかしいんじゃねえの?」


「いや、無断で人の顔いじる方が頭おかしいだろ!! 人間がそれやったら医師免許剥奪だぞ!!」


「でもわし、『平安京のブラックジャック』って呼ばれてて……」


「もうええわ!!」


「どうもありがとうございましたー。じゃ、さよならー」


「待て待て待てーい!!」


 俺はどこかへ逃げ帰ろうとした、自称・天神さまのことを全力で引き止めた。


「何よ?」


「話はまだ終わってませんよ、天神さま。もうこの際、無断で顔をいじった話は置いておくとして……」


「置いてくれるんだー、優しいねー、惚れちゃう……好き、サトシ」


「やかましいわ!!」


 自称・天神さまは突然俺に抱きついてきたが、俺はすぐに突き放した。


「とにかく俺の話を聞いてください」


「何よ? 話があるなら早くしなさいよ」


「ぐぬぬぬぬ……」


 俺はさすがに気づいた。


 この自称・天神さまのボケにいちいちツッコんでいてはいつまで経っても話が進まないということに……


「ゴホン……あなたが無断で顔をいじったのはわかりました。なのになんで親父やナナ、チカさんはそのことについて触れてこないんですか? 昨日まで平凡な容姿だった男が急にイケメンになったら、普通はなんか言ってきますよね?」


 俺はツッコミを入れたい気持ちを、咳払いで吹き飛ばして、話を先に進めた。


「ああー……それねー……ほら、一応わしって神様じゃん? 人の記憶をいじるぐらい、造作もないことなんだよねー」


「ということはつまり?」


「うん、だから親父さんとかナナちゃんとかは、お主が元々そういう顔をしているという風に認識しているわけよ、わしが記憶操作したからね」


「また頼んでもないのに余計なことを……」


「でも、その方がスムーズに物語が進むんだから、別にいいじゃん。いちいち『神様に顔いじられて云々うんぬん』って説明するのめんどくさいじゃろう? 説明したところで誰にも信じてもらえないと思うし……」


「そ、それはたしかにそうでしょうけれども……」


「そうじゃろう、そうじゃろう……あ、それで、これは余計なお世話かもしんないけど……」


「なんですか? ていうか、無断で顔をいじったこと以上の、余計なお世話なんてないと思いますけど……」


「ナナちゃんが、お主のことを『顔はいい』って言ったのは、わしが顔と記憶をいじる前の話じゃよー」


「え? それってつまり……」


「そうそう。ナナちゃんだけはお主がイケメン化する前から、お主のことをイケメンだと思っとったみたいよ。それってつまり、ナナちゃんがお主に好意を抱いているということなんじゃろうなと、わしは思っとるわけよー」


「え……?」


 自称・天神さまから思いもよらぬ言葉を聞いた俺は絶句してしまった。


 ナナが俺に好意を持っていただと……?


「ああ、もったいないねぇ、もしナナちゃんがそっちの人じゃなかったら、お主は普通にナナちゃんと付き合えて、あのデカパイで、あーんなことやこーんなことしてもらえたのかもしれないのにねぇー」


 でもナナは性的嗜好がそっちだから、いくら好意があっても付き合ってはもらえなくて……でもやっぱりナナに好意を持ってもらえているということは嬉しくて……ナナは俺がイケメン化する前からそう思っていてくれていたというのが、なおのこと嬉しくて……


 でも逆に言えば、サアヤさんとクレナお嬢は、この自称・天神さまが無断で顔をいじらなかったら、「狙っちゃおっかなー」とも言わなかったし、行く手を阻んだ俺のことをすんなり解放してはくれなかったのかもしれないということなのか?


 それはそれでなんか……うーん……


 俺は動揺しながら、あれこれ考え、黙り込んでしまった。


「悩んどるのう、青年。よいぞ、よいぞ。若いうちは大いに悩め、青年よ。あ、そうそう。ところでお主をイケメン化してやった代償の話なんだけど……」


 でも、自称・天神さまにそんな話をされては、黙ったままではいられなかった。


「代償!? 別に『イケメンにしてください』って頼んだわけでもないのに、何かお返ししないといけないの!?」


「そりゃあこっちも商売でやってますからねぇ、タダというわけには……」


 いや、商売って言っちゃったよ……


 大丈夫なのか?


 俺、モノホンの菅原道真に「無礼である」とかなんとか言われて、殺されてしまうんじゃないか?


