閑話

アオイさんとわたし 前編

 この数日間で、すでに習慣になってしまった、アオイさんとわたしの夕方の散歩。小高い丘の上の住宅街にある家から、丘のふもとにおりて、田んぼ沿いの道をあるく。

 ふと前をみると、黄色の手さげカバンをもった小学生の男の子が、こちらをじっと見つめている。なんだろう、カワイイお姉さんに、目が釘づけなのかな、おませさん。

 いや、どうやら違うようだ。男の子の視線はわたしの斜め下、アオイさんに向けられている。勘違いしたわたしが、ちょっと恥ずかしいじゃないの。

 男の子は、小学校の4年生くらいだろうか。登下校の時に、ときどきすれ違う、このあたりに住む少年だ。

 男の子は、わたしたちとすれ違うときも、ずっとアオイさんを見つめていて、しばらく歩いて振り返ると、まだ、こちらを見ている。

 なんだろう?

「う~ん、ちょっと困ったわ……」

 ふいに、アオイさんがつぶやいた。

「え?なにが?」

「あの子ね、どうも、この子(アオイさんが憑りついている犬のこと)が捨てられていた時に、世話をしてくれていたみたいなの」

 アオイさん自身は、あの男の子のことを知っているわけではないが、憑りついている犬の記憶が、はっきりとではないが、アオイさんにも伝わるのだそうだ。

 アオイさんの話を聞きながら、わたしがふりかえると、男の子は名残惜なごりおしそうな表情をしつつも、振り向いて公園のほうに走っていった。

 いちど、話し合ったほうがいいのだろうか、それとも、そっとしておいたほうがいいのだろうか。

 走りさる男の子の背中をみながら、わたしはちょっとの間、たたずんでいた。男の子のもった黄色い手さげカバンが、残像のように、目に焼きついていた――。


 しゃべる子犬のアオイさんと、わたし、藤林あぐりが同居しはじめて、一週間がすぎた。

 ほんとうなら、わたしが飼い主で、アオイさんがペットのはずなんだけど、アオイさんはいつも上から目線で命令したり、忍術の修行を強制してくるので、どちらが飼い主かわからなくなってくる。

 アオイさんは、いつも口うるさく、ああしろこうしろ、間断なく言ってくる。お父さんとそっくりだ。口うるさいのは家系なんじゃなかろうか。

 保健所に登録しに行ったり、動物病院に予防接種に連れて行ったりしてあげたのは、わたし、このわたし。すこしは、飼い主としてうやまっていただきたい。

 子犬であるアオイさんがなぜしゃべるのかと言うと、子犬本体に、霊体であるアオイさんが憑依しているからなのだ。カシンの復活を予期し、そして、わたしの手助けをするため、手近なところにいた捨て犬に、とりあえず憑依したのだそうだ。

 アオイさんが、どのようないきさつで霊体化して、四百年も生きている(生きている?)のか、聞いてはみたが、アオイさんはあまり多くを語ってくれない。

 ただ、宿敵であるカシンと同じ時に霊体化してしまったそうで、それ以来、カシンの魔の手から人々を守るため、時に警告し、時に導き手となり、何百年という気の遠くなるような年月を過ごしてきたのだそうだ。

 アオイさんにしろ、カシンにしろ、憑依をすると、その人(または動物)のもっている価値観や性格に、ある程度影響を受けるのだという。

 アオイさんいわく、わたしがカシンに、まがいなりにも勝てたのは、カシンのアルマ力の蓄積が不完全だっただけでなく、憑依した杉谷君がわたしを傷つけるのをこばんでいたから、カシンは本来の力を発揮できなかった、のだそうだ。

 しかし残念ながら、そのカシンは、まだ完全に倒せていない、らしい。

 今回の戦いでは、アルマで構成されたカシンの霊体を、粉砕しただけなのだそうで、その霊体がまた集合、合体すれば、カシンは復活してしまうのだ。しかも、拡散してしまったカシンのアルマは、わたしが住んでいる市周辺に住む人たちに悪い影響をあたえかねず、じつは、わたしは日夜、なりたくもない恥ずかしいコスチュームに身をつつみ、影響があった人をみつけては、浄化してまわっているのである。

 なので、わたしは、最近疲れ気味。だけど体重は減らないのは、なぜだろう。

 アルマの影響があった人は、狂暴になることが多く、突然暴れだしたり、場合によっては、ケンカや強盗に発展することもある。お母さんの形見のブレスレットには、そういう悪の気配を感知する機能もあるらしく(どんだけ多機能なんだ、これ)、ブレスレットが反応をしめしたら、浄化するためにすっとんでいかなくてはいけないので、気の休まるときがない。ストレス解消で、ついついお菓子を食べすぎてしまうのも、しかたがないことだ。

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