アオイさんとわたし 後編

 もう、考えている暇はない。

「アルマイヤー、トランスポーテーション!」

 わたしは走りながら叫び、変身すると、男の子のもとまで走り、彼を抱き上げて、ジャングルジムの上に跳びあがった。

 同時に、男の子の手から、黄色いカバンがはなれ落ち、中からドッグフードやビーフジャーキーがばらまかれた。この男の子も、野犬たちにエサをあたえる犯人のひとりだったようだ。

 目の前に散らばるエサに目もくれず、ジャングルジムを取り巻いて、こちらに向かって吠えたてる野犬たち。完全に常軌をいっしている。

 しがみつく男の子の手のひらが、なぜかわたしの胸をわしづかみにしているが、気にしてはいられない。

 野犬たちにむけて、わたしは指先からアルマ弾を放った。弾丸が命中した野犬たちは、憑き物が落ちたように、おとなしくなり、そのまま気を失って倒れていった。浄化完了。

「怖かったね、大丈夫だった?」

 わたしは男の子に声をかけた。男の子の抱きついた手が、わたしの胸のうえで、震えていた。こころなしか、胸を揉まれているような気がしなくはないが、気にしてはいけない。かわいそうに、おびえきっているのだから。

 ジャングルジムの上から飛びおりると、わたしは、男の子を地面におろしてあげた。すると、男の子は、アオイさんにむかって、一目散に走っていく。

「チャーリー、大丈夫?チャーリー?」

 自分も怖かったろうに、犬の心配をするとは、なんて健気けなげなんだろう。

 男の子は、アオイさんを抱きあげて、頬ずりしている。アオイさんも、それに答えるように、男の子の顔を、ペロペロとなめている。

 わたしは、変身を解き、男の子のもとまで行くと、声をかけた。

「あのね、チャーリーは、うちであずかることになったの。ちゃんとかわいがってあげるから、心配しないでね」

「うん、うん、ありがとう、おねえちゃん」

「それとね、わたしが変身したことはナイショね。おねえちゃんとキミと、ふたりだけのヒミツだぞ」

「うん、そうだね。あんな恥ずかしいコスプレしてるなんて、近所のひとに知られたら、生きていけないよね」

 ――なんだとっ!?

「大丈夫、オレ、口は堅いから。口止め料がわりに、おっぱいも揉ませてもらったし」

 ――わざとかっ、わざと揉んでいたのかっ!?

 このクソガキ、ひっぱたいてやろうかっ。

 いや、ここは、大人の――、大人の対応をせねばっ。

「お、女の子のおっぱいをさわると、みんなに嫌われちゃうよ。もうしちゃダメだぞ」

「うん、オレって、ほら、巨乳が好きじゃん?」

 ――しらないよっ。

「だから、大人の女のおっぱいしか興味ないんだよね。そういう点では?おねえちゃんのおっぱいは、未成熟?だったよね。もうちょっと大きく成長してほしいよね」

 ――このエロガキっ。

 ぶんなぐってやろうかっ!

 いかん、落ちつけ、落ちつけ、わたし。よし、話を変えよう、それがいい。

「それとね、もう、野犬にエサをあげるのも、やめようね」

 わたしは、気持ちをしずめつつ、ひきつった顔で忠告をあたえる。

「そうだね、もう、おそわれたくないしね」

 ここは少年、恐怖がよみがえったか、しおらしく答えた。ちょっと落ち込んだ男の子の顔は、抱きしめてあげたいほどかわいらしい。

 いや、でもエロガキだコイツ。やめとこう。


 男の子は、また会おうね、とチャーリーことアオイさんに声をかけ、夕焼け空の下、家に帰っていった。

「まったくもう、とんだおマセさんだったわ」

 あきれて言ったわたしの言葉に、アオイさんが、

「まあまあ、動物好きに悪い子はいないわよ。根はとてもいい子なのよ」

 と男の子をかばう。

 きっとそうね、スケベだけどね。

「じゃ、わたしたちも帰りましょう」

 アオイさんにうながされ、

「うん、お腹も減ったしね」

 わたしたちも家路につく。

「あ、そうそう、あぐりちゃん」

「なに?」

「ご飯のことなんだけど」

「ドッグフード?」

「もうちょっと、カンヅメのお肉、多めにまぜてくれない?ドライフードだけだと、口がパッサパサになるのよね」

「わがまま言わないの、けっこう高いのよ、あのカンヅメ」

「いいじゃないの」

「だめです、ちゃんとカロリー計算してるんだから」

「ケチ」

「ケチじゃないもん」

「あとちょっとなの、ちょっとだけ、お肉多めにして」

「もう……。じゃあ、これからは、口うるさいこと言わない?」

「それはダメ、あぐりちゃんのためを思って言ってるんだから」

「なにそれ、パワハラご先祖の自己正当化にしか聞こえないけど」

「パワハラじゃないし」

「パワハラだし」

「お肉多めにしてくれないのは、飼い主による動物虐待じゃないの」

「もう、なんでそうなるの」

 まったくもう、わがままなご先祖様なんだから。

 さきが思いやられるよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る