 実際、殺されても文句は言えないような気がしてきたぞよ……


「何、代償って言ってもそんな無理難題を押しつけようとかそういうわけじゃないよ。ただ、最低でも毎月一回、防府天満宮ほうふてんまんぐうを参拝して、1円玉1枚だけでもいいから、お賽銭箱に賽銭を入れてくれれば、それでいいよ」


「え? それだけでいいの?」


 この自称・天神さまに、もっとひどい要求をされると思っていた俺は拍子抜けしてしまった。


「うん、いいよー。その代わりー、もし1ヶ月だけでも参拝に来なかったらー、大変なことになるから気をつけてねー」


「た、大変なことって?」


 俺は自称・天神さまがなぜ棒読みでしゃべっているのか気になりはしたが、ツッコむとまた話が長くなってしまうので、あえてツッコまず、質問だけした。


「それはねー、お主が元のデブでブサイクな容姿に戻ってー」


「だから俺はデブでブサイクではなかった!! いまいち印象に残らない芸人のような、平凡な容姿だっただけで!!」


 さすがに真っ赤な嘘にはツッコまずにはいられなかった。


「そうだっけ? まあ、別にどっちでもいいけど……」


「よくない!」


 そう、俺にとっては大事な問題だ……


「わしもいろんな人の相手させられてるから、いちいち覚えてられんのんよ……こっちの人の願い叶えると、あっちの人の願い叶わねえよな、どうしようかなとか、いろいろ大変なんよ……」


「そんなことより、参拝しないとどうなるのか、お教えあそばしなさい!!」


「それ、敬語なのか、命令なのかよくわかんねえな……とにかく、参拝に来ないと、お主はイケメンではなくなる」


「いや、別にそれはいいけど……ほら、俺って外見じゃなくて、内面で売っていくタイプの人間だから」


「イケメンでなくなるだけではなく……」


 俺の渾身のボケは自称・天神さまにガン無視されてしまった。


「それまでに好きになってくれた女性全員に『よくも私たちのことダマしてくれたわね!』とかなんとか言われて、めちゃくちゃ嫌われる」


「え?」


「しかもそれが原因で、学校中の生徒から先生に至るまで、ほぼ全員に嫌われて、カースト最下位に転落。それがいたたまれなくなって、最終的には中退して、転落の人生を歩むことになるよ」


「な、なんてことだ……」


「そうなりたくなかったら、月に一回だけでいいから防府天満宮を参拝してね、よろしく」


 俺は自称・天神さまのあまりの宣告に絶句することしかできなかった。


「それじゃあもうすぐ宇宙の夜明けだから、わしはこれで……そんな絶望しなくても大丈夫だよ、参拝なんて誰にでもできるじゃん。お主の家から防府天満宮は徒歩や自転車で行ける距離じゃろう。なんだったら学校帰りにでも寄り道すりゃあいいのよ。わしはいつでもお主の味方じゃぞ」


「味方ならカースト最下位に転落させないでくれよ!」


「味方だから、もし本当にお主が最下位に転落しそうな危機的状況の時には、ちゃんと夢に出てきて警告してあげるからね。『このままだと高校中退、転落の人生が待ってるよー』って。だから安心してね、ダーリン」


「おっさんに『ダーリン』って言われても全然嬉しくないわ!!」


「ハハハハハ。ツッコむ元気があるなら大丈夫じゃな。では、本当に今日のところはこれで……」


「ちょっと待って!!」


 俺は立ち去ろうとした、自称・天神さまのことを引き止めた。


「何よ? 私、もうあなたに用なんてないわよ」


 なぜ、自称・天神さまがいきなりオネエ口調になっているのか、さっぱり理解できなかったが、いちいちツッコんでいるヒマはなかった。


「顔を変えられてしまったことはもう仕方がないけれども、これからはもう余計なことを何もしないと約束してくれ!」


「ん? どういうこと?」


「俺は神様から与えられたチート能力じゃなくて、自分の力で彼女を作りたいんだよ、自力で!」


「言ってる意味がよくわからないなぁ……だったらなんで神様に『彼女ができますように』ってお願いすんのよー」


「う……」


 自称・天神さまの意外にも的確なツッコミに、俺は二の句を継げなくなってしまった。


「そ、それはそのー……その時はそれで……」


「まあ、わかったよ。お主がそこまで言うなら、これからはなるべく手出しせずに見守るだけにしとくよ」


「本当に?」


「ホント、ホント。神様、嘘つかなーい」


「よ、よろしくお願いしますね……」


 俺は自称・天神さまの軽薄な言動のせいで、いろいろ半信半疑の気持ちだったが、もう議論をしたり、ツッコんだりする気力は残っていなかった。


「じゃあもう、ホントに朝だから、今日のところはこれでね、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」


「は、はい……失礼します」


 俺は自称・天神さまの言動の真意や、自分の気持ちがなんなのか、よくわからないまま、入学二日目の朝、目覚めの時を迎えることになってしまったのだった。

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