第三章 美しき大地

 少女は、病室のベッドに横たわる弟の寝顔を、じっと見つめていた。

 窓から差し込む弱い日ざしと病院特有のにおいにつつまれて、弟は苦しそうに息をしている。腕につながれた点滴のチューブだけを命綱に、弟は苦痛のなかにいる。

 少女のうつむいた頬に、ポニーテールの髪がたれてまとわりつく。

 祖母の西洋の血が色濃く表出した金色の髪、すきとおるような白い肌。そして青い瞳には、少女の確固とした決意があらわれていた。

「まっててね、すぐにお姉ちゃんが治してあげるから」

 少女は静かにつぶやいた。

 突然に高熱を発して倒れた弟。病院でどれだけ検査をしても、原因がつかめず、弟はただ苦しみ続けている。体をMRIでみてもどこにも異常はなく、何かしらのウイルスに侵されているわけでもない。このまま、この原因不明の熱がさがらなければ、じょじょに体力が失われてゆき、やがては命を落とす危険すらあった。発病から、すでに数週間が経過し、命の刻限が一歩また一歩と、足音を忍ばせて近寄ってきている。

 ――私が熱をだしたときに見る悪夢のようなものを、この子もみているのかしら。

 弟をこの苦しみから、はやく開放してあげたい。

 数日前、不意に男が少女の前にあらわれた。

 長い髪をなびかせ、整った顔をしたその男は、異様になまめかしい唇で、少女にささやいた。

 私なら、弟さんを救ってあげられる、それには……、と出した男の条件に、少女は瞠目した。

 少女に長年にわたる苦痛をあたえることになった原因。

 その原因への復讐こそが弟を助けることにつながる。

 真実を知り、少女は決意した。

 男を信用したわけではない。だが、今はそれにすがるより他はない。

 心優しく、思いやりにあふれる弟が、ふたたび元気に走りだす姿を思い描きながら、少女は病室をあとにする。

 ふと病院のまどからそとをみる。

 梅雨空の重くのしかかってくるような曇天が、少女の不安と悲しみを、うつしだしているように思えた。

